episode4.ポッキーゲーム(一発ギャグもあるよ)

 俺––山瀬やませ 海斗かいとの幼馴染、春樹はるき結菜ゆいなは校内でも有名なバカップルである。


 これはそんなバカップルの、ポッキーゲームの1話に過ぎない。


 ほとんどの人が下校しきった放課後の教室は温かくもどこか寂しく、いつもより儚い気持ちに……。


 俺は目の前の光景を見て到底そうは思えない。


「ポッキーゲームしよ!ポッキーゲーム!チュウするやつ!」


 結菜がポッキー三箱を持ちながら机に座る。三箱は流石に買いすぎだろ。タバコの依存症か。


「いいな。チュウしたいからな」


「頼むからもうちょっと下心隠してくれ」


「私たちは心の底とか下から愛してるからね」


 詩的表現ぽいのによくよく聞けば訳わかんの辞めろ。心の下から愛してるってなんだよ。なんて心の中で悪態をついていると、気づけば結菜がポッキーを咥えている。


「いくぞっ……」


 別に君らしょっちゅうキスしてんだから緊張することないだろ。一息、春樹の掛け声の後咥える。


「せーのっ」


––ポキッ……


 ポッキーが音を立てて折れる。いったいせーのって掛け声には何の意味があったんだ。2人を見れば相当深刻そうな顔をしている。


「なんでポッキーゲームごときでそんな真剣な顔できんだ」


「俺たちはポッキーゲームを甘く見ていたかも知れない」


 いや、実際甘いだろ。色んな意味で。


「まさかこんな奥深いゲームだったなんて……」


 流石に無理があるって。ポッキー両端から食うだけじゃねーか。見させられてる分には深いってか不快だけどな。上手っ。


「大丈夫、私に案があるのっ!一本では細くても……」


 そう言って3本のポッキーを咥える。問題はポッキーの強度じゃないだろ。足りないのは君らの心の強度だよ。心の下から愛してるんだったら頑張ってくれ。


「なるほどな……三本じゃ折れないっ!」


––ポキッ……


「折れてんじゃねーか」


「なん……だと……」


 なんだとも何も分かり切ってた話である。この流れで折れない訳ないだろ。と、すぐさま新しいポッキーの箱を開け、銀袋を破り数十本を手に取った。


 嘘だろ。女捨てすぎだろ。結菜はガボッとそれを一口で咥える。力技じゃねーか。もう普通にキスしろよ。


「はあく」


 咥えたままの口で聞き取りづらいがどこか可愛い。


「わはっは」


「いや、春樹はまだ食ってないだろ」


 春樹もポッキーの太い枝にかぶりつく。ポッ木ーってか、やかましわい。ゴホンゴホン……今回は強度が強くいい感じに咥えることができている。


ほひおいほれほうはっへこれどうやってふふへふんすすめるん?」


 だろうな。口の中でポッキーパラダイスじゃん。なんだよポッキーパラダイス。


ほっひははこっちがわおひひふはひひんはへほおいしくないんやけど


 そっち持つ側だもんな。チョコないからただのクッキーですよそれ。


はふへほはひほ助けろ海斗


 何をどう助けたらいいんだよ。あと命令すんな。俺はポッキーの架け橋をチョップで叩き壊す。


「もう、せっかく良い感じだったのにー」


 大量のポッキーを胃に放り込みながらダメ出ししてくる。助けろって言ったのそっちじゃん。


「どつくぞ」


「ふひー、ほほっははっ!ポッポー!」


「ごめん分からん」


 特にポッポー!が分からん。汽笛ですか?春樹が飲み込んだ後に咳払いをし、ドアを指さした。


「ほらー、海斗海斗!神崎さん!って言ったんだよ」


 悲報、ポッポーは神崎さん。って、今はこんなこと言ってる場合じゃない。神崎さん?!


「お疲れさま、山瀬くん2人の保護者大変だねー」


「違うよ、神崎ちゃん、私たちの子供が海斗なの」


「いらん設定つけたすな。既に割と設定の供給過多なんだから」


 神崎さんは結菜に許可をもらいながら、ポッキーを一本取って俺の隣に腰掛ける。近いっす。


「むーっ」


 神崎さんのよく分からない声に視線を動かせば、こっちに向けてポッキーを咥えている。


「ヒューヒュー」


「ポッポー!」


 2人が冷やかしに来てるけど今ツッコめる余裕ないんだよ。あとポッポーって言うな。俺も静かにポッキーを咥える。まだ折れてない。


「なんて息が合った2人なんだ……一本で折れないなんて……」


「一心同体、いや、ポッキー同体だな」


 おい、笑かすなよ。今世紀最大のキスチャンスなんだから。神崎さんも目を開け、2人で頬を染めつつ食べ進める。


 残り20センチ……15センチ……10センチ……。近い近い近い近い。もうすんごい近い。あと10センチあるじゃんとか思ったやつはあとでお母さんとポッキーゲームやってみろ。


 真っ白な頭でゆっくり食べ進めていたが、ここからは進めて良いのか分からない。非モテのさがだ。


「ねえ、海斗、いつボケるの?」


「……えっ?」


 結菜の一言に心の声が出てポッキーが落ちる。神崎さんもコクコクと頷いている。これボケなきゃいけなかったやつなの?!ガチだと思ったじゃん!そりゃそうか、普通ボケるよな。そうだよな……。


「はーい!今から海斗が一発ギャグしまーす」


 完全にやらかした流れを春樹がかき消してくれる。ありがたい。ありがたいんだけど無茶振りすぎる。


 こういうのは時間がかかるほどハードルが上がるんだ。速攻飛び越すぞ。そう思い、ポッキーを一本手に取る。そして、3人の方を向いてそのポッキーを折った。


「ポッキーがポキッ……なんつって」




 このあと、3人が何も言わずに無言で帰ったのは言うまでもない。教室残った俺は、ポキッっとしたポッキーを食べながら崩れ落ちる。


 ボケなきゃいけない場面でボケず、春樹が出してくれた助け舟を沈没させる。出来損ないでごめんなさい。


 俺ももう帰ろうと立ち上がると、神崎さんの座っていたところにノートの切れ端が一枚置いてあった。すごい悪口が書かれてそうだが、帰るまでに書く時間は無かったはずだ。前々から書いて置いて帰ったのだろうか?とりあえず中身を見る。


『山瀬くんって、優しいんですね』


 これはっ?!どう捉えるのが正解?俺がキス出来ないと分かってた?ちょっ、教えてくれよ!急いでドアを開けると、いつもの2人が待っていた。


「えっ?」


 窓から差し込む夕日をバックに各々が名言を放つ。


「親友置いて帰らないわよ」


「ポッキーがポキッ……なんつって」


 感動返せよ。

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