サンタが我が家にやって来た
山岸マロニィ
第1話
「……誰、こいつ」
私が不機嫌に聞くと、ママは平然と答えた。
「パパよ」
「パパ?」
「そうよ。あなた、サンタさんに『パパが欲しい』って願ったでしょ?」
その途端、私の顔が沸騰する……何でママが、コッソリ書いておいたサンタさんへの手紙を知ってるんだよ――!
そんな私にそいつは顔を向けると、長い白髭をモグモグと動かして言った。
「そうじゃ、ワシが今日から君のパパになる」
「ジジイ……ってか、まんまサンタじゃねえか!」
白髪にちょこんと赤い三角帽子を載せ、赤に白いフサフサが付いた服を着た小太りのジジイ。冗談みたいに完璧なサンタだ。
「パパを用意するのが難しくてな、ワシで我慢してくれんか?」
「断る!」
「そんな言い方するものじゃないわ。あなたが望んだ事なのよ」
ママまでそんな事を言い出すからもう駄目だ。
「嫌だったら嫌だ!」
私はそう吐き捨てて、家を飛び出した。
◇
十二月二十六日の朝。
いつも通り、時間ギリギリに起きてキッチンに行ったところから突如始まった非日常。
何だ、この意味わからん展開は? ラノベでももうちょっと説得力を持たせる設定とかあるだろ。誰かに相談したいけど、中学生にもなってサンタさんに手紙を書いたなんてバラすのは恥ずかし過ぎて言えやしない。
「チクショウ! どうしたらいいんだ……」
と、髪を振り乱して走っていると、後ろから呼び掛けられた。
「コートを忘れておるぞ」
――ジジイだ。横目で振り返ると、赤い服を着たサンタが追い掛けてくる――トナカイが引くソリで。
「マジで何なん? 来んじゃねえ!」
「急いでいるのなら、ソリで送るぞ」
「死んでも断る」
「なら、ひとつ伝えておいた方がいい事があるのじゃが、それだけでも聞いてはくれぬか?」
「さっさと言えよ!」
「今日から冬休みじゃぞ」
私は足を止めた。
途端に息切れがして、私は肩で息をしながら膝に手を置く。そうしないと倒れそうだ。
トナカイのソリが、そんな私の横で止まる。
そして、ジジイが私の肩にコートを掛けてきた。
「汗が冷える前に家に戻って、ママが作った温かいスープでも飲もう」
そう言って私をソリに乗せようとするから、私はその手を振り払う。
「触んな、変態!」
「まだパパだと認めてくれんのか?」
「認める訳ねーだろ! 父親になる気があるなら、娘に対する距離感を覚えろや!」
……と、帰路につく私の十メートルくらい後から、トナカイのソリがトボトボとついて来る。
時刻は朝八時過ぎ。冬休みだから学生はいないけど、通勤途中のおじさんや犬の散歩のおばさんにめっちゃ見られる。
でも、何か話し掛けて知り合いだと思われても嫌だし、私は他人のフリをして足を早めた――いや、そもそも赤の他人なのだから。
「……ただいま」
家に帰ると、ママは「おかえり」と言うや否や、
「冷蔵庫にスープとパンがあるから、レンジで温めて食べてね」
と早口に言い残し、仕事に出て行った。
仕方なく、私はキッチンに向かい、朝食を用意した。汗ばんだ制服のままテーブルに運ぶ。
そして食べようとしたところで、私はふと顔を上げた――そう言えば、あのジジイはどうしたんだろ?
すると、カーテンの外で動くものが目に入る。それが大きな角のある動物というのに気付いて、私は慌てて窓を開けた。
パパが買った建売住宅の、猫の額ほどの狭い庭に、トナカイのソリがギュウギュウに収まっている。
思わず、私は叫んだ。
「何しとんじゃ、このジジイ!」
「ママがここに置いて良いと言ったからのう」
「気安くママと呼ぶな!」
……とはいえ、仕事が忙しいママが世話を出来ずに荒れ放題だった庭の草を、トナカイがむしゃむしゃと食べてくれるのは、ちょっと嬉しいかもしれない。
仕方なくテーブルに戻ると、ジジイも窓から入ってきた。
「…………」
もうこの程度で突っ込む気力は失せた。無言でパンをかじり、スープを飲む。
ジジイは少し離れた場所で、居心地悪そうに私に視線を送っている……のかと思えば、ソファーで寛いでテレビを見だした。
「連続テレビ小説と……どう見てもドラマじゃが」
「知らねえ」
「なんだこの青い生き物は」
「知らねえよ」
「ほう、世間ではクリスマスプレゼントの中身よりも、芸能人の浮気の方に興味があるのじゃな」
「ワイドショーかよ」
極力ジジイを無視して朝食を終えて、さっさと自分の部屋へ行こうとする。すると、聞き覚えのある声が耳に入り、私は超速で振り返った。
いつの間にか、テレビに接続してるハードディスクの中を見てやがる……!
「やめろジジイ!」
私はリモコンを奪って電源を落とす。
するとジジイは相変わらずとぼけた顔でこう言った。
「可愛らしい子が歌っておったじゃないか。見てはいかんのか?」
「……私の幼稚園の時の、学芸会のビデオ」
「ほう。なら尚の事観たいのう……」
と、リモコンを恨めしそうに見てくるから、私は猛烈に苛立った。
「見せたくない」
「どうしてじゃ?」
「恥かしいからに決まってんだろ!」
「なぜ恥ずかしいのじゃ? ワシはパパなのじゃよ?」
「認めてねえし」
「そうじゃったそうじゃった、こういう時にはこう言うんじゃったの……いきなりパパと呼んでくれとは言わん、まずは友達として……」
「――ウザい」
勝手に口から出ていた。
自分だけは絶対に言わない――言うべき時は一生やって来ないと思っていた言葉が。
「父親ってホント、ウザいよね」
「存在自体がウザさの塊、って感じ」
友達との会話の中で普通に聞いていたけど、私だけは無関係だと思っていたのに。
急に瞼が熱くなって、私は慌ててくるりと向きを変えた。そしてジジイにリモコンを渡すと、
「アレだけは見んじゃねえぞ」
と言い残して部屋を出た。
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