第27話 公式配信で放送事故

 キュ、キュと小さな鳴き声を上げながらコミカルに動くそれを、まどかは優しく撫ではじめた。


「この子は計測ちゃんっていう、まあそのまんまの名前でねえ。背中のスイッチを入れてからどこでも良いから撫でるわけ。するとあら不思議、白い体が魔力量に応じて赤く染まるようにできてるの」

「へえー! すごーい! なんていうか、とっても可愛い計測ができちゃいますね」


 最初の頃の緊張感は完全に無くなり、琴葉は目前にいるペットに似たロボに夢中になっていた。マネージャーもこの反応には喜んでいるようだ。


「ダンジョンに潜ったことのない人は、どんなに触っても変化がないんですけどね。姫ちゃんだったら多分けっこう良い感じに変化出るのかなーって予想してます」

「しゃー! じゃあまずはあたしから行くぜ」


 まどかは立ち上がると、小さくテーブルの上で体を動かすロボの背中にあるボタンを押した。本物のウサギかと思うようなふさふさの毛がついていて、傍目から見ても柔らかそうな体を、本腰を入れて触り始める。


「キュウウー……」

「お? お? なんか良い感じじゃん?」

「か、可愛いーーー!」


 掌で撫でていると、計測ちゃんは気持ち良さそうに目を閉じてじっとしている。琴葉はその様子に心を奪われ、テンションが上がってきた。


 数秒ほどしてから、じんわりとお腹の辺りが桃色になってくる。それは少しずつ赤い色へと変化していき、胸の辺りまで登ってきたところで止まった。


「おー! なんか以前より伸びてるっぽいわ。この前は下のお腹辺りまでで止まってたんだよね」


 そこから数秒ほど撫で続けたが、計測ちゃんの赤色が広がることはなかった。ここが魔力の限界値のようだ。


:まどかパイセンすげー!

:何回か見たことあるけど、大体の場合お尻の辺り赤くして終わりなんだよな

:探索初心者は尻だけ赤い、みたいな感じで揶揄されてるやつね

:姉さんの魔力は今でも伸び続けてんだなぁ

:魔力だけじゃなくて、ダンジョンは一般的な身体能力の限界を軽く超えさせるからな

:姉さんぱないっす

:姫の目が釘付けになっとる

:姫めっちゃ楽しそうじゃん

:次は姫かー


「おーっし! じゃあ次はマネちゃんやってみようか」


 自身の計測が終わり、続いてゲストの出番と思いきや、なぜか司会は黒子状態のマネージャーに測定を振ってきた。


「もうー。こういうクールダウンはいいですってば」


 と言いながらもマネージャーはカメラ外から手を伸ばし、計測ちゃんに手を振れる。背中の辺りをポンポンと軽く叩いたりさすったりしてみるのだが、AI型ペットは白くなる一方であった。


「基本どこを撫でても測定してくれんのよ、これ。超便利でしょー」

「はい! すっごい良いですね」

「ただねー、公式な魔力測定として申請もしてみたんだけど、通らないのよね。まあ、数値がちゃんと出ないから当たり前といえば当たり前か。よし! じゃあ次、姫いってちょうだい!」

「はーい!」


 マネージャーが真っ白に変えた計測ちゃんに、琴葉は目を輝かせながらそっと手を伸ばす。白く細い指先が微かに振れると、計測ちゃんはふっと目を開いた。


「キュ?」

「あ、なんかお腹の辺りを触ると反応違いますね」

「ん? んー、そうね」


 この番組の司会を務めるまどかは、何度も計測ちゃんを使ってゲストが魔力を測るところを見ている。しかし、微妙に今まで見てきたものとは違うような気がした。


 しかし、ちょっとしたリアクションの違いなどあまり気にしていないのか、琴葉はお腹を優しく撫で回し続ける。計測ちゃんは何か警戒しているような仕草で立ち上がり、周囲をキョロキョロしている。


「おや? どうしたどうした? なんかいつもと違うぞこれ」

「え? そうなんですか。なんか、全然色が変わらないっぽいです」


:姫、魔法タイプって本当かな

:姫の適性をギルドが間違えてのかもしれんなこれ

:もしかして、魔力ほぼゼロ的な?

:なんかシュールな流れになってきたな

:姉さんもちょっと困惑してる

:まあ、魔力が僅かしか生まれず、そのままほとんど変わらない探索者もいっぱいいるみたいだし

:姫はやっぱ物理ゴリゴリってことだ

:草

:別に良いんじゃん。あれだけ腕力が強いんだから


 視聴者達もこの反応には少し残念だったが、ほとんどのチャットは好意的な声で溢れていた。一生懸命に琴葉が撫で続ける中、まどかは自分の進行で場を冷めさせてしまったことを後悔しつつ、明るくフォローしようと頭を切り替えていた。


「まあまあ! そういうこともあるっしょ。きっと姫っちは調子悪かったんだねー」

「うーん。そうですねえ。ちょっとくらいは赤くな——」


 その時だった。計測ちゃんに大きな変化が訪れる。小さな全身がプルプルと震え出し、お尻からお腹が一気に赤くなってきた。


「って、おおお!? いきなり赤くなってるじゃーん!」

「きゃあ!? ホントですね」


 諦めかけたまどかが食い入るように変化を見つめる。琴葉は驚きで一度手を引っ込めてしまったが、すぐにまたサワサワともふもふに触れる。今度は頭を撫で始めた。


「キュ、キュキューーー!」


:おおおおおおお

:キター!

:姉さんよりちょっと赤いのかな?

:やっぱ魔力いっぱいあるじゃん姫

:姫、さすがですぞ

:計測ちゃんの反応がすげえww

:草

:ここまで声出してる計測ちゃんって初めてじゃね?

:やっべー!

:これは癒される瞬間

:切り取り班が動き出すな

:おもしれー

:キター

:きたたたたたた


「やるねえ! りんごみたいに赤くなってるのって、初めてだわ!」

「え、えへへ! なんか赤くなっても可愛いです。……あれ?」

「ん? お、おおおー!?」


 変化はまだ終わっていなかった。とうとう計測ちゃんは頭のてっぺんまで真っ赤になり、ブルブルと震えていた。


 そして、


「キュアーーーーーーーーーーー!?」


 という絶叫をあげたかと思うと、なんと猛烈な勢いで膨らみ始める。驚くべき巨大化現象が始まった。


「は!? な、なにこれ!? え、ちょ、ちょっとちょっと! ジャーマネ! ジャーマネー!」

「あ、ああああ!? 姫さん! 一度止めてください!」

「ストップ! 姫っち! ストップーーーーー!」

「え!? と、止めてますよ! ひゃあああ!?」


 どんどん膨張を続ける計測ちゃんは、なんとスタジオいっぱいまで巨大化し、二人はスタジオのセットと計測ちゃんに挟まれる事態に。


 数秒後、配信画面には


『一時的に放送を中断しています。しばらくお待ちください』


 というメッセージ付きで小川のせせらぎ映像が流れ始めた。


「ギャーーー! やっばいわこれええええ!」

「きゃー! ごめんなさいいいい」

「キュウウウウウウウウ!?」

「まどかさん! 姫さん! ちょっと待って! セットが壊れますぅううう!」


:あああああああああ

:ええええええ

:やべええええええええ

:大草原

:ちょ、これどうなってんだw

:放送事故発生w

:すげーーーーー!

:ちょ、おま

:綺麗な川だなー(現実逃避)

:いけないわ!

:どんな魔力持ってたらこんな事故起こすんだよwwww

:姫さまぁあああああああ

:過去一事故ってるやんww

:なんか物騒な音がしてんぞww

:え、もしかして計測ちゃんずっと膨らんでる?

:どうなっちゃうのこれww

:バキバキいっとる!

:草ぁあああ!

:もう収集つかないだろwww

:あああーーーーーー!!!

:取れ高は最高だね(ニッコリ)

:同接三十万まで爆増してるww

:姫さまーーーーーーーーーーーー


 この日、幸いにも怪我人は出なかったものの、あらゆる物が破壊され配信は続行不可能となった。


 しかも計測ちゃんは、最終的にタワー型ビルから顔が飛び出るほどに成長し、ヘリコプターから撮られた映像が拡散され大騒ぎとなった。


 同日中、公式のSNSでは騒動を丁寧に謝罪した後、しばらくして一つの宣伝が投稿される。


〝なお、当事務所所属のまどかと、今回ゲストとして登場いただいたヒメノンですが、来週某ダンジョンにてコラボ配信を予定しております。引き続き応援のほど、よろしくお願いいたします〟


 この宣伝により俄然視聴者達は盛り上がり、琴葉の注目度もまた大きく上がっていくのだった。

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