第21話 サインちょうだい

 琴葉がユニークダンジョンを攻略をした次の日。早朝からレムスは一つの作業に没頭していた。


 海原家の庭には、一つの小屋が設置されている。そこは小さな工房となっており、ダンジョンで獲得した資源を使って武器や防具、またはアイテムを製造することができる。


 レムスは今、工房で最後の仕上げを行っているところだった。


 熱して混ぜたマオウカマキリの触角とカマは見事に融合し、思い描いた通りの形に整っている。長くしなる刃の切っ先、その付近を慎重に研ぎ終えると柄と接着させた。


「美シイ」


 作り上げた日本刀が、小屋窓から注ぐ日光に照らされ独特の輝きを放っている。機械のつぶらな瞳が、ただじっと刃の輝きに見惚れていると、ドタバタと音を立てながら何かが近づいてきた。


「おはよ! ねえねえ、Utubeがヤバいよっ!」

「オハヨウゴザイマス」

「見て! 登録者数とか!」


 朝から慌て気味の主が持っているスマホには、Utubeのプロフィール画面が表示されている。そこには登録者数百三十万という、信じがたい数字が表示されていた。


 アーカイブ動画も再生回数が二百万となっており、他の動画も伸びつづけている。


「ヨカッタデスネ」

「う、うん。良かったんだけど、ちょっといきなりだからビックリしちゃった! こんなに増えちゃって、なんか怖いんだけど、大丈夫かな?」

「大丈夫デス。姫サマノ生活ハ、ムシロ楽シクナルデショウ」

「そう? えへへ、楽しくなるなら嬉しいかも! あれ……それ何?」

「コレハ昨日リクエストサレタ、マオウカマキリノ素材ヲ使ッタ刀デス」

「ええー!? もう完成したの。レムちゃん凄い。……わああ、カッコいいね!」


 たった一日で武器を仕上げたレムスに、琴葉は毎回ながら驚かされていた。


「あの触角とカマで、日本刀ができちゃうんだー。不思議!」

「次ノ探索デ使用シテミルノハ如何デショウ」

「え? う、うん。そうだね……あ、そろそろ支度しなきゃ。行ってきます!」

「? 行ッテラッシャイマセ」


 普段とは違う琴葉の反応に、レムスは違和感を覚えたのだが、考えている暇が今はない。まだ仕事が残っていたからだ。今度は母親の家事を手伝うと決めていた。


 琴葉の両親にも、出会った時は怖がられたが今は親しまれている。レムスにとっては悪くない日常であった。


 ◇


 朝の電車内は程よく混んでいる。琴葉は学校近くまでは友達と通学路が被らないので、一人でSNSを見ながら時間を潰していることが多い。


「え、えええ……」


 画面を見ながら少女は絶句していた。いつも見ているつぶやきのトレンド一位が自分になっているという衝撃。しかも、昨日の夜ちらっと確認した時も一位だった気がする。


(あたしが一位って、なんか夢みたい。それに、今日ちょっと変な気がする)


 琴葉はおそるおそる電車内を見渡してみた。視線を感じた気がしたからだ。しかし、別にこちらを気にしている人はいなそうだった。


(ちょっと自意識過剰になっちゃってるかも。うんうん、レムちゃんも楽しくなるとか言ってくれたし。大丈夫だよね)


 ほっと一息入れつつ、肩を撫で下ろす。いくらなんでも考えすぎだと、彼女は自分で自分をおかしく感じていた。そう日常的な気分に戻ろうとしていた時、ふと距離を詰めてくる人がいた。


「あ、ねえー。もしかして、ヒメノン?」

「ふぁ!? え、あ」

「やっぱ本物じゃん! やば!」


 金髪のギャルっぽい雰囲気をした女子高生だった。琴葉がコクコクと声を出せずに首だけで返事していると、彼女はクスクスと楽しそうにしている。


 すると、周囲の視線が一気に琴葉めがけて注がれた。


「ね、ね! サインしてよ」

「え、ええ!? さ、サインですか? いえ、あたしなんかのサインなんてー」

「えー、いいっしょ。てかお願い! この前の配信でファンになっちゃった!」


 さっとペンを差し出され、彼女はあわあわしながら結局は書いた。メモ帳にできる限り丁寧に書き上げると、ギャルは嬉しそうに瞳を輝かせている。


「ありがとー! マジ嬉しい。これからも頑張ってね!」

「あ、は、はい。こちらこそ、ありがとうございます」


 しかし、サインを貰っても去っていく様子がない。もうすぐ学校の最寄駅なのが救いだと考えていたところ、周囲から次々に声をかけられた。


「あの、僕もサイン貰っても……」

「私にもいただけます?」

「あ、俺もいいっすか? 実はこの前からファンで」

「あたしも欲しい」

「俺も!」

「ウチにも」

「ワシも!」


 次々と周囲から声がかかり、琴葉は突然の出来事にパニック状態になった。


「え、え、ええー!? し、失礼しますー!」


 ちょうど最寄駅で止まったので、慌てふためいた彼女は疾風のように駆け出して改札を出た。すぐさま高校へと到着し、プレートに1-Aと書かれた教室に飛び込む。


「玲奈ちゃん! 玲奈ちゃーーーーん!」

「きゃっ!?」


 猛獣のような勢いで駆け寄ってきた親友に、席についていた玲奈は悲鳴を上げた。


 まったく容量を得ない琴葉の泣き言が始まったので、玲奈は理解するまでに時間がかかった。全てを聴き終えようやく把握できた友人は、小さく嘆息した。


「琴ちゃんは、もうすっかり有名人なのよ。そういうことも起こってしまうわ」

「えええ!? これ無理だよ。どうすればいいの?」

「んー。そうね、変装とか」

「変装……」

「登校ルートを変えてみてもいいかも」

「あ、それいいかも! これからは家から走るね」

「え? それは大変過ぎるでしょ」

「ううん。全然大丈夫」


 戸惑う玲奈であったが、実際のところ琴葉は家から学校まで走っても十分に間に合う。信じがたいスタミナとスピードを持っているのである。


 その後も琴葉は親友になだめられ、ようやく落ち着きを取り戻した。授業が終わって放課後になると、以前から約束していた話題のカフェに行くことになる。


「大丈夫かなー、電車みたいにならないかな」

「うふふ、大丈夫よ。私がいるから。しつこい人がいたら追い払ってあげるわ」

「え? そ、そう?」


 高校から歩いて十分ほどの距離にできたカフェには、見るからに美味しそうなスイーツのメニューで溢れている。二人はまったりとした時を過ごし、普段のとりとめもない雑談に時を忘れた。


 しかし、そんな中にも、琴葉のファンと思わしき人物は何人かいたのである。だが、今回は近づくことができなかった。この時間を邪魔させないという、玲奈の凍てつくオーラが猛烈なほど周囲に拡散していたのだ。


 そんな強烈な視線に気づかない琴葉は、朝とは打って変わって幸せなひとときを過ごしていた。


 ◇


「今日楽しかったー! 見て見て! スイーツたっくさんだよ」

「綺麗デスネ」


 自宅に戻り、自室でのんびりとしていた琴葉は、帰ってからも幸せ気分で写メの確認をしていた。山のように盛られている写真ばかりで、とても女子が食べる量ではない。


「あ! まどかさんからチャット来てるっ」

「ムム、モシヤ仕事ノ依頼デハ?」

「うん……当たりっぽい」


 まどかから届いたチャットには、まず先日の配信がとても素晴らしかったことが書かれており、続いて是非とも一度でいいから一緒にコラボ配信をしてほしい、という内容で締められていた。


 文の最後にはお願いを意味する絵文字が何個もついていて、彼女の必死さが伝わってくる。


(どうしよー。すっごい騒ぎになったりして)


 ここ最近の変化についていけてない琴葉は、少々たじろいでいる。しかし、そんな彼女の様子を察したレムスは、


「姫サマ、チャンスデス」


 とプッシュすることにした。


「ココデまどか氏トコラボスレバ、探索関係ノ仲間ガ作レマス」

「探索関係の仲間、かぁ」


 確かに琴葉は、一緒にダンジョン探索ができる仲間が欲しかったのだ。友人は何人かいるけれど、彼女達に探索を誘っても断られてしまうのが常である。


 もっともそれは当然の反応であった。普通の女子にとって、ダンジョンは怖くて堪らないもの。とはいえ知らない男性と一緒に潜るのは怖かった琴葉は、まどかという大先輩と組むのはとても良いことに思えてきた。


「シカモ、まどか氏ハ配信経験ガ豊富デス。学ビガアリマス」


 それともう一つ。レムスには一つの懸念があった。琴葉は急激な視聴者の増加により、緊張で配信を楽しめなくなっているのではないか、と。


 しかし、配信界の先輩から実際に相談したり、学んだりする機会が増えれば、その悩みも解消できるかもしれない。


「うん! そうだね。コラボお願いしてみよ」


 絵文字付きで、できる限り元気に返信をした彼女は、すでに次の探索に向けてワクワクしてきた。妄想で頭をいっぱいにしていた時、ふとあることに気づく。


「あ、そうだ。写真アップしよっと」


 今日撮ったスイーツの山を加工してさらにキラキラにし、SNSにアップする。すると大抵の場合、玲奈や他の友人がコメントをしてくれる。


「ふんふーん」と鼻歌まじりに、まだかまだかとリアクションを待っていると、ベルのような通知マークに数字が表示された。


「あ! きた!」


 ワクワクしながら通知をタップした琴葉だったが、そのまま真顔になり数秒ほど固まってしまった。


「オヤ? ドウシマシタ?」

「……ひゃああああ! なんか反応が、やばいー!」


 何気ないつぶやきに、引用やイイネ、コメントが嵐のように爆増していく。彼女はすっかり忘れていたが、SNSのフォロワーは今や四万を超えていた。


「あああ! ちょっとレムちゃん、これ止まんないよう」

「今ヤ時ノ人デスカラ。シバラク伸ビ放題デス」

「えええー!?」


 莫大な数のフォロワー達の猛反応に、盛大にビビり散らかしてしまう琴葉だった。

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