第19話 ボス達を蹴散らして

 彼女はまるで体操選手のように前方に飛んだ。続いて両手を地面につけると、逆立ちして両足を開脚し、そのまま回転を始める。


「せーい」


 あまりにも高速で回り続けるため、まるで小さな竜巻のように映る。ほぼ水平に開脚された両足は刃の如く、混乱状態にあるマオウカマキリの集団を切り裂いていった。


 縦横無尽に飛ばされてくるファイアボールも、長く鋭利なカマも、圧殺せんばかりの巨体も、全てが平等に切られて吹き飛ばされていくのだ。


「姫サマハ逆立チデ開脚シテイマス。回転シナガラ蹴ッテ倒シテマス」


 レムスの淡々とした説明を、彼ら彼女らはまともに聴いていられない。


:いやいやいやいや

:ファーーーーーー!?

:あ、ああああああああ

:ちょっと待って理解追いつかん!?

:身体能力が人間辞めてるだろ!

:スパッツが超仕事してる

:すげえええええええ

:姫さま、我々はもう限界です

:人間じゃないこの娘

:信じがたいものを見てるわ今

:憎い、スパッツが憎い

:超面白ええええええええ

:ああーーーーーー!?

:え、え?

:ドラゴンワンパンとか地味に感じるくらいやばい

:どっちがバケモンか分かんねえ!


 現実離れした活躍を見せる少女の配信は、止まるところを知らない伸びを見せる。同接は十三万を超えて、とうとう十六万にまで増えていた。


 気がつくと湖に浮かぶ凶悪なボスステージは静かになり、マオウカマキリの集団は全滅していた。フロア内にはひたすら触角が落ちている。


「はーい! とりあえずカマキリちゃんは倒しました。……え」


 ニコニコしながらレムスのカメラに挨拶をした琴葉は、あまりの同接数の伸びとコメントに唖然としてしまう。


「す、すごい! めちゃめちゃ上がってない!? ひゃあああ!?」

「姫サマ、ヤリマシタネ」


 青くなって固まる相棒を、レムスはもう一度グッドポーズで迎えた。


:草

:まあ、この前まで無名だったもんなぁ

:同接マジで凄いことになってるじゃんw

:姫さまー

まどか:本当にビックリだわ。ヒメノンってば強すぎ

:今日でファンになりました

:ホントに全部倒しちゃったよこの人

:同接15万超えおめでとー

:おめ!

:姉さんw

:姉さんすら空気になっとるぞww


「あ、ありがとうございます! とにかくこの後も頑張って探索しますので、よろしくお願いします」

「姫サマ、階段モ出現シマシタ」

「わああ! レア階層じゃん。この後は下層のレア階層に行きたいと思いますっ」


 ダンジョンには通常の階層の他に、特定条件を満たさないと入れない階層も存在する。それらはごく低確率でしかお目にかかれない為、配信で観ることができる機会は稀であった。琴葉の一言に、チャット欄は驚きと興奮に染まる。


:キターーーーーー!

:やったぁあああ

:すげえ! レア階層か!?

:下層のレア階層!?

:もしかして、史上初の配信になるんじゃ……

:うおおおおおおお!

:めっちゃ楽しみ!

:姫さま、頑張ってー!

:姫さまなら行けます

:いうてもう史上初だらけの配信な気がするんだが

:やべーーー!

:キター!

:キターーーーー!


「その前にー。レムちゃん、ボーナス回収しようよ。すっごいお宝入ってるかもね。ふふ、ふふふ」

「姫サマ、ヤラシイ顔ニナッテマス」


 お宝を前にして、ニヤケ顔が抑えられない琴葉だった。レムスはツッコミつつも、大量の宝箱を回収する準備に入ることにした。その前に触角とカマを回収している。


「シカシ、マサカココマデ数ガ、」

「あ!?」

「?」


 だがそのタイミングで、琴葉は何かに気づいて震え上がった。「ン?」とレムスが気づいた時には、彼女はそれに近づいている。


「え、え、え? こんな所に、こんな大きなプリンが……」

「ア、姫サマ。ソレハ」


 フロアの一角に、それはそれはキラキラとした巨大なプリンが皿に置かれている。ありえないこの光景は、本当にありえないものであった。


 そして皿のすぐ前には、青く光るタイルがあるのだが。


「プリンーーーー!」

「姫サマーーー!?」


 ありえない幻影の罠にかかり、気がつけば少女はワープゾーンに飛び込んでしまった。咄嗟にレムスの右腕が制服の襟付近を掴んだが、すでに瞬間移動は始まっている。


 気がつけば一人と一体は時空転移に取り込まれ、まるで宇宙空間のような世界を高速で進む。そして二秒とかからないうちに、ダンジョン外の森へと放り出されていた。


「きゃ!?」


 どさっと落ちてしまった琴葉は、困惑しつつもすぐに立ち上がって周囲を見回し、自らが挑戦していたダンジョンが徐々に透明に変わっていくさまを見つけた。


「あ、あああー! ダンジョンが! お宝がーー!」

「姫サマ、モウ消エテマス」


 レムスはぼんやりとユニークダンジョンが消えていく姿を見守っていた。琴葉のほうはそうはいかず、すぐさまダンジョン内にかけ戻ろうとするも、幽霊のように透けていく世界には戻れない。


「ね、ねえレムちゃん。あのいっぱいあった宝箱、回収できてないよね!?」

「ハイ」

「ああああああ! やっちゃったーーーーー!」

「姫サマ、触角ト鎌ハ回収シマシタヨ」

「宝箱ーーーーー! 宝箱ーーーーー!」


 発狂する主をなだめるレムスだったが、これはすぐに収まりそうにもない。だが視聴者達はこの光景に大盛り上がりだ。


:ファーーーーーー!

:もったいねえええええええw

:大草原

:ええええええええええ

:最後の最後であんなトラップにかかっちゃう姫さま

:大発狂wwww

:痛恨すぎる失敗!!

:惜しかったねえ(遠い目)

:下層モンスに圧勝して食欲に完敗しちゃったね

:普通引っ掛からんだろあんな罠www

:ぎゃああああああ!

:姫さま、超発狂モード突入!

:レムちゃん、なんとかして!

:プリンの誘惑に大敗北しちゃったか

:なんなのこのオチww

:普通に成功して終わるより面白いわ

:姫さまーーーーー!

:あああああああああああ

:宝箱が夢と消えたww

:草なんだわ

:姫さま、お気を確かに!

:草草の草ぁ!


 気がつけば同接はなんと十八万まで爆上がりし、配信自体は大成功していた。しかし、琴葉はお宝の山を寸前で失い、ショックで配信中ということすら忘れているようだった。


「姫サマガ、ゴ乱心ナノデ、今日ハココマデデス。アリガトウ、マタネ」


:レムちゃんが締めるんだwww

:草

:またね

:ファンになりました! 次も絶対観ます

:最後大草原だったわ

:乙ー

:面白かったーー!

:すげえ子が隠れていたな

:これは大物だわw

:チャンネル登録しますた

:またねーーー!

:本物だって確信できました

:お疲れ様でした

:ご乱心w

:姫さま、また来ますー

:マタネ!

:今一番アツいチャンネルだわ

:これからが楽しみ!

:じゃあね姫さま、レムちゃん

:次の配信も楽しみにしてます

:バイバーイ


 最終的には同接十九万、登録者数はなんと一日で百十万に到達し、この配信は一気に急上昇ランキング一位に躍り出た。


 しかし、当の本人は初歩的なやらかしで頭がいっぱいになっており、配信の結果にはしばらく気づかなかった。

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