第3話 ドラゴンへの一撃
ドラゴン・ストーカーは背後に計り知れない恐怖を覚えた。巨大な自身の体が、抗いようのない力に引っ張られている。一体どこまで連れ去られてしまうのか。
捕食者のはずの自分が、何も分からず食い殺されるかもしれない。知能はあまりないモンスターではあったが、この時は明確な予想と恐怖があった。
しかし予想とは裏腹に、体は急激にふわりと軽く、どこかに飛ばされた。軽く放られたかのように、開けた場所に投げられたのだ。
巨体を誇り、モンスター達の頂点とも言える種族。凶悪な二つの瞳が、振り向いて自らを襲った脅威を探した。
「やっぱりトカゲさんだ」
ドラゴン・ストーカーはたった一人だけいる、捕食される側としか思えない少女を見つけた。
それから数秒、呆気に取られて固まってしまう。先ほどの獲物よりも小さい、いかにも小動物を思わせる顔。華奢な体。手にしているドーナツをもぐもぐ食べていた。
何が何だか分からない。混乱の極みにいた執念の鬼は、もう一度狩る側に立ち戻ろうとする。学校の体育館よりも広いフロア全体が震撼するような咆哮で、まずは威嚇を試みた。
しかし、相手は特に何も変わらず、小さな三角形の顎を動かしながら食事を続けている。
まさか、自分は舐められているのか?
モンスターの心に怒りの火が灯る。すぐに体は猛然と駆け出していた。骨すら残さず食ってやるとばかりに、瞳はギラつきを取り戻し、チーターすらのろまに見えるほどの加速を続ける。
呑気な少女の顔は、あっという間に捕食範囲に入った。開かれた大口は、食事にありつける歓喜に震えながら、思いきり閉じられる。
一気に牙が肉を貫き、堪らない感触が口いっぱいに広がる筈だった。
だがそうはなっていない。何も口の中にない。
「ググルゥ」
訝しげに彼女がいた地面を睨みつける。しかし、何もない。
そういえばほんの一瞬だけ、獲物が両側に分裂したような気もした。
「……?」
不意に奇妙な風が流れるのを感じた。モンスターが不思議に思い上空を見つめると、襲ったはずの獲物がそこにいた。
しかも落下してくる瞬間だ。ドラゴン・ストーカーは生まれて初めて、不可思議な恐怖が脳裏をよぎった。自らが跡形もなく壊される。
そんなありえるはずがない予感。小さな体。もっと小さな拳。それが自分めがけて振り下ろされてくる。
「えーい」
気の抜けた声と共に拳が迫ってきた。反射的に避けようとしたその時、モンスターの視界が闇に包まれ、意識は空の彼方へと消える。
猛烈な轟音とともに琴葉の拳はドラゴン・ストーカーの頭部を粉砕し、そのまま衝撃は床まで到達した。結果的に巨大な図体が、原型を止めない破壊の餌食となってしまう。
「あ、やば!?」
勝ったはずの琴葉だったが、放った拳の感触に少々慌てていた。強めにやり過ぎたことで、衝撃はモンスターすらも貫通し、気がつけばダンジョン床に大穴をあけてしまったのだ。
既に息たえたドラゴンと共に彼女は落下したのだが、数秒もしないうちに跳躍とともに帰還。何事もなかったように撮影係のところに戻っていた。
「また壊しちゃったぁ……あ、そうだレムちゃん! あの人は大丈夫?」
「サッキ見タトコロ、問題アリマセンデシタガ、確認シテキマス」
カタコトの無感情な声で、カメラを回していたそれはまどかの元へと向かった。
◇
ダンジョン探索歴が長いまどかにとっても、理解に苦しむ光景だった。そして、しばらく無音の後、断末魔の叫びと共に強烈な音がダンジョン内に轟いていた。
「きゃあ! ちょ、ちょっと。今度は何よ」
:助かったのか!?
:ドラゴン拉致られてなかった?
:姉さん助かったのはいいけど、怖すぎだって
:ホラー展開になってない?
:あれ、なんか音がしてる?
:今のうちに逃げよう
:逃げたほうが良くね?
暗闇の中、ドラゴンが引き摺り込まれた先から、何か音が聴こえる。再び警戒心を強めたまどかは立ち上がり、迫る何かに向かって身構える。
すると、奥から出てきたのは人間とさほど体格の変わらない機械のような存在であった。
「ゴーレム? いや……こいつは……!」
まどかはさらなる驚愕に身を固めた。このゴーレムに近しい何かは、よくダンジョンに出てくるような相手ではない。サイズ的にゴーレムにしては小さい。
しかし、こいつは化け物だ。
長い探索経験で培った勘が警鐘を鳴らしている。
「アンタがドラゴンをやったのね? とんでもない奴ばっかだわ。一体、どんなSS級よ」
「軽度ノ打撲アリ、軽度ノ擦リ傷アリ、衣服ノ損傷アリ。魔力ヲ全テ消費シテオリ、気絶寸前ダガ生命活動ニ影響ナシ」
(こいつ……僅かな時間であたしのサーチを終えたってこと?)
目前にいる存在は、彼女の想像すら超えているのかもしれない。思わず身が硬くなる。一体どうすればこの窮地を抜けることができるのか。百戦錬磨の冒険者でさえ、その答えは分からない。
「問題ナシデス、姫サマ」
ゴーレムに見えた何かは、まどかの観察を終えるとくるりと振り返って闇に呟いた。すると今度は小さな足音と共に、学生服を着た女子が姿を現した。
「良かったー! あの、大丈夫でしたか!?」
「……へ!?」
あどけない顔をした少女は、今にも泣きそうな顔でまどかに抱きつかんばかりだった。機械型の何かはただじっとしていて、襲いかかってくる気配はない。
「ちょっと待って! 今エグい奴がいるでしょ、そこ! そこ!」
「あ、大丈夫です! あたしの友達です」
「友達ぃ!?」
「はい! それよりお怪我は大丈夫ですか?」
「う、うん。心配してくれてありがと。え、え、えーとさあ。ねえ、さっきやばい奴がいたでしょ」
「ああ、トカゲですね。大丈夫です。倒しておきました!」
「へ? 倒したって……」
「トカゲくらいなら、私一人でも大丈夫なんです」
ニコニコとした笑みを向けられ、まどかの頭はしばらくのあいだ真っ白になった。
「あれ? どうしたんですか? 大丈夫ですか」
「精神ノ混乱ガ見ラレマス」
そして数秒後、
「え、ええええええー!? あ、あああ……」
「え? ちょ、ちょっと!? お姉さん!」
まどかは思わず絶叫してしまい、そのまま気を失った。
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