第3話 マルの事
③ マルの事
私の愛犬――マルは名前の通りマルチーズの男の子だった。
一人っ子である私が「弟か妹が欲しい」と言い、「じゃなきゃ犬を飼いたい」と毎日のように強請ったので両親が迎えた子だった。
マルが家に来たのは私が十歳、マルは生後三か月も満たない年だった。
片手に収まるほど小さくて、ヨタヨタと歩いていた。
父のズボンの裾から中に入れるほど小さかった。
だけど三か月も経たないうちに、直ぐに両手ほどの大きさになって、真っ白の毛をふさふさと揺らしながら私の後をついて歩いた。
ふわふわのもこもこ。その愛らしい姿で、私が投げるボールを追いかけては持ってきてくれる頭のいい子だった。
紐を揺らせばジャンプして紐を取ろうと頑張って跳ねる。
それをマルも私も楽しんで遊んでいた。
そうして私はマルと一緒に大きくなった。
マルが三歳になる頃には、マルはすっかり大人であまりやんちゃなことはしなくなった。
ただ私に寄り添って眠ることが多くなっていて、手のかからない犬というのがその頃のマルの印象だ。
それはマルがそう言う成犬になったというのもあるし、私も中学に入学して部活に勉強にと忙しくてマルに構わなかったからかもしれない。
父は仕事で家にあまりいなかったし、母もお稽古事なんかで日中家を空けることが多くて、マルは静かに家で過ごしていた。
そのうち一人が楽なのか、もしくは私達があまり構わなくなったからか部屋の隅で寝ていることが多くなった。
それでも散歩は好きで「お散歩だよ」と声を掛ければダッシュで近寄ってくれた。
その時ばかりは楽しそうに「早く行こう!」と笑うような顔をして尻尾をぶんぶんと振ってこっちを見て来た。
散歩は夏の暑い日でも冬に雪が降った時にも、毎日行った。
雨の日や雪の日は、レインコートを着せても大人しくしていたし、たまにハンカチでほっかむりをさせたこともあった。
被せたハンカチで小さい顔がつぶれて更に小さくなって、でも目は真ん丸で大きくて、私達は「可愛い」と言ってその写真を良く撮っていた。それは今でも私の部屋に飾られている。
それから幾年か過ぎ、私は大学に入学し、実家を出て他県で一人暮らしを始めた。
一人暮らしになった私を心配してか、母はしょっちゅうメールをくれた。
『マルが少し寂しそうだよ。会いに来て上げたら?』
『お母さんもお父さんもマルも元気です』
『マルは最近咳をするので心配です。来月にでも帰ってきてはどうですか?』
そこにはマルの写真が添付され、家族とマルの近況なんかが書かれていた。だが、私はそれに対し殆ど返信しなかった。
マルも両親もいつもいるあたりまえの存在だったし、私はバイトや勉強、恋愛に忙しくて、家族のこともマルの事も優先順位が下がっていたからだ。
たまに私が実家に帰るとマルは必ず玄関まで迎えに来てくれて、いつもはクールな雰囲気で近寄っては来ないマルがその時ばかりは尻尾を振り、満面の笑みを浮かべて迎えてくれた。
「今日はせっかくだからマルも一緒にドライブに行こう」
GWで帰省した際、父親に提案されて、仙台からほど近い場所にあるヤクライ山の麓にある自然公園へとドライブに出かけた。
青い空には白い雲がところどころある。
降り注ぐ日光は、五月特有の夏とも春とも違う強さで、草原の緑をより鮮やかにしていた。
そんな中をマルが駆けていた。緑の中では丸の白い毛が一層鮮やかに引き立つ。
「マル!おいで」
マルは少し離れていた私の声に反応して一目散にかけて来た。
マルが走る度に耳が弾み、毛が流れるように風に靡いていた。
「よし!よく来たね!」
やって来たマルをわしわしと撫でると、とても気持ちよさそうにしていたのを今でも覚えている。
車が好きなマルは助手席に座った私の膝に乗り、少し窓を開けると風を感じるようにしながら車窓を眺めていた。
その姿は車窓を興味深げに見ていて、楽しいと思っているのが伝わってくるようだった。
(まるで人間の子供みたい)
マルの後姿を見て、私はそう思いながらドライブを終えた。
だが、それがマルと最後にしたドライブの記憶だった。
間もなくして、マルは心臓病を患い、外出が出来なくなったからだ。
以前から咳をしていたが、それは心臓病のサインだったらしい。
両親も私も、咳程度だと気にしておらず、酷い咳でマルが眠れなくなった状態になってから病院に行った。その時には、もう何もできない状態だった。
薬を飲ませてだましだまし病状を押さえているが、発作は深刻になり、苦しさのあまりに失禁しながら気を失うということが続いたらしい。
らしいというのは私は実家に居なかったことと、卒業論文の準備で全くマルを気遣う余裕が無かったからである。
この頃にはもうマルの近況について、母は私に連絡しても無駄だと思ったのか、一切メールを寄越さなくなっていた。
夏休みを利用して、一年ぶりに実家に帰って見たマルは私が覚えているマルよりも一回りも二回りも小さくなっていた。
もうご飯も食べない状態だったのだ。
それでも何とか生きて欲しくて、主治医の指導により両親はマルの口にご飯を突っ込むようにして食べさせていた。
その度にマルはイヤイヤと顔を背ける。
食べたくないのに食べさせられる苦痛が滲み出ていた。
今思うと本当に辛かっただろうと思う。
ご飯を食べないマルに対し、一度私は「食べなさい!」と頭を叩いたことがある。
マルは小さく唸って私を見上げた。
例えシャンプーをしても、雨の中スカーフをほっかむりしても、何をしても嫌がらず、唸りもしなかったマルが、その時ばかりは唸った。
そして小さく歯を向いた。
だが、すぐにそれも無くなった。
逆に私をあの丸い目で見つめて来た。
「どうして叩くの?」
そう言っているように見えた。
あの時の傷ついたような絶望したような、悲しむような、マルの瞳を私は今も忘れらない。
マルを叩いた時に私の人差し指の第二関節が彼の頭に当たった。その感触を今でも覚えている。
それから一か月も経たないうちに、マルは亡くなった。
十一月の割にはすごく寒い日だった。
「マルが死んだ」
父親が電話でそう淡々と告げたが私はいまいちピンとこなかった。
ただ全ての授業や予定をキャンセルして実家へと戻った。
マルは冷たくなっていつも寝ていたソファーで横たわっていた。
体を障ると固くなっていて、目は見開いたまま白濁していた。
その後の事はよく覚えていない。
何か泣きながら叫んだような気もする。
気付けばマルが火葬場に居て、それを見送っていた。
先ほどまで冷たい雨が降っていた空は、いつの間にか青空になっていた。荼毘に付されたマルの煙が空に吸い込まれているのを呆然と見送ったような気がする。
その時初めて自分が泣いていることに気づいた。
火葬が終わり、焼かれたお骨は、凄く小さくて。
頭蓋骨なんて私の握りこぶしにも満たない大きさだった。
その骨を私は叩いたのだ。自分のエゴのために。
小さく、小さいお骨だった。
それ以来、私は後悔の念に囚われている。
余命が短いのであれば無理にご飯を食べさせければよかった。
毎週末にでも実家に帰って、もっと一緒に過ごせば良かった。
もっと可愛がればよかった。
後悔ばかりが浮かぶ。
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