第16話 無遠慮な侵入者

ラドレイ邸の応接室は、細かな花の壁紙が貼られていた。中央に重厚な木のテーブルが置かれ、壁と合わせた花の刺繍がしてある布張りのイスが置いてある。典型的な金持ちの応接室だった。

 二人っきりでじっくり占ってもらいたいというレーネスのお願いで、メイドは席を外している。ラティラスに取っては願ってもない状況だった。

 持っている物が多いとそれはそれで不安になるのか、貴族や金持ちの女性は占い好きが多い。宴では素人占いでも面白がってくれるため、ラティラスもカードの基本的な読み方は知っていた。

「占いで何もかも見通せるというわけではありませんのよ。未来というのはくしゃみ一つでくるくると変わるもの」

 出された紅茶と菓子を横にどかし、占い師コステナことラティラスはテーブルの上で占い用とカードをきっていく。

「でも、一応うかがっておくわね。何が知りたいの?」

「その……父のことを」

 レーネスは少し言いづらそうに悩みを告げる。

「最近、母と父の仲がおかしいの。前は仲が良かったのに、ううん、今でも仲はよさそうだけど、なんだか、私に隠れてケンカしているみたいで」

「あらまあ……」

ケンカの原因次第では、社交界のいいゴシップになることだろう。もっとも、また宴の場に立てたとして、他人を傷つけるようなネタを広げる気はないけれど。

 カードを束ねて山にすると、慣れた動きで並べていく。

 風霊(シルフ) 絞首の縄 燃えるロウソク…… けれど、でたカードに関わらず、言う言葉はすでに決めていた。

「あなたのお父様は何か、秘密を持っているみたい」

 レーネスの顔をうかがいながらラティラスは慎重に言った。

 あながち間違いではないはずだ。もし姫を襲った奴とラドレイの間に関係あるなら、ラドレイはそれを家族にも秘密にしている可能性が高い。

「そのことはあなたのお母さんも薄々感付いている。だから怒っている。自分の夫が自分に隠し事をしていることに。あら?」

 そこでラティラスは露骨に顔をしかめてみせた。

「踏みしだかれた花の暗示が出ているわ。侵入者……招かれざる者。誰か、お父様と隠れて会っている人がいるのではない?」

 上目遣いでレーネウスの顔をのぞき込む。

 足に花びらを付けた賊。そいつらが隠れて何度もラドレイと会っていたのなら、レーネスがその正体を見ているかも知れない。

(頼む! 何か手がかりを!)

 祈るような気持ちでレーネウスの返事を待ち構える。

 彼女は困ったように眉をしかめた。

「そういえば、夕方父を呼びに庭園へ行ったら、奥の方で、父と、誰か他の人の気配がした気がしたの。でも、奥に行ったとき、いたのは父一人だけだった。その時は気のせいだと思ったのだけれど」

「それから、怪しい気配は?」

 レーネウスは首を振った。

 舌打ちしたいのをラティラスは必死で抑える。やはりラドレスが怪しい何者かと接触していたのは間違いない。

 しかしこの娘からその『何者か』の情報を引き出すのは無理のようだ。

 こうなったら、第二段階に進むしかない。

「とにかく、悪意を持った者がお父様に近付いているみたいね。お母様はそれを心配している。ご両親がピリピリしているのはそのせい。大丈夫、もうすぐ邪魔者はいなくなるから」

 安心させるように笑みを浮かべて、カードをしまう。

 そして軽く眉の間をもむ仕草をする。

「ごめんなさい、占いで集中すると少し疲れるの」

「じゃあ、どうか一息いれなさって」

 レーネウスがティーセットを真ん中に引き寄せた。

 空のカップが目の前に置かれるのを見ながら、ラティラスは右手を袖の中に入れた。隠しポケットから、手に隠れるほど小さな箱と、薬包紙を指先で探り出す。

 目の前では、自分とレーネウスの分、二つのカップに熱い紅茶が注がれていく。

 テーブルの天板に隠すようにして、小さな箱を膝の上に置く。左手でスライド式の箱のフタを開ける。箱の中から、羽音とともに大きなハチが飛び出した。

「あら、ハチ!」

 慌てたように立ち上がり、袖で追い払うと、ハチは天井近くまで飛んでいく。

「ほら、あそこに!」

 ラティラスは右手に薬包紙を隠したままハチを指差した。

「きゃあ!」

 レーネスが悲鳴を上げる。彼女の視線が黄色いカタマリを追っている間、薬包紙の隅を破いて中の眠り薬をレーネスのカップにこぼした。念のために大の男一人眠らせる量を持ってきたのだが、レーネスは小柄な方だ。半分も入れればいいだろう。

 それが溶けるのを見届けず、ラティラスは窓を開けた。ローブの長い袖でハチを外へ追い出そうとする。

「どうかなさいましたか?」

 主人の悲鳴を聞きつけたのだろう。背の高い男がノックもせずに部屋に入ってきた。

(こんな奴がいるのか……やっかいですね)

 思ったけれども表情は出さず、「見て! ハチが入り込んできたの」と指をさす。

「これは刺しても大した毒はない奴ですよ。どれ、私が」

 使用人は自分のハンカチを取り出してハチを外に追い飛ばしてしまうと、一礼して部屋を出て行った。

「ああ、びっくりしたわ」

 レーネスは大きく息を吐いた。

 「本当、びっくりしたわね。服にくっついて来たのかしら? さあ、気を取り直しておしゃべりしましょう。ゆっくりお茶で飲みながら」

 ラティラスは穏やかに微笑んだ。

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