12部
あれから半日。
私達は自由行動でそれぞれが街を散策していた。
シロコさんは古代文字の翻訳の為に図書館に向かって行った。
この国では何故か昔の言語の辞書など、そう言う重要なことも一般公開されている。普通なら国で厳しく管理するところだけど、この国の王様はそんことに興味はないのか特にそう言った制限もないとティジェフ様が言っていた。
一方のモモさんは本を片手にモフテリアと言うお店に向かって行った。どんなお店から知らないけど、名前から想像してきっとモフモフがモチーフのカフェテリア………。猫カフェなんかに近いお店なんだろう。
そして、二人の動向を思い浮かべている私は絶賛部屋の中でゆっくりとした時間を過ごしている。
ここ二日はずっとゆっくりできなかった。できたとしても移動中だけだった。
それに比べて部屋の中はいい。密閉された空間で、誰とも顔を合わせることがなくて。
「ここが、私のオアシス………」
外の雑音も聞こえないカーテンも閉めた、日の光がほとんど暗室で、私は恍惚とした表情を浮かべながらベッドの布団へと包まる。
でも、そんな平和は長くは続かなかった。
ガンガン、と勢いよく扉が叩かれる音が部屋中に響き渡る。
「ひう!?」
「亜人解放戦線や!早よ開けんかい!」
ガン!と更に大きな音が響く。
………亜人解放戦線!?
聞いたことない名前だけど………。
ゆっくりと扉に近付いて少しだけ扉を開けるとその隙間から大きな指が入ってきて扉が私を押し除けて開く。
「な、何なんですか………」
尻餅を付いて私は入ってきた人を見る。
日本の昔のヤクザが来ているような着物を着た白と黒が基調の珍しい動物。パンダの亜人だ。
着物を止める帯には何やら棒のような物も挟まっている。
「自分、人間………よな?」
「は、はい………」
おい、と後ろの犬の亜人に話しかけると何やら紙を受け取って私に見せてくる。
その紙には人間に対しての店に対する料金について言及されていた。
「………え?」
そこに書かれていた「人間は通常の10倍の料金設定とする」と言う部分に私は目を奪われる。
「店主から聞いたで。自分ら通常料金しか払っとらんのやろ?確か三人やったわな………。残り54,000エクセル………耳揃えて払ってもらおか?」
言っていることが無茶苦茶だ。
そもそも人間だけ10倍の値段なんてただの差別じゃあないか。
「そ、そんなの無理ですよ!」
「あぁん?」
近くにあった椅子にパンダの亜人がどかっと座って私を一瞥した後に、何かを考えるように天井を眺める。
「えーと、何やっけ?極東の島国にあるあの言葉………。あぁ、郷に入れば郷に従えや。知ってる?」
ゆっくりとこちらを見ると椅子から立ち上がって帯に挟んでいた筒を手に取る。
その筒から鈍い銀色の刃物が目に入って私の中に一気に緊張が走る。
私の手の真横にそれを突き立てると今度は声色を低くして私の耳元で囁いてくる。
「ごちゃごちゃケチ付けるんやったら奴隷商に高値で売っぱらうぞ」
「うっ………」
その言葉と視線から殺気や嫌悪、憎悪がひしひしと感じ取れてしまう。
もはや私は言葉を発することができずに股からチョロチョロと液体が流れ出る。
「………汚いなぁ。まぁ、返事せぇへんならそれでええわ。奴隷商行きってことで」
後ろの亜人の一人が外に走って行き、犬の亜人が私を背負う。
「あ………いや………」
「俺だって嫌だよ。お前みたいな言葉通りにしょんべん臭いガキ運ぶなんざ………。俺鼻だけは良いんだぞ?」
本当に嫌そうな顔で歩き始める犬の亜人。
抵抗すれば何されるか分からないので抵抗する気も起きない。
………現実なんてそんな物だよね。
物語みたいに都合がいい所で正義の味方が助けてくれることなんてない。
「なんで………こんな事を………」
「最初に初めたのはそっち側だろ………」
犬の亜人が唸りながら私の質問にブツブツと答える。
「余計なことは言うな。ソイツに言ったって関係あらへんわ」
呆れたようにパンダの亜人が犬の亜人に注意する。犬の亜人も申し訳ないように押し黙ってしまう。
宿のエントランスにまで来ると騒ぎを聞きつけたのか野次馬が集まってきて稀有な目でこっちを眺めている。
受付の亜人も申し訳なさそうな目でこっちを見ている。
きっとあの人が通報したのだろう。
「なんだなんだ?また亜人解放戦線の奴らか?」
「まったく、何回騒ぎを起こせば気が済むんだ?」
「ったく、奴らのおかげでこっちは人間への商売上がったりだよ」
亜人解放戦線と謳っているはいるが、どうやら亜人の人々にはよく思われてはいないらしい。
「うるさいわ野次馬共!お前らは人間が許せるんかい!」
周りでザワザワとパンダの亜人達に文句を言う人達にパンダの亜人が吠える。
私に近付いて来たパンダの亜人が私に帯に挟まっていた刃物を抜くと私に向ける。
「お前の言いたいことは分かるぜ、レグー」
宿の受付の亜人がレグーと呼んだパンダの亜人に近付いて刃物を持った手を抑える。
「でもよ、全部の人間がお前が思ってるような奴じゃねーだろ?」
「………どうだか」
しらっとした顔で刃物を納めると担いでいた犬の亜人に視線を向けて首をふいっと動かす。
それを見た私を担いでいた犬の亜人が動き出す。
「んだぁ?何の騒ぎだよこりゃ………」
「!?」
聞き覚えのある声に私が頭を上げてみると横で信じられない物を見たかのようなレグーさんと頭を掻きながら幾つかの本を持って人混みをかき分けて来た女の人だった。
私は彼女を知っている。昨日も、今日も、ずっと一緒にいた白髪の彼女を。
それを見たレグーさんの仲間の取り巻きの一人がメンチを切りながら女の人に近付いていく。
「おうおうおう!なんだぁ、テメーは?俺らを亜人解放戦線と知っての狼藉か?」
「亜人解放戦線?」
「お前らやめろ!」
レグーさんが取り巻きを止めようとするが、興奮して聞こえていないのか、止まることは無くメンチを切り続ける。
面倒くさそうな目で私と声を上げているレグーさんを見ると取り巻きを殴り飛ばして、それに巻き込まれた犬の亜人から私を奪い去る。
「何が亜人解放戦線だくだんねぇ………」
「何だと!?」
殴り飛ばされた取り巻きが起き上がって女の人を睨みつける。
女の人はその睨みに嘲笑で返すと、みるみるうちに大きくなっていく全身から長い毛が生え揃って四つん這いになり、足と手の爪、そして犬歯が伸び、白い虎、私の知るシロコさんへと姿を変える。
「亜人はそんなもんに頼るほど弱くはねぇ」
そう言う彼女の威圧に取り巻きが大人しくなってそのまま後ずさっていく。
「シロコさん!」
「大丈夫か、マホ?」
「は、はい」
「姐御!よくご無事で!」
シロコさんの声掛けに私が返事をすると、不意にレグーさんが涙ながらにシロコさんに近付いて話しかけてくる。
私も目を丸くしてシロコさんに問いかける。
「し、知り合いなんですか?」
「………あぁ。昔のな」
さて、とシロコは話を切り出してレグーを睨み付ける。
「まだ、懲りてなかったようだな。半グレのレグー」
「そんな二つ名で呼ばんでください。今の自分は亜人解放戦線総大将のレグーです」
拳を強く握らながらレグーさんが告げる。
「ウチの連中の顔、姐御なら見覚えがあるはずでしょ?」
人間体に戻ったシロコさんがレグーさんの取り巻き達の顔を一瞥して行く。
覚えがあるのか、シロコさんはだんだん眉を顰めていった。
「皆、姐御達に助けられたモンです」
「……………」
しばらく黙り込んだシロコさんが深い溜息を吐くと、頭をボリボリと掻いて私に向き直る。
「マホ、とりあえず着替えてこい。話はそれからだ」
シロコさんの視線を追ってみれば、アンモニアの匂いが漂ってくる私の服だった。
私は急いで宿にある部屋に駆け込んで着替えを取り出す。
さっきまでは黒を基調としたドレスとローブだったけど、今度は少しだけ紫がかったドレスとローブだ。
『おーい!誰も居ねーのか!』
シャワーを浴びて着替えが終わって、部屋を出ると何処からか声が聞こえてくる。
声が聞こえる方に視線を向けてみれば開きっぱなしになったモモさんの部屋が飛び込んでくる。
きっとさっきの亜人達が開けっぱなしにしたのだろう、と考えながらモモさんの部屋を覗いてみる。
「?」
しかし、モモさんの部屋には人の姿どころかその気配すらない。
『なぁ、本当はいるんだろ?オレ様を揶揄ってるだけだよな?』
でも声は確かにこの部屋から聞こえてくる。
もう一度辺りを見渡して、漸く私はその正体に気付く。
棚の上でキラリと丸く光る伝魔水晶からその声が出ていたのだ。
『あぁ、そうかい!そんなにオレ様と話したくないならもういい!せっかく国立図書館で遺跡の情報見つけてきてやったのによ!』
「わわ!」
伝魔水晶が切れそうな感じだったので、私は急いでそれを手に取って声を出す。
この伝魔水晶はシロコさん曰く、二対で一個だと言う。
簡単に言えば、糸電話みたいな物で、お互いが細い見えない魔力の糸のようなもので繋がっていて、そこに自身の魔力を流して会話を成立させるらしい。
「あ、あの!」
『あ?何だ居るじゃねーかよ。で、オメーは誰?』
「えっと………その………」
『ちゃっちゃと答えろ!』
「ひぃ!ウサミ・マホです!」
伝魔水晶の向こうの声にどやされて私は慌てて名乗る。
『あ〜?なんだ、ティジェフのとこの神子か。怒鳴って悪かったな』
「い、いえ………」
怒鳴ったり謝ったり忙しい人だなぁ………。
そんなことを思っていると伝魔水晶から更に声が聞こえて来る。
『オレ様は生命の神ナトス。よろしくって言いたいとこだが今はちょっとだけ急を要する』
「な、何かあったんですか?」
『あったっつーか、何つーか………。とにかく、モモに伝えてくれ。絶対に遺跡の奥の部屋には入るなってな』
何か焦ったようなナトス様の言葉に私は疑問を持ちながらも頭を縦に振る。
「分かりました。でも………、あの遺跡に何があるんですか?」
『………ガキに教えるような内容じゃねーのは確かだ。オメーも絶対に奥の部屋には入るなよ』
それだけ言うと伝魔水晶から声が聞こえなくなって、光もなくなってしまった。
………奥の部屋。
きっと私が見つけた大きな扉のことだろう。
「あそこに何があるんだろ………」
そんなことを呟きながら、私は再び宿の外にいるであろうシロコさんの所へと向かう。
宿を出てみると何やら慌てたように亜陣解放戦線の人達が走り回っている。
「目撃証言を集めろ!何でもいい!似た奴を見つけたならふんじばって連れてこい!」
「救急班は急いでモフテリアに行け!怪我人が最優先だ!」
声色や口調からして、それがただならないことなのは私も理解できた。
「シロコさん。何かあったんですか?」
何とか人混みからシロコさんを見つけ出して話しかける。
シロコさんも私に気付いたのか私に振り向いてちょっとだけ眉に皺を寄せながら答える。
「あぁ、マホか。モモの奴、モフテリアでコイツらに捕まってたんだが、酔っ払って暴れやがったらしい。そのまま店を飛び出して行方不明だとよ。ったく、問題しか起こさねーヤローだぜ」
モフテリアでお酒………?
名前的には動物カフェのような物を想像したけど、どうやら違ったらしい。
「とにかく、今コイツらを使って街中探し回ってはいるんだが………、この調子じゃ街には居ないかもな」
この街に居ない………。そうなると、彼の行き先なんて一つしかない。
私は頭を上げてシロコさんを見る。シロコさんも私と同じ事を考えたのか、私が目星を付けた建物がある方向に視線を向ける。
つい昼頃、私達が調査の為に立ち寄ったあの遺跡がある方角に………。
「ついさっき、レグーにこんな物を渡されたんだ」
「それは………!」
シロコさんが見せてきた古そうなそれに私は見覚えがあった。それは、あの遺跡から帰ってきてからモモさんがずっと読んでいた物だ。
内容については、相対性理論の新書などと誤魔化されてしまったけど、そんなわけがあるはずがない。
「これを呼んでからアイツの様子が可笑しくなった」
「!?」
いったい何が書かれているのだろう?
私はシロコさんの手からその本を手に取り、ペラペラとページをめくっていく。本の内容を目で追う内に全身の血の気が引いていく。
「うっ」
吐き気がして手で口を塞ぎながら、私はシロコさんに本を返す。
本当に、モモさんはあんな物をずっと読んでいたの?
あんな物、一度見たら読みたいとも思えないのに、顔に出さずにそれをずっと読んでいたモモさんが私は信じられなかった。
「………読めるんだな?」
私の様子を見ていたシロコさんが本を捲りながら私に尋ねてくる。
「読めます」
「内容、教えてくれるか?」
真剣に私を射抜く彼女の視線に目を逸らしながら、私は未だに残っている吐き気を抑える。 正直に言って、きっとこの本はシロコさんに限らず亜人、いいや、誰も読んではいけない物なんだろう。こんな物が世に発表されてしまえば、人と亜人で大きな戦争になってしまう。
その引き金を引く勇気は私には、無い。
「どんな内容だって受け入れる。だから、頼む」
そう言うと、シロコさんは頭を下げた。
◇◆◇◆
辺りが暗くなり始め、そろそろ木々の先が見えなくなってきた頃。俺は昼頃に訪れた遺跡の前に立っていた。
「イツツ………。アイツらマジに殴りやがって………」
昨日から楽しみにしていたモフテリアに行ってみればそこはモフモフ天国では無く、男の欲望渦巻くキャバクラで、すぐに帰ろうと思えば亜人解放戦線なる輩に拘束されて………。
どうやら今日の俺はマジに厄日らしいな………。
そう、悪態を吐きながら唇から出た血を親指で親指で拭い、口に溜まった血をぺっ、と吐き捨てる。
「貴方は昼間に来た………。どうしたんですか、その怪我!?」
俺に気付いた見張りの衛兵が焦ったように、俺に回復魔法をかけてくる。昼間俺達を遺跡に入れてくれた好青年の印象を受ける衛兵だ。
「あ、ありがとうございます」
「お礼なんかより、どうしてこんな怪我を!まさか、亜人解放戦線の奴らに何かされたんじゃ………!」
どうやら亜人解放戦線の名はここの衛兵にまで轟いているらしい。近所にあるのだから不思議では無いが、彼らの名は街の外にまで轟いているようだ。
衛兵の回復魔法で傷も全て塞がった事を確認した俺は腕を回して身体の動きも確認する。
「衛兵さん。今から俺、もう一度遺跡に入りたいんですけど構いませんか?」
「な、何言ってるんですか!貴方さっきまであの大怪我だったんですよ!?」
「まぁ、俺ってばナトス様の恩恵のおかげで不死ですし。何とかなりませんか?」
「何でなると思ったんですか………」
俺の説得も虚しく、彼は俺を遺跡に入れてくれる様子はない。
「大体、あんな怪我してどうして遺跡に入りたいんですか?」
「それは………」
あの遺跡の奥にいる人達に用がある、と言っても信じてもらえないだろう。
そもそも、これは俺一人で解決すると決めたのだ。彼を巻き込む事もできない。
「正当な理由があるならおっしゃって下さい。私だって融通は効かせます」
「……………」
俺は衛兵の目をじっと見る。嘘を吐いている様子は無い。
五秒ほど深く息を吐いて、俺も覚悟を決める。
衛兵の首根っこをひっ捕まえて引き摺りながら遺跡へと入る。入り口が見えなくなった辺りで俺は衛兵を放した。
「この遺跡は、元々生物実験の研究所だったそうです」
「け、研究所?」
強く引っ張りすぎたのか、衛兵は咳き込みながら聞き返してくる。
「な、何の研究をしていたんですか?」
間髪入れずに出されたその問いに、俺はどこかに置き忘れたあの本の中身を思い出す。全て読んでいて、顔色を変える事なく、吐かずにいられた自分を褒めてやりたいくらいに、あの本の内容は醜悪だった。
「簡単に言えば、亜人を使ったバケモノの製造、ですかね」
俺の答えに衛兵は信じられないような目で俺を見つめながら両肩に手を置いてくる。
「冗談、ですよね?だってそんなの………許される筈がない。生命への冒涜だ」
「………この実験がされたのは、今から三百年ほど前。俺が見つけた本に年月と実験経過が事細かに書かれていました」
信じられなかろうが、俺は俺が読んだ事を語る。口にするだけで吐きそうな非人道的な実験の数々。
リザードマンの鱗、エルフの羽、獣人の爪や牙、上げるのならばまだあるが、様々な種類の亜人を融合したキメラのようなバケモノ。それが、この遺跡の奥に眠っているのだ。
力無く俺の方から落ちていく彼の手を見ながら俺は最後の要件を伝える。
「とにかく、貴方はここの衛兵達を全員出来るだけ遠くに避難させて下さい」
「貴方は、どうするんですか?」
遺跡の奥に行こうと振り向きざまに、衛兵が質問してくる。
………正直に言って、自分でも今何故こんな事をしているのかはあまり分からない。生物兵器として作られたバケモノに死なないとは言え唯の人間が叶うはずもないのに。
そもそもあの部屋からバケモノが出られないから三百年も平和だったのだ。まさに触らぬ神に祟り無しと言ったところだろう。
それでも、俺は思ってしまったのだ。
「このままにしても後味悪いんで、ちょっと倒してきます」
おそらく見たところで安心できないような歪な笑顔を彼に見せ、振り返る事もせずに走る。後ろから彼の声がこだましてくるが、しばらくして聞こえなくなるのだった。
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