10部

 ライトを頼りに俺たちは一歩一歩前へと進む。

 偶に照らされる人骨と洞窟の外からは感じなかった血の臭いがこれまでの被害者がどうなったのかを予想させる。


「大丈夫か?」

「は、はい………」


 常日頃から実写ホラーなどを見ていた俺はまだ耐えられる程ではあるが後ろの見た目十六のお下げ少女はどうだ?

 既に顔を青くして限界寸前と言った感じで着いてきている。

 できるだけ早く事を済ませた方が良さそうだ………。

 俺は後ろのマホの様子に注意しながらも先へと進む。

 幸運なのか、おかしな事になのか、未だ入り口にいた二匹のマウンテンウルフ以外のマウンテンウルフを見ていない。

 更に先へと進んだ辺りの曲がり角で俺は足を止める。


「ど、どうしたんですか?」

「シッ!」


 俺は不安そうにこちらを見つめるマホの口を閉じさせて親指で顔を少しだけ出して覗かせるように指示を出す。

 俺の指示通りにマホが壁から顔を出すと目を見開いて驚いたように俺を再び見る。


「な、何ですかあれ!?」

「オレが知るか!」


 俺は再び顔を覗かせて目の前に広がる光景に生唾を飲み込む。

 気を失っている少女とライゾウと呼ばれていたお爺さんを取り囲む大量のマウンテンウルフとそれを見守るように奥に佇む人一倍大きなマウンテンウルフだ。


「アイツがボスか?」

「た、多分………」

「アレはマウンテンハイウルフだな。別名シャドウウルフ。影に溶け込んで獲物を狩る厄介極まりない奴だ」

「ほ〜、それは中々に厄介そうで………って、誰!?」


 不意に後ろからマホじゃない言葉が聞こえてきて俺とマホは振り返る。

 そこに居たのは白髪に少し黒髪が混じったポニーテールに、猫の耳と尻尾が生えた見るからにギザギザの歯の背の高い女だった。


「あ?今はオレの事なんてどうでも良いだろ。今大事なのはマウンテンウルフ共に攫われた奴らの解放。マウンテンハイウルフの後ろの方を見てみろ」


 眉を顰めながらそう言う女の言う通りに俺たちは再び首だけ出してマウンテンハイウルフの後ろの方をマホのアイ・シェアで見る。

 そこの窪みには人がゴロゴロの倒れている。


「あんなに………!」


 驚愕するマホに俺もこれはどう助けたらいいのか、と頭を悩ませていると後ろの女が再び話出す。


「俺も女将にアイツらの救助を頼まれてな、一宿一飯の恩義って奴だ」

「………それで、全員助ける策とかあるんですか?」

「あるないかで言えばある」


 マウンテンウルフ達から目を逸らして俺は女を見る。


「ただ、お前は怒るかもしれない方法だ」

「後味さえ悪くなければ怒りませんから!言ってください!」

「そうか、なら良かった」


 次の瞬間満面の笑みとなった女が俺を蹴り飛ばす。

 尻餅を吐いて女の方を見ようとした瞬間、辺りからいくつもの唸り声が聞こえてきて辺りを見てみれば、先ほどまでライゾウさんを取り囲んでいたマウンテンウルフ達が俺を睨んでいる。

 これはマズイと急いで立ち上がり状況を確認する。

 現状逃げるしか手はないのだろうが、マホの方に逃げてしまえば女はともかくマホが危険だ。


 この空間にはマホいる道以外には残り二つの道がある。

 マウンテンハイウルフがいる道ともう一つ、何処に繋がっているか分からない道だ。


「クソッタレェェェェェ!!!」


 マウンテンハイウルフがいる方は絶対無理だと直感した俺は残った選択肢である何処に繋がっているか分からない道へと一目散に走り出す。


「バフバフ!」


 それを見たマウンテンウルフも俺を追う様にその道に入ってくる。

 狼と人間、いずれは追い付かれるのは誰の目から見ても明らかだ。


「クソッ!クソッ!こんなのどうしろってんだ!」


 ライトがあるとは言え足場も不明瞭な上に出口すら見当たらない。

 おまけに数でも向こうが圧倒的に有利と来た。

 死なないだけの俺に勝ち目なんてあるわけがない。

 しかし、しかしだ。仮に何もできなかったとしても何もしないのは今の俺じゃない。

 ゴブリン対峙の時だってそうだった。立ち向かったからゴブリン達を倒せたんだ。


「我、フジサキ・モモの名においてかの物を燃やせ!ファイヤーボール!」

 

 脇差の一本に魔法を付与して俺は立ち止まる。

 今の魔法でライトは消えてしまったが火属性の魔法のおかげでさっきよりは明るくなった。


 一番槍とも言えるマウンテンウルフが迫ってくるのを目視し、俺は思いっきりソイツを蹴り上げる。


「キャウン!?」


 例え毛皮が岩の様に硬かろうがその下はただの狼と変わらないただの肉だ。

 そして奴らにも毛が薄い場所がある。


「ウオォォォォォォ!!!」


 それは股間の辺り。そこを突き刺して思いっきり突き上げれば殺すことも出来る。


「ハァハァ………」


 動かなくなったマウンテンウルフを見ながら俺は一度深呼吸をする。

 ゴブリンの時はまだ大丈夫だったが、俺の知っている生物と同じ見た目を殺してしまったことに嫌な脱力感が襲ってくる。

 既に取り囲まれているのに呑気なものだな、と自嘲しながら一斉に襲ってくるマウンテンウルフに脇差を振り下ろす。

 一匹のマウンテンウルフを止めれば他のマウンテンウルフが俺の全身に噛み付いてくる。

 俺は全身の痛みに耐えながら一体一体、確実に殺していく。

 何匹殺しただろうか?全身の筋肉はズタズタに噛みちぎられ、全身の骨もボッキボキだ。

 もはや立つことも脇差を握ることもままならない。

 呼吸するたびに骨が肺に当たって痛い。

 だと言うのにまだ残っているマウンテンウルフは涎をダラダラと垂らしながら俺を見ている。


「コヒューコヒュー」


 俺、肉なんてないから食べてもそんなに美味くないぞ、等とお馴染みの命乞いセリフを言おうと試みても、出てくるのは歪な呼吸音と血の塊だ。


 ………あれからどんくらい経った?体感で三十分くらい?

 マホ大丈夫か?狼は全員俺を追って来てたみたいだし、きっとうまくやってるよな………。


 ジリジリとマウンテンウルフが距離を詰めてくる。

 そう言えば、ここまでの怪我は初めてかもしれない。

 もし仮にコイツらに食べられたとして死ぬことはないのだろうが、一体どうなってしまうのだろうか、などと思いながら俺は痛みで動かしづらい手を上に向けて伸ばす。


「グルルルルル………ガッ!」


 その瞬間マウンテンウルフが一斉に俺を食おうと飛びかかってくる。

 そして俺はその瞬間を今か今かと恐怖しながら目を瞑り待つ。

 しかし、更なる痛みは待てども一向に来ず、次に聞こえたのはマウンテンウルフの短い悲鳴と何かが潰れる水音だった。


「………いつまで目ェ閉じてるつもりだ?」


 声が聞こえて目を開くと、そこに居たのは俺達と一緒に村まで来た虎だった。


「お前………なんで………」


 水音の正体は何となく怖かったので見ずに、俺は喉の痛みを我慢しながら何とか声を振り絞る。

 まさか虎が俺を助けに来てくれるだなんて思いもしなかった。


「なんでって何言って……、あー、待て。うん。まぁ、色々あってな、女将からお前らを助けて欲しいって頼まれた」


 虎が俺を咥えると急いでその場を走り出す。


「とっとと逃げるぞ。何処かでマウンテンハイウルフが見てるはずだ」

「ま、待て。まだ………人が………」

「捕まってた奴なら魔法使いが全員助け出して村に連れて行った。女将と魔法使いに感謝するんだな。もう少し遅けしゃ村の奴らが山を焼いてお前は狼共と一緒に丸焼けだった」


 もう喋る力すら残っていない。

 このまま虎に任せようと力を抜いた瞬間、虎が急ブレーキを踏む。


「………ちょっと待ってろ」


 虎に地面に降ろされて、何事かと身体を地面に引き摺りながら虎の向かう方向を見る。


「………!」

 

 マウンテンハイウルフだ。

 コイツはきっと、俺達が出てくることを予め想定していてここで待ち伏せていたのだ。


「知恵はあるみたいだが、随分冷酷なリーダーだな」

「グルルルルル」


 虎の軽口を無視したのか、それとも乗せられたのか、マウンテンハイウルフが虎に襲いかかっていく。

 虎の一回りほどある巨体が虎に目掛けて飛んでくる。


「図が高ェぞ、ワンコロ。オレを誰だと思ってるんだ?」


 虎が右手を突き出すの吸い込まれる様にマウンテンハイウルフの左頬に直撃して吹き飛んでいく。

 壁に強く身体を打ち付けたマウンテンハイウルフはピクピクと身体を痙攣させるだけで起き上がる気配は一向に無い。


「………ったく、影からの奇襲もできねーなんてとんだ雑魚も居たもんだな」


 ………本当にそうなのか?第一どうやって先回りした?

 何かを見落としている様な気がする………。


 ふと、俺は倒れて動かないマウンテンハイウルフを見る。


「………ハ!」


 そして俺は気付いた。右耳だ。コイツは右耳が欠けていないのだ。

 さっき見たマウンテンハイウルフは右耳が欠けていた。

 つまりコイツは………。


 別のマウンテンハイウルフ!?


 と、なれば奴はまだ何処かに潜んでいるはずだ。

 しかも、さっきのマウンテンウルフ達の統制の取れた動きからして近くにいる可能性が非常に高い。

 そこで俺はある一つの可能性に辿り着き、根性だけで握っていた脇差を隣にある虎の影に思い切り突き立てる。


「ガァァァァァァァァ!!!」


 鋭い断末魔と共に、血を吹き出した右耳の欠けたマウンテンハイウルフな虎の影から姿を現す。

 シャドウウルフ。影に溶け込む狼。

 それは決して比喩などではなく、本当に獲物の影に溶け込んで狙うことを意味していたのだ。


「………ちょっとくらいは認めてやるよ。不死の神子!お前は何もできねーボンクラの助平じゃなかったみてーだな!」


 虎の全身なら電気が流れマウンテンハイウルフの首に勢いよく噛み付いていく。

 暴れるマウンテンハイウルフ。それを決して逃がさない虎。

 決着は目に見えていた。

 次第にマウンテンハイウルフは動かなくなり、最後には全く動かなくなった。

 マウンテンハイウルフが死んだことを確認した虎は骸となったそれを投げ捨てて再び俺を咥える。


「待ってろよ。すぐに魔法使いのところに連れてってやるから」


 洞窟を出れば、既に日は出かかっており、洞窟に入った時よりも明るくなっていて、草木がよく生い茂っているのが見える。

 薄れゆく意識の中で虎が懸命に走る揺れと、意識を保たせる様にと呼びかけてくれる虎の声が俺の頭に響く。

 ………そして、ここからは事の顛末だ。

 まず、あの後俺は虎によってマホの元に担ぎ込まれ、彼女の回復魔法により、外傷は全部治してもらった。

 そして村人達が山を焼き討ちにしようとした話であるが、どうやら次に被害者が出たら焼き討ちにしようと決めていたらしい。

 俺達がいる事は分かっていたらしいが、神子を騙る偽物だから死んでもかまいはしないと思ったのだとか………。

 しかし、この村で一番純粋と呼ばれている(らしい)女将の説得と、攫われていた人達を先導していたマホのおかげで焼き討ちは中止。

 普通なら死んでいる筈の傷で生きていた俺を見て神子と信じてくれた。

 次に攫われた人達の事だが、食べられた人もいたらしいが、その大半は無事だった。

 しかもその大半が行商人で宿の近くに止められてあった荷車などはその人達のものだと言う。

 通りで車の多さの割に宿で人を見かけなかったわけだ。

 逃げていた馬に引かれた荷車を女将が預かっていたらしい。


「何か、お礼をさせて下さい!」


 明朝、俺達が出発しようと車に乗り込むと行商人の中の太った男がそう行ってきた。

 どうやら、ソイツが行商人でも一番偉いらしい。


「いや………。俺らは神子として当然の事をしたまで、別にお礼を言われる様な事は………」

「我々行商人は等価交換がモットウです!命を救われてお礼の一つもできないようで何が行商でございましょう!」


 男が盛大に語ってくれてはいるものの、別にお礼をして欲しくてしたわけでは無い。

 俺は後味が悪いのが嫌だっただけだし、マホは村人の悲しむ顔が見たくなかっただけだし、虎は………何でだろ?


「貰ってやりゃあいいじゃねーか。お前らはそんだけの事をしたんだから………。じゃねーと、お前の嫌いな後味が悪くなるだけだぜ?」


 虎の方から要らぬちょっかいをかけられて俺は悩む。

 確かにそうかもしれない。ここで断ってしまえば心にイヤーなモヤモヤが残るだろう。


「マホはどうしたい?」

「わ、私も………貰っても良いと思います」


 運転席に座るマホにも聞いて見るが、多数決では俺の方が劣勢らしい。

 俺は一息つきながら行商の男に振り返る。


「分かりました。それなら皆さんの持っている品の中で便利で貴重な物があればそれを頂きます」


 これならば後腐れもないだろう、と俺は自信満々に言い放つ。

 行商人達が互いに顔を突き合わせて、一人のひょろっとした男が太った男に二つの石を差し出す。


「それならばこう言う物は如何でしょうか?」


 そのまま差し出されたそれを俺とマホはじーっと手に取って見る。


「これは?」

「魔力を通じて遠くからでも会話が出来る伝魔水晶、通称デンマです」

「何か………いかがわしいな」

「モモさん!」


 ふと出た感想ではあったが、マホに怒られてしまった………。

 少しだけ反省しつつ、俺はそれの一つを手に取る。


「ではこれを頂きます。もう片方はナトス様かティジェフさんの所に持って行ってもらえるとありがたいです」

「それくらい、お安いご用ですよ!では、我々はこれで………」


 男が会釈すると、行商人達は列を組んで俺達と反対方向に進んでいく。


「お兄ちゃん!お姉ちゃん!虎さん!」


 今度こそ、出発しようかと虎に声を掛けようとしたが、幼い少女の声が待ったを掛ける。

 振り向いてみれば、ライゾウ爺さんとその隣で寝かされていた女の子だ。

 その後ろには昨日見た姿そっくりのライゾウ爺さんも居る。


「助けてくれてありがとう!」

「ワシからも礼を言おう。息子夫婦の忘形見のこの子を助けてくれて感謝する」

「か、感謝なんて………!」


 照れるようにマホが手を振ると少女がマホに巾着袋を渡す。

 マホがそれを受け取ると袋からジャラジャラと音が聞こえてくる。


「これ………お金!?」

「助けてくれた礼と、疑って殺そうとした詫びじゃ村の皆から少しずつ集めた」

「そんな………受け取れませんよ!」


 目をギョッとさせながらマホが女の子に袋を返そうとするが女の子はそれを突き返す。


「受け取って欲しいの!」

「でも………」


 マホが困ったように俺の方を見てくるが俺ももはやお手上げだ。


「もう、貰っとけ」

「はい………」


 後でこのお金は孤児院か何処かにでも送ってやろうなんて考えながら、ようやく車が動き出す。


「ったく、グダグダしやがって………。当然の権利なんだから最初から貰ってりゃいいんだよ………」


 虎もなんだかんだで最初よりはずっと喋っている印象だ。

 村の方を見てみれば村人が手を振っている。

 俺はそれを彼らの姿が見えなくなるまでずっと眺めるのだった。

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