十二章 終わりの月と始まりの星
第408話 ややキモの護衛と始まりの星
ケイの胸中に渦巻く不安とは裏腹に、夕食は和やかに終わりを迎えた。
記憶を失った自分であっても変わりなく迎え入れてくれたフェクトムの面々に感謝と共に、より一層の罪悪感が湧き上がる。
自分は、この人達を裏切ってしまったのだという感覚だけがあった。
唯一通じ合えそうな相手は、完全に食の方に意識を持っていかれており、ケイは優しい笑みと共に食堂をそっと後にしたのだ。
「……おいしかったなぁ」
誰かに話しかけた訳ではなく、ただその実感を得るためにそう呟く。
脳裏には目の前に並んだ食事が浮かび上がっていた。
鼻腔を通り抜ける香りは、強く食欲を誘う。
食感も非常によく、噛むことに楽しみを覚えてしまいそうになる程だった。
朝と同じくヒカリが作ったその料理を、フェクトムのメンバーと囲む。
文句なしに、美味しい食事であったと言えるだろう。
しかし、それでもあえて言うならば。
(味付けは、かなり薄目なんだね。ヒカリちゃん、健康志向なのかな……?)
二度、食事を終えてケイはそう結論づけた。
彼女に記憶はない。
故に、自身の味覚に異常があるという考えには決して至っていなかった。
ただ感じる味を「そういうものである」と受け入れる程度には、今のケイは空っぽである。
尤も、その空虚さは彼女が一番理解していながらも何も出来ないのだが。
「……0号はどこに行っちゃったんだろ」
自身と瓜二つの姿をした少女は、相変わらず姿を見せない。
不安になってクラム達に聞いてみても「そういう奴だから」という答えしか返ってこなかった。
おそらくは、日常茶飯事なのだろう。
しかし、一人だけ夕食を食べずに姿を消しているというのはケイからしてみれば少しだけ寂しい。
かと言って、彼女をご飯に誘う勇気も度胸も今のケイにはないのだが。
「ケイ、待って待ってー」
0号と一緒にご飯を食べる作戦を考えて唸っていたケイへと声が掛かる。
振り返れば、わたわたと動く人吞み蛙達とクラムが駆けて来ていた。
「デザート! デザートのケーキ忘れてるよー!」
クラムはそう言って、ケーキを掲げながらケイへと駆け寄る。
どうやらここまでわざわざ追って来たらしい。
「わっ、ありがとうございます」
「良いの良いの! 美味しいからさ、食べてよ。……そ、それでさぁ、えっとぉ」
急に歯切れが悪くなり、もじもじと気持ちの悪い動きをし出したクラム。
彼女の言葉の続きを待ってケイは黙っているが、ケイと目を合わせてはサッと逸らして口をパクパクと動かしていた。
そんな主を見かねた人吞み蛙達はクラムの足をぺしぺしと叩く。
主と違って、人吞み蛙は即座に行動に移せるタイプのようだ。
「わ、わかったよマーちゃんズ……。あ、あのね、もし良ければなんだけど……」
「はい、なんですか?」
「私も一緒に食べたいなぁ……なんて」
拡張領域からもう一つケーキを取り出したクラムが、照れながらそう切り出す。
ケイは一瞬あっけにとられたが、すぐに笑みを浮かべて頷いた。
「はい。勿論です」
「そっかぁ! よ、よぉし!」
主の行動を賞賛するように、周りで人吞み蛙達が跳ねまわる。
ケイは人吞み蛙達を一度でいいから触ってみたい、あわよくば抱きしめたいと思っていたが決して口には出せずにいた。
「それじゃあ、私の部屋でもいいですか?」
「イイノォ!?」
声が裏返る程に驚いたクラムだったが、ケイがその反応を見て代替案を出そうとしたのを察して高速で何度も頷く。
この好機を逃してはならない。
「じゃ是非とも! や、やったよマーちゃんズ……!」
再び人吞み蛙達が跳ねまわる。
(お願いしたら、触らせてくれるかなぁ……)
そんな事を考えながら、ケイは自室へとクラムを誘った。
■
既に日は落ち、窓の外はすっかり暗くなっていた。
ケイはクラムと向かい合う形で座る。
二人の前には黄色いケーキ。そしてそれに合うであろう紅茶を人吞み蛙達が器用に淹れているところであった。
「この子達、凄いな……」
「そ、そうでしょ! 頼りになるんだぁ!」
「「……」」
再び、沈黙が訪れる。
決してケイが悪いわけではない。
変に力が入ったクラムがから回っているのが、原因だった。
今まではソルシエラが話題を振り、主導権を握り、クラムを弄んでいた。
完全に受け身になっていたクラムには、今の記憶を失ったケイとの一対一でのコミュニケーションの正解がわからなかったのである。
ただでさえ記憶喪失に人一倍のショックを受けていたからこそ、こうしていざ会話の機会を得ると何をするのが正解なのかわからなくなるのだ。
(気まずい気まずい気まずい! 今のケイは色々と不安なんだから、もっとこっちでリードして楽しませないと……! 記憶喪失の子に気を遣わせるのは絶対に駄目!)
クラムは話題になりそうなものを必死に探す。
かつては配信者として良くも悪くも名をはせていたクラム。
ならば、その時の事を参考にすればトークなど容易い――。
「い、いい天気だね……!」
「? えっと……はい」
(ミスったあぁぁぁぁぁ!)
浄化ちゃんはもはや過去。
今の彼女にそこまでの技量を要求するのは酷だったようだ。
しかし、それを見据えて行動するのが忠臣たるものの務めである。
人吞み蛙達は既に解を導き出していた。
「わぁ、いい匂い」
「……そ、そうでしょ。これは騎双学園のある店でしか手に入らない茶葉を使ってるんだ!」
人吞み蛙達が完璧な温度で淹れた紅茶が、場を繋ぐ。
さらに追い風が吹くように、フェクトムの夜空に、輝く星々が次々と現れ始める。
あくまでダンジョン空間調整の一環でミユメがしている事なのだが、ベストタイミングであった。
「あ、星も見え始めたね」
「わぁ……綺麗」
窓の外の星に目を奪われているケイを見て、クラムはさも狙っていたかのようにウインクをした。
「この星空を見ながらのケーキ……これを君と楽しみたかったんダ☆彡」
完全に空回りからの調子に乗るという悪コンボを決めているが、誰も止める者はいない。
「クラムさん、ありがとうございます」
「いいのいいの。それに、敬語じゃなくていいって。もっと気軽に絡んでよ」
「で、でもクラムさんって……なんだかお姉さんみたいで緊張しちゃうって言うか……」
「お姉さん……!」
今までソルシエラに手玉に取られていた彼女にとってそれは甘美な響きであった。
(ありがとうマーちゃんズ! ありがとうミズヒ! おかげで私は勇気を出して、この領域に立てています)
自分の背中を押してくれた者たちに感謝をしながらクラムはケイへともう一度クールにウインクを決めて見せる。
「……?」
「良かったら、私の事をクラムお姉さんって呼んでもいいよ」
「それは……その……検討しておきます」
少し引かれていることに気が付かず、クラムとケイの楽しいデザートタイムが始まろうとしていた。
――というのを、天井から覗いているのは勿論この兵器。
『^^』
姿を消してコンテンツの観測に徹していた星詠みの杖は、今すぐにペンを走らせたい衝動に駆られていた。
何故、目の前にこんなに素晴らしいコンテンツがあるのに自分は四つん這いで、天井の穴から覗くことしか出来ないのか。
今はただ、自分の無力さを呪うばかりである。
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