第404話 8‐9 始まりの星を詠う君へ

 怪物二人の間に割って入ったにも関わらず、堕落のソルシエラの目は爛々と輝きやる気に満ちていた。

 その事に違和感を感じたラッカが取り敢えず、槍を構える。


「堕落のソルシエラにしては少しハキハキ喋りすぎだね。本物?」

「普段の私がどう思われているかよーくわかった。でも大丈夫、安心して。今の私は特別だから。一緒に力を合わせよう」


 あまりに胡散臭い言葉にラッカは眉を顰める。

 しかし、次に堕落のソルシエラが放った言葉でその表情を一変させた。


「そしてオリジナルを助けよう!」

「……は?」

「吸収されて、銘として完成した。そう思っているんでしょ。だから助けられないと」

「うん。だから私が責任をもって殺すよ。銀の黄昏のメンバーとして」

「ちっちっち」


 堕落のソルシエラは人差し指を立てて、得意げな笑みを浮かべる。

 

「オリジナルはまだ生きているよ。証拠は赫夜牟だ。あの子は破滅のソルシエラがあの姿になっても何一つ異常はなかった。もしもオリジナルが完全に消えたのなら、契約をしてオリジナルと共依存の形になっている赫夜牟にも異常が無ければおかしいでしょ」

「……成程、確かに一理ある。けれど、殺さない理由にはならないな」


 ラッカの考えは揺るがなかった。

 助けられるかもしれない、そんな僅かな可能性の話ではこの槍を止めることはできない。


「殺せるなら、私は取り敢えず殺すよ。そうやって僅かな希望に望みをかけて、私は一度死んだから」


 どこか懐かし気に、そして悲し気に目を伏せる。

 僅かに槍を握る力が強くなったのは、過去の己への怒りからだろうか。

 燃えるようにたぎるこの戦いの意志を、ラッカは消すつもりはなかった。

 けれど堕落のソルシエラも引くつもりはない。

 その背に、託されたものがあるのだから。


「ガーデナーの願いだ。5分、いや……1分でいい。協力して欲しい。それでも無理なら今度は私があいつを殺すのに協力するから」

「……」


 ラッカは地上のガーデナーを見下ろす。

 祈る様に両手を組んだ彼女は、ラッカを見つめていた。

 まるで、自分が応えてくれると信じているかのようにその目は強い意志と希望に満ち溢れている。


 それはまるで過去の自分との邂逅のようでラッカは思わず目を逸らす。

 その瞬間には、勝敗は決していた。


「……そんな目してたら、断れるわけないじゃん」


 ラッカは笑って槍を構えて堕落のソルシエラに並び立つ。

 今まで纏っていた凄まじい威圧感は霧散し、いつもの楽観的な少女として彼女はこの1分間を戦う事に決めた。


「話は終わったかしら?」

「ご丁寧に待ってくれてありがとう。オリジナルと違って無駄に優しいんだねお前」

「ふふっ、星とはそういうものよ。万人を明るく照らし出す。それが例え敵であってもね」

「その星ポエムはどっち由来? 破滅? オリジナル? まあどっちでもいいけど、私と同じ顔でそういう恥ずかしい事あんまり言わないでくれるかな!」


 装甲の節々が「ギシギシ」と音を立てて展開し、背部と両肩、尾の基部から隠されていた砲塔が次々と姿を現す。

 黒い甲殻の下から覗くのは無数の小型ミサイルの発射管。

 光を帯びた弾頭が一斉に点滅し、まるで毒虫の眼が瞬くかのように不気味な輝きを放った。


「派手に行こう。そして最高の1分にしようか」


 瞬間、空気を裂く轟音とともにミサイル群が発射され、夜空に白い尾を引きながら四方へ散開する。


「追いつけるかしら」


 破滅のソルシエラは夜空を舞うように飛翔する。

 不規則な軌道で、まるで惑わすように飛び続ける彼女へと無数のミサイルが迫った。

 その軌道は自在に曲がり、まるで獲物を追う猟犬のように敵影を追尾した。

 数秒の後、爆炎が連鎖して街路を染め破片と熱風が吹き荒れる。


 当たった事は誰の目から見ても明らかだ。

 しかしこれで終わる敵であるとは思っていない。


「いい攻撃ね。褒めてあげる」


 爆炎がまるで水のように流れを生み、その中心へと吸収されていく。

 流れる爆炎のたどり着く先は大鎌であった。

 熱を吸収した大鎌は、赤く光を帯び主の号令を静かに待っている。


「これは私からのお返しよ。受け取って」


 大鎌が弧を描くように軌跡を描くと、それは三日月形の爆炎となって堕落のソルシエラへと放たれた。


「いらない」


 堕落のソルシエラはブースターの炎を更に噴き上げ、突進する。

 そして右腕に取り付けられた鋏で爆炎を一刀両断に切り裂いた。


「ラッカ、サポートよろしく」

「よっしゃ任せて」


 堕落のソルシエラはそのまま距離を詰めていく。

 青白い尾を引いて突き進む姿は、まるで流星が夜空へと帰ろうとしているかのようだった。


「そんな危ないものが手に付いていると、手を取ることが出来ないわ。ダンスの誘いはどうすればいいの?」

「私は踊るよりも歌う方が断然好きだね」


 堕落のソルシエラの周囲に赤い魔法陣が浮かび上がる。

 包囲網のように現れたそれは、鎖と砲撃をまるでネットのように張り巡らせ行く手を阻んだ。


 しかし彼女は止まらない。

 何故ならば、最も信頼できる強者が自身を送り届けてくれると知っているからだ。


「曰く、桜庭ラッカの投げた槍は必ず当たる」


 遥か後方、言葉と共にラッカの手から槍が放たれる。

 空気を裂いて光のように突き進むそれは堕落のソルシエラへと接近し、そのまま追い越した。


 そして、少し行った先で穂先から裂けるように散らばり、無数の破片となって魔法陣を破壊していく。

 無数に散らばる魔法陣の欠片の中を堕落のソルシエラは進む。


「あら」


 破滅のソルシエラはそれを見て更に魔法陣を追加した。

 しかし、それもまた破壊されてしまう。

 今までのように一対一であれば互角であった彼女だったが、堕落のソルシエラの参戦によりわずかにその行動に隙が生まれてた。


 何よりもラッカがサポートに徹しているというのが大きいだろう。

 致命傷を与えることは出来ないものの、均衡は崩れた。


 それから間もなく、堕落のソルシエラは目的地まで到達する。


「ミサイルのデリバリーだ。遠慮しないで」


 再び装甲がカシャンと音を立てて開き、破滅のソルシエラの眼前で発射、爆発する。

 防ぐまでもなく爆破したミサイルが辺りに黒煙をまき散らし、破滅のソルシエラの視界を覆う。


「無駄な事ばかり、つまらないのね」


 破滅のソルシエラは表情一つ変えずに片手を背後へと向ける。

 その瞬間、黒煙を裂いて一本の槍を持ったラッカが姿を現す。


「その腹に穴開けてやるよ」


 槍を握ってまっすぐに飛びこんできたラッカだったが、破滅のソルシエラの展開した障壁と鎖によりその動きを停止された。

 憧憬の銘により拘束を解くには1秒もいらない。

 しかし、その僅かな時間で破滅のソルシエラには十分だった。


 そしてそれは、彼女達も同じである。


「――」


 ラッカのいる位置から正反対の位置に堕落のソルシエラが姿を現す。

 その左腕にサソリの尾が巻き付き、ドリルのようになったそれを彼女は突き出し破滅のソルシエラへと放っていた。


「子供だましかしら」


 破滅のソルシエラは呆れたように再び動き出そうとする。

 が、その体はまるで人形になってしまったかのように動かなかった。


「……っ」


 同時に堕落のソルシエラの攻撃が不自然に加速する。

 なんとか動き出して鎖を放つも、それらは全て堕落のソルシエラの背後から突然現れた赤い触手によって振り払われた。


「ハーハッハッハ! 真打じゃぁ!」


 堕落のソルシエラの装甲の上、しがみつくようにして赫夜牟が姿を現す。

 そこでようやく、自身の不自然な停止と堕落のソルシエラの加速が、彼女の持つ固有の力であると理解した。


「成程、確実に攻撃を当てられるように隠していたと」

「そういう事」


 ドリルが破滅のソルシエラへと迫る。

 もう彼女を守るものは何もない。


「獲った」


 終わりであることを告げるように堕落のソルシエラはそう呟く。

 刹那の間に行われた攻防戦は、積み重ねた1秒の隙により破滅のソルシエラへと遂に直撃した。


 サソリの尾が破滅のソルシエラの腹部に当たり、尾の先端から圧縮された魔力砲が放たれる。

 破滅のソルシエラを貫いた魔力砲は、後方にそびえるホシヨミキャッスルを破壊し、辺り一帯を吹き飛ばしてみせた。


 その圧倒的破壊力を持つ魔力砲に直撃した破滅のソルシエラだったが、彼女は既に反撃しようと動き出していた。


「駄目よ、この程度じゃ」


 大鎌が煌めき、魔力を収束させる。

 そして目で追う事など到底不可能な速度で振りぬかれた。


「なっ」

「防御モード!」


 装甲の上の赫夜牟が放り投げられ、堕落のソルシエラ自身は体を丸め、その周囲を装甲が球体状に変化して防御形態へと移行する。

 その上から叩きつけられるように放たれた収束斬撃は、堕落のソルシエラを地上へと叩き落とした。

 まるで星が堕ちるように凄まじい勢いで落下した堕落のソルシエラは、周囲に巨大なクレーターを作り出す。


 その装甲からは火花が散り、軋む音と共に開かれた装甲の中からは僅かに傷を負った堕落のソルシエラが姿を現した。


「めっちゃダルい……まじ無理……」


 無理やり怠惰を押し込めていた反動か、堕落のソルシエラはそのまま装甲に体を預けて空を見上げる。

 その横に、しばらくして赫夜牟が降り立った。


「貴様、何故我を投げ飛ばした! 貴様の気配遮断の力で一撃を打ち込むチャンスを作る、我はその仕事を完ぺきにこなしたじゃろ!」

「一刀両断にならないように気を使ったんだよ、優しさだよ優しさ」


 赫夜牟を適当にあしらいながら堕落のソルシエラは笑う。

 それは、これから起きることを知っているが故であった。


「……まさか、これが作戦なの?」


 拘束を解いたラッカと破滅のソルシエラが再び向き合う。

 腹部へと空いた穴は既に修復を完了していた。

 まるで今までの堕落のソルシエラの攻撃など無かったかのように。

 

「もう少し私を楽しませてくれると思ったのだけれど」

「いいじゃん、こっからは私と楽しもうよ」


 1分は既に経過している。

 ラッカが再び、破滅のソルシエラを殺す為に槍を握ったその時だった。


「……っ、なに、これ……」


 破滅のソルシエラは突然動きを止める。

 そして胸を押さえて呻きだした。


「体が……いう事を聞かない……!」

「そりゃそうだ。毒を仕込んだからね」


 ノイズ混じりの声が地上から聞こえる。

 見ればそこには、拡声器越しにこちらへと話しかける堕落のソルシエラの姿があった。


「サソリの尾には毒がある。知らなかった?」

「毒程度、私の理想で打ち消せるわ」

「そうだね。普通の毒なら。でも、それがただの魔力供給だったとしたらどうだろう」

「魔力……?」


 心臓の鼓動が早くなり、血が沸き立つように熱くなる。

 それはまるで何かが目覚め答えようとしているかのようだった。


「ああ。私が打ち込んだのは、ガーデナーの魔力だ」


 堕落のソルシエラは勝ち誇った顔で言葉を続ける。


「オリジナルは一度、心象世界でガーデナーと繋がっている。そのプロセスはガーデナーとの契約の前段階と同じだ。故に、ガーデナーの魔力を流し込み、それにお前の中のオリジナルが答えればここに契約が成立する」

「……まさか」


 本当に警戒するべきは誰であったか。

 それを破滅のソルシエラはここに来て悟った。


 遠く、地上からこちらを睨みつけるガーデナーこそが、この戦いにおける切り札。

 

「そう……なら」


 破滅のソルシエラはその場から姿を消す。

 そして次の瞬間にはガーデナーの目の前にいた。


 その大鎌には魔力が込められ、既に振り上げられている。

 後は振り下ろすだけ。それだけで勝利が手に入った。


「あっけない最期ね」


 破滅のソルシエラは確信と共に振り下ろす。

 しかしそれは、吹き荒れるようにあふれ出した花弁によって防がれた。


 大鎌が何かにぶつかり火花を散らす。

 花弁はやがて収束し、一人の姿を形成し始めた。


「……やっぱり、応えてくれた」


 ガーデナーは一度たりとも疑っていない。

 チャンスがあれば、彼女は必ず応えてくれると信じていた。


「――ふふっ、貴女の頼みだもの」


 花弁がひとつ、またひとつと舞い落ちて中から少女が姿を現す。

 蒼銀の髪に、黒のゴシック調な衣装。

 その手に握った漆黒の大鎌は、破滅のソルシエラの攻撃をやすやすと受け止めていた。


「おはよう、ソルソル」

「ええ、良い夜ねガーデナー」


 破滅のソルシエラへと向けて、青紫色の魔法陣が展開される。

 それが何かを理解した破滅のソルシエラはすぐに追撃をやめ後方へと飛んだ。


「貴女……どうして……」

「どうして? 随分とおかしなことを聞くのね」


 ガーデナーを庇うように立ち、大鎌を構えてその少女は不敵に笑う。


「星の輝きは誰にも奪えない。そうでしょう?」


 始まりの星は、再びここに輝きを示した。


 







『『あぁ~^^』』

『運営が知ってるのに潜伏するのとんだ茶番じゃった』

『おぉ……しかし良い演技だったぞ』

『最初から最後まで全部無駄です……。どうして、どうしてこんな事に……私のソルシエラバトルが……』


 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る