第174話 リンカと親愛なる友人達
吾切リンカはうんざりしていた。
夏の日差しは、まだ昼前だというのに唸ってしまうほどに暑く、コンクリートジャングルでは尚更だ。
御景学園の自治区は多く存在し、避暑地なども存在している。
が、今彼女がいる場所は違った。
立ち並ぶ多くの建造物は全てが医療施設。
塔花救護学校の次に規模の大きいそこは、ダンジョンコアを一つ丸々使用した医療区であった。
(くっそ暑い……もう空もダンジョンで覆っちゃえばいいのに)
憎たらしいほどに輝いている太陽を見て、リンカは忌々し気に顔を顰める。
そして、彼女がうんざりしているのは後ろの二人も原因であった。
「――本当に、大丈夫? まだ辛いなら、僕がおんぶするけど」
「大丈夫よ。まったく心配性ね。今まで軽い運動くらいしかできなかったんだから、これ以上体が鈍ったら困るでしょう?」
「それは、そうだけど……」
「まあ、その気遣いは嬉しいわ……ありがとう」
「ミハヤ……」
背後、親し気に会話するトウラクとミハヤ。
彼等が、リンカのイライラを加速させていた。
(なんで、病院出てからずっとイチャコラしてんだあの二人はぁ! こっちの身にもなってみやがれってんだ! ルトラちゃんだって、気まずそうに――いや、なんか楽しそうなんだけど)
チラリとルトラを見てみれば、ミハヤとトウラクに手を引かれて笑顔である。
その姿は、完全に仲良し家族でしかなかった。
(くっ……羨ましい……! 私も、私だって……!)
リンカの脳内に浮かぶのは、白いワンピースを着て微笑む蒼銀の髪の少女。
呪縛から解放され、等身大の少女の笑顔をこちらに向ける彼女は、無邪気に手を振っている。
夏の暑さが見せた幻だった。
「確か、今は六波羅っていう人と訓練しているのよね? 今日もこの後訓練するの?」
「いや、今日は休みだよ。どうしても、その……君と一緒に過ごしたくて」
「……ばか、やけに積極的じゃない」
(なんで昼間っからこんなにイチャつけんだ。っていうか、トウラクが想像以上に成長しすぎたんだけど! 六波羅さんやり過ぎだってー!)
トウラクの技量は既に完璧と言って差支えないものである。
彼は既に、人が到達する限界にいた。
故に、六波羅が提案した訓練の殆どが、精神を鍛える類。
トウラクという人間をさらに高みへと至らせるために必要な最後のピースが彼自身の心の強さであると理解していたのだ。
(メンタルの不調が原因だとはわかってたけど、けど……なんでこんなに完璧に仕上げちゃうのさ……てか、あの人なに? 人相悪いけど、昨日の訓練とかレモンの蜂蜜漬け持参してたし。頻繁にご飯奢ってくれるし。良い人? 良い人なの?)
結果として、六波羅との訓練は大成功であった。
その中でも成果が大きかったもの、それは――ソルシエラに対する向き合い方である。
「……ミハヤ、僕はソルシエラを、ケイ君を助けたいと思っていた。けど、それは違ったんだ」
突然、そうトウラクが言葉をこぼす。
彼の表情からミハヤは、今までのやたらと回る口が彼なりに緊張をほぐそうとした結果だとすぐに理解した。
不器用ながらも、自分の考えを告げようとするトウラクを彼女は静かに待つ。
彼の緊張が伝わったのか、ルトラがさらに強くミハヤの手を握った。
「僕は、彼女の隣に立ちたい。あの子を守るんじゃなくて、あの子と一緒に戦いたい。だから、力を貸してほしいんだ」
「……そっか。それが、アンタの答えなんだ」
トウラクは頷く。
「僕はずっとケイ君を助けるべき弱い存在として見てしまっていた。無意識のうちに見下していたんだ……六波羅さんに指摘されるまでは気が付かなかったよ」
自嘲気味に笑うトウラク。
だが、次に彼が顔を上げた時には、その表情はさっぱりとしたものになっていた。
「だから、もうあの子は助けない。助けるんじゃなくて、一緒に戦いたい。そして、それは僕だけじゃなくて、皆がいいんだ。皆であの子の隣に立ちたいんだ」
トウラクの言葉を静かに聞いていたミハヤは「……そうだね」と静かに答える。
そして、いたずらっ子のように笑った。
「あっちが嫌だって言っても、無理矢理にでも隣に立ってやろう。そして、一人で悲劇のヒロイン気取るなって言ってやるんだから!」
「そ、そこまで言うつもりはないんだけど」
今まで静観していたルトラはこの時初めて口を開いた。
「私は言う。ついでに、姉さんも煽る」
「ルトラだけ方向性違くない? ねえ、別に戦う訳じゃないよ?」
「私達の有用性を示すために一度ソルシエラと本気で戦うべき。トウラク、今の私達ならアレで斬れる。絶対に」
力強く頷くルトラを見て、トウラクは苦笑いをした。
そんな二人を見て、ミハヤは首を傾げる。
「アレって何?」
「私達の最終形態。星斬を超えた星斬」
「と言っても、まだ一分も維持できないけどね」
「ふーん……私も早く戦線に復帰しないと。アンタ達に置いていかれちゃうわ」
ミハヤは楽し気にそう言った。
それから、手を繋いだまま駆け出す。
ミハヤに手を引かれたルトラが釣られて走り出し、それにさらに引っ張られたトウラクも慌てて後を追う。
ミハヤの向かうその先には、一人少し先を行くリンカの姿があった。
「当然、アンタも一緒に戦ってくれるのよね?」
そう言って、ミハヤはリンカの肩に手を回す。
突然の事に驚いたリンカは、肩を一度震わせてミハヤ達を見る。
期待の籠った彼女達の瞳を見て、リンカは力の抜けた笑顔を浮かべた。
(イチャイチャしておけばいいのに、そうやって私まで輪に入れようとして……)
そう思いつつも、リンカはまんざらでもなさそうに言った。
「任せてよ。むしろ、貴方達の出番ないかもねー」
「へえ、随分と強気じゃない」
「ま、潜ってきた修羅場の数が違いますから。ね?」
「むぅ……私がいない間に三人とも成長しすぎじゃない? ちょっと疎外感感じるわね。私も六波羅っていう人にトレーニングお願いしようかしら」
「止めた方が良いと思うよ」
「うんうん」
リンカは冷静にそう言うと、トウラクが隣で頷く。
ミハヤと六波羅の二人を見ているリンカとトウラクだからこそわかる。
この二人は、あまりにも気が合い過ぎるのだ。
(二人でずっと訓練してそう……そしてそれに巻き込まれそう)
ミハヤが元気になった事は喜ばしい。
が、そのおかげで、非戦闘員である自分まで稽古をつけられる気がしてならないのだ。
(ま、そうなったら私は理由をつけて逃げますけどね。ごめん、トウラク。二人の相手は君にしてもらう事になる)
トウラクに対して脳内で合掌する。
その時、リンカのダイブギアから通知音が響いた。
誰かからメッセ―ジが届いたらしい。
「あ、ちょっとごめんねー」
断りをいれて、リンカはさっとその場から離れる。
開いてみれば、それは好敵手からのメッセージであった。
(クラムか……)
彼女とは、連絡先を交換して以降意外にもやり取りをすることが多い。
その大半がソルシエラに関するマウント合戦ではあるが、険悪な仲ではない事だけは確かだ。
(この子とも協力する日が来るんだろうな)
0号と戦うには人数が足りない。
だから、手を取り合う必要があった。
いつか本気で戦うことになるとしても、その時だけは力を合わせる必要がある。
(案外、いいコンビになれたりして)
いつの日か来るであろう決戦を想像しながら、リンカはふっと微笑む。
(話してみれば案外悪い奴じゃないしね。今度、普通にランチでも誘おうかな)
そんな事を思いながら、メッセージを開いた。
『イェーイWWWWW 自称協力者のリンカちゃん見てるー? 今から君の大事なソルシエラの事、看病してヨシヨシしちゃいまーすWWWWW おかゆ、あーんで食べさせちゃいまーす!WWWWWWW』
その言葉と共に、おかゆをお盆に乗せたクラムの写真が送られてくる。
流石は元配信者。
完璧な構図で、自分がもっとも可愛くなるように映していた。
背後には、ソルシエラの自室であろう扉。
つまり、これからクラムは看病という名の抜け駆けをしようとしているらしい。
「――は?」
普段の彼女からは考えられない低い声。
銀の黄昏で培った冷静な思考など、怒りの炎で既に焼却されきっていた。
「リンカ、どうしたの?」
彼女の変化を感じ取ったトウラクが近づいてくる。
リンカは、振り返ると完璧な笑顔を貼り付けて言った。
「私、ちょっと用事できちゃった」
キレたリンカが使い捨て転移魔法装置(五百万円)を使用しフェクトムに行くまで、あと二秒。
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