第169話 幕間! 純粋な少年に迫るミステリアスな罠!

 学園都市ヒノツチの中央都市。

 観光客で賑わう中央区のさらに一際目立つビルは、企業の人間のために作られた高級ホテルである。


 支援学園への視察などを目的に長期滞在をする企業の人間の多くはここを利用していた。


 学園都市の技術の粋を込めた設備に、かつて日本に存在した高級ホテルの模倣。

 まだ一般人には手の届かない宿泊という娯楽が、そこには存在した。


 神宮寺ソウゴがいるのは、そんなホテルの一室であった。


「本当にお留守番するの? 好きなもの買ってあげるよ?」


 ヒナミの言葉に、ソウゴは静かに首を横に振る。

 その顔は、何故か神妙であった。


「今日はここでゲームしてる」

「まあ、確かに学園都市のゲームって面白いもんね。でも勉強もしっかりしなきゃ駄目だよ? 探索者を目指すんでしょ?」

「うん。大丈夫だよ」


 ソウゴの真っ直ぐな瞳に、ヒナミはどこか成長を感じて笑みを浮かべる。


(フェクトムに行ってから、なんか頼もしくなったなー)


 最前線で戦う戦士たちを見た影響だろうか。

 ソウゴは、同年代の子供たちと比べるといささか大人びているように見えた。


 同学年の女子に対して大人びた対応をした結果、モテ始めているという噂をヒナミは耳にしたことがある。


 いずれにせよ、今のソウゴは成長していた。

 これから先、探索者になるとしても、企業を継ぐとしても、問題はないだろう。


「じゃあ、行ってくるから」

「うん、気をつけてね」


 ヒナミはソウゴの好物の購入をスケジュールにいれながら、扉を閉めた。


 程なくして。


「………………よし!」


 ソウゴ、自由の時間の到来である。


「お姉ちゃんはいない。今日はメイドさんもいないし……いける!」


 扉の覗き穴から姉が遠ざかるのを確認しながら、ソウゴはベッドへと飛び込んだ。


 そして、ジルニアスとクローマの合同制作により生み出されたヘッドフォンを装着する。

 ちなみにこれはまだ世に出ていない代物であり、ソウゴはこれを三年分の小遣いを全て消費して購入した。

 その値段、五百万。


「き、聞いちゃうぞ……!」


 ソウゴは誰に言うでもなく、宣言する。

 そして仮想ウィンドウを展開した。


 そこには、購入済みの音声データ。

 タイトルは『星詠みのあの子に癒されるアナタ~癒しと誘惑の安眠導入音声~』である。


 これは彼が最初期からフォローし、時には高額依頼もしていた謎多き作家『★ヨミ@新刊頑張る』が作り出した音声作品だ。

 イラストから始まり、怪文書や漫画など様々な媒体でソルシエラファンの欲を満たしていたその人物の新作となれば買う他ない。


 それに、彼には絶対に聞かなければならない理由があった。


「キャンペーン応募、限定音声……!」


 購入時に添付された音声ファイルとは別に存在した謎の応募ページ。

 どうやらそれは抽選で一名様に特別な音声をプレゼントするキャンペーンのようであった。


 ソウゴはドキドキしながら深夜にそれに応募。

 そして爆速抽選により五分後に当選、その音声が送られてきたのだ。


「ぼ、僕だけが持ってる音声。僕だけがッ……!」


 自然と拳に力が籠る。

 この感情は歓喜と興奮であろうか。


 あるいは、憧れの人物のまだ見ぬ姿への夢想であろうか。


 喜び、そして武者震いをするソウゴ。

 彼は知らない。


 そんなキャンペーンはない事を。

 とあるデモンズギアは、時間さえかければ電子への干渉も可能な事を。


「よぉし、part1から聞くぞ……!」


 ソウゴはカーテンを閉め、部屋を真っ暗にして音声を再生した。


『おはよう、可愛い探索者さん。目が覚めたのね……っと、驚かせてしまったわ。私は――』


「……っ」


『あなたがまた眠るまで、こうして添寝してあげる』


「……ふぁっ」


『せっかくカウントしてあげたのに、眠れなかったのね。ふふっ、言う事を聞けない子はお仕置きよ――』


「!?!?」


『右耳に集中して……ふぅー。……ふふっ、肩が跳ねたわね。かわいい』


「……ふぇ」


 それは、ソウゴにとっては未知の体験であった。

 音声である筈が、気が付けば全身を掌握されている感覚。


 全120分に及ぶ音声は、ソウゴを骨抜きにして決して無くならない性癖を植え付けるには十分すぎるものであった。


「こ、これが……ASMR」


 ソウゴは夢うつつの中でふと思った。


(これ、実際に探索者になって疲れた時に聞けば、トぶんじゃない?)


 それは、ソウゴにとっての命題。


 至高のASMRに対する己の解と成り得る閃きであった。


(もっと、楽しめるんじゃないかな。このASMRはこんなものじゃない……!)


 ASMRモンスター、誕生の瞬間である。


 ソウゴは知らない。

 後に、自分が「フェクトムのASMR狂い」と言われることを。


「探索者にならなくちゃ……!」


 ソウゴは決意を新たにする。

 と、その時だった。


 自動再生により、ボーナストラックが再生される。


『――ふふっ、こんな音声を買ってしまうなんて、変態ね』


「っ!?」


 不意に耳元でそう囁かれ、ソウゴは驚く。

 が、次の瞬間には「傾聴」の体勢に入っていた。


『こんな音声を買ってることが家族にバレたら、どうなっちゃうのかしら』


「……え?」


『憧れの人に軽蔑されちゃうかもしれないわね。可哀そうな子♥』


 何故か自分の事を言われている様な気がして、ソウゴはハッとする。

 が、彼は音声を止める事はない。


『変態♥ 変態♥ おみみ虐められるのが気持ちいいんでしょ♥』


「は、はひっ」


 音声であるはずのそれに、ソウゴは返事をしていた。

 彼の性癖は、既にフルカスタマイズを完了している。


 どこに出しても恥ずかしくない変態だ。

 

 ソウゴは知らない。

 後に自分がヒノツチ文化大祭で、ASMR作品一本で最優秀賞を獲ることを。


『ほら、耳に集中しなさい――』


 ソウゴは言われるままに再び目を閉じる。


 彼女の声を吐息一つたりとも逃さない為に集中する。


 それは奇しくも、探索者になりたての生徒が行う瞑想によく似ていた。

 自身の中を巡る魔力を感じ、理想の力として形作る基礎中の基礎。


 ソウゴはASMRにより過集中状態へと移行し、最高率での瞑想へと突入していた。


 彼の身体は以前、とあるミステリアスなステッキに改造され、仕上がっている。

 さらに、収束砲撃という、異能を除いた魔力の扱いの最高到達点を眼にした彼は、無意識のうちにそれを手本として体の中を循環する魔力を、より精密にコントロールしていた。


 つまるところ。

 全てが奇跡的な確率で噛み合い、ソウゴはこの瞬間に驚異的な速度で進化をしているのだ。


(いつか、僕もソルシエラさんと一緒に……!)


 強い願いは異能となって顕現する。

 そう遠くない未来、きっと彼は力を手にするだろう。


 彼の中に眠る力は、ゆっくりとだがその輪郭を定めていた。

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