新作掌編「呆れて物も言えない」


「呆れて物も言えないわよ……」

「え? ……言えてるじゃん」

「は?」

「え? ……呆れて物も言えないのに、『呆れて物も言えない』って言えてるじゃんって思って……」


「そりゃ言えるでしょ……」

「なんで?」

「なんでって……」


「時系列の問題だよね。『呆れて物も言えない』って言葉は呆れた後に思い浮かぶことでしょ? つまり『呆れて物も言えない』状態になった後で心の中で湧き出た言葉だってこと。じゃあ『呆れて物も言えない』って言えなくない? もしも『呆れて物も言えない』って言えるなら、呆れる前に湧き出た言葉だってことになる――ああ、言い忘れてたけど、『呆れて物も言えない』って心の中で思っているだけならこっちも問題視はしてないよ。口に出したなら……時系列がおかしくない? って思っただけだだから――それだけの話なんだけど……」


「…………」


「『呆れて物も言えない』って言えるなら、呆れてない証拠だよ。あ、それとも呆れてるけど物は言えるとか? そういう線もあるのか……。『呆れて物も言えない』状態になって、『はいっ、ここから先は呆れて物も言えないよ!』って宣言した後はなにも言えないはずなのに、『呆れて物も言えない』って口に出すから、びっくりしちゃっただけなんだよ――」


 彼女は肩を落として溜息を吐く。


 僕の理屈に、呆れているようだ。


 まさに――沈黙を続ける今の状態こそが、『呆れて物も言えない』、だろう。



「…………」


「言葉って面白いよね」




 …了

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