飛び出した男!


 太鼓の音頭で目を覚ます。しかし前は見えない……、布のようなもので目隠しをされているからだった。

 ここはどこだ……? どんちゃん騒ぎが聞こえているのでお祭りの最中のような気もするが……聞こえてくる声は子供のように高いものばかりだった。


 いや、本当に子供か?


「――剣の用意はできたぞ、だれから刺す?」


 不穏な言葉が聞こえてきた。剣、刺す……そして現在、俺は身動きが取れずに狭い空間に押し込められている。手も足も出ないけど、顔は出ているので口も出せるのだ。


「ま、待ってくれ……俺は今からなにをされるんだ……?」


「あ、おじさん起きた? それともちょっと前から起きてた? どうやって逃げようか考えていたんじゃないの? でもざんねんだったね、おじさんはその『箱』からは逃げられないよ?」


 箱?


 ……なるほど、俺の首から下は箱に収まっているようだ。手も足も縛られて自由がない以上、自力での脱出は不可能としか思えない……。丁寧に「足のバネを使って」飛び出せないように考えられている……一体、なにが始まると言うのか……。


「じゃあまずはオレから刺すな」


 かちゃ、と金属同士がぶつかる音。準備された剣がひとつ使われたのだ。名乗り出た少年が、その剣を持って……近づいてくる。足音が鮮明に聞こえてきた。


「なにをするつもりなんだ!? せめて目隠しだけでも取ってくれ!!」

「……って、言ってるけど、どうする? 目隠しくらいはいいんじゃないか?」

「ダメだよ。おじさんにもドキドキしてもらわないと」


 ゲーム性ではなく、目隠しをされたことによるドキドキの方が強いのだが!?


「だってさ。悪いけど、目隠しは取れないから……そこでがまんしてくれよ」


「……まさかその剣で、俺を刺す気か……? 動けない人間を箱に閉じ込めてっ、外側から剣を刺し致命傷にならない傷をつけて弄ぶつもりか!? 子供とは言え残虐過ぎる! どこかの村の儀式かなんだか知らないが悪趣味だ! 動けない人間を集団でいたぶって楽しいかよ!?!?」


「吠えても剣は止まらないよ」


 箱と感覚は共有していないはずなのに……切っ先が箱を貫いた感覚が分かった。

 ずずず、と侵入してくる金属の刃が、やがて俺の体に――


「…………あれ?」

「剣は短いからね。刺してもおじさんに傷をつけることはないよ」


「……そうなのか?」

「見えてないから不安なのは分かるけど」


 だとすれば、刺している意味が分からないが……。突き刺す剣の長さが違っていて……と思ったが、ゲーム性に関係ないだろう。

 彼らも目隠しをして剣を選ぶところからゲームが始まっているなら話は別だが。


「次はぼくだ」


 剣が刺さっていく。一本、二本、三本と――そのどれも、俺の体に触れていない。身をよじれば向こう側から突き出てきた切っ先が触れるかもしれないが、それで致命傷になることはないだろうし……今のところ飛び出た刃もない。

 ……これは本当に、どういうゲームなんだ……?


「そろそろ危険になってきたね……あと、いち、にー、さん、よん……四つの穴だ。おじさん、そろそろ心の準備をしておいた方がいいよ?」

「え、あ?」


「じゃあ次はキミだ」

「はぃ……」


 子供の中には女の子も混ざっていた。彼女が恐る恐る(目隠しされているけど、おかげで他の感覚が敏感になっているため、音である程度は視力の代わりになっていた……女の子は躊躇いがあるらしい)剣を取り、近づいてくる。


「……おじさんにささらない?」

「うん、刺さらないよ。刺してしまうとしたら『起爆装置』の方かな?」

「起爆装置!?」


「おじさんは黙ってて。起爆装置と言っても僕たちに危険はないからね……衝撃は一方向に絞ってるから――ほら、早く刺しなよ……大丈夫、おじさんは死なないから……このゲームではね」


 さらに不穏な言葉が聞こえ、どういうことだと根掘り葉掘り聞きたいところだったが、その前に女の子が「うん」と頷き、剣を箱に刺した。


 男子よりは力がないため、箱に抵抗されて、刃がなかなか奥へ入っていかないが……全体重を乗せたことで剣が動き出す――そして。


 カチ、という嫌な音が真下から響いてきた。


 身構える暇も余裕もなかった。


 瞬間、


 俺の肌は風と肌寒さを感じた。

 両手両足を縛られながら俺は――解放感がある外へ、飛び出していて――


 目隠しが取れた。


 きっと偶然なのだろうが……。



 大空だった。


 雲の下だった。


 ――落下している。


 縛られ身動きが取れないまま、なす術もなく着地は運任せだった。

 あの箱は、真上へ打ち上げる、発射台だったのだ。



「ぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!?!?!?」



 落下、落下、落下――――


 視点は回転し、どっちが上で下か分からず視線も右往左往し回避行動もできない。身を捻って体を調整し、上下だけは合わせておきたかったけどそれも不可能だった。

 頭から落ちるよりは膝から落ちた方がまだマシだ。だが、それも運次第だ。生きるか死ぬかは、もう神のみぞ知る――――



「ぁああああっっ――――――――――っっっっ!!!!」



 そして、俺の視界は青く染まった。

 空よりも濃い、青――呼吸もできない。ここは水の中……海!!


(腕っ、の、縄が取れた!!)


 発射された時の衝撃で緩んだ後、空中で無駄だと思いながらも腕を縛っている縄を引き千切るために悪戦苦闘していたのが良かったのかもしれない……。水中で縄が切れたことで水面に顔を出すことに成功した。


 両足はまだ自由が利かないけど、両手が空けばこっちのものだ。



「……ふう。なんとか、生き残った、な……」


 泳ぐというよりは波に乗って陸に上がれたようなものだった。

 つまり、着水した場所と陸は近かった、ということであり――……ほんの少し着地点がずれていれば、俺は硬い地面に叩きつけられていたことになる…………おいおい、あいつら、海を着地点になると考えて仕掛けた遊びじゃなかったのか!?


 こんなの、死ぬ奴がいる、だ、ろ…………?

 周りを見れば。


 俺と同じように上空へ発射され、落下し、地面に叩きつけられた人たちがいた。あっちにも、またあっちにも。両手両足を縛られたまま、分かりやすい外傷を残し、死んでいる……。


 たったの数メートル。


 その差が、生死を分けた――飛び出す時よりも着地が重要だったのだ。


「九死に一生を得る、か……」


 いや、ここはこう言うべきか。



「――――まさに『危機一髪』、だったな」



 …了

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