「ゴブリンに攫われた若い娘を助けてくれ」とお願いされたけど、助けにいくモチベーションがまったく上がらない「たったひとつ」の理由。
「――頼むっ、娘を助けてくれ!!」
酒場に飛び込んできたのは初老の男だった。
白髪の彼は、ぜえはあと息を荒げながら近くで酒を飲んでいた帽子の男の足にしがみつく。
「ちょ、おい!! 急になんだよ、離せって!!」
酒瓶を置いて、しがみついてくる不審者を振り払おうとしたが、しがみつく男はまるで「離せば崖から転落する」のか、と思ってしまうくらいには必死になって離すまいとしている。
そんな男を振り払うのは難しいだろう……もう片方の足で男の顔面を蹴っても同じことだ。極端なことを言えば、気絶させるか殺すしかないが……しかし、なんだか、必死の男はたとえ死んでも手を離さないように思えた……。
彼を見捨てる手段があれば教えてほしい。
「――分かったってのっ、分かったから離してくれ……――で? どうしたんだよ一体」
手を離してくれたものの、彼の意識は酒場にいる全員に向いている。
全員へ向けられた「逃がすものか」という強い決意が感じ取れる……、お願いをする立場でどうしてそうも上から目線なんだ、と思わなくもなかったが、酒場の全員が、彼の「後退すれば死ぬだけだ」の背水の陣に飲み込まれていた。
酒場に飛び込んできた時から、既に彼のペースで事が運んでいる。
ここはもう、彼の世界と言えた。
「娘が、攫われたんだ……」
「娘が? 人攫いか? 奴隷商人にでも目をつけられたか……」
すると、隅のテーブルではこそこそと会話が起き始めている。奴隷商人に連れ去られた、と聞かされた時点で、連れ去られるくらいには整った見た目である、と推測したのかもしれない……そうでなくとも、商人が攫おうとした「なにか」が彼の娘にはある、と――。
ここで繋がりを持っておけば、後々、なにかで利用できるかもしれない……そう企んで善意で手伝う輩もいるだろう。
それでも、父親である彼は構わない様子だった。
まずは娘を奪い返すのが最優先だからだ。
「人攫いじゃない……あれは、『ゴブリン』だった……」
ゴブリン。集団で行動し、洞窟などに住んでいる魔族だ。
彼らは生殖ではなく快楽目的で人間の娘を攫うことが多い。ゴブリン同士で生殖活動をおこなわないわけではなく、人間はあくまでも娯楽であり――ゴブリンの感覚次第だが、ひょっとしたら、人間の娘の方が「気持ち良さ」が同族とは違うのかもしれない。
好みはあるだろうが……、
世界各地で被害が続出している以上、人間の娘と交わる理由があるのだろう。
「早く助けないと、娘が、ゴブリンに……ッッ」
「そうか……で、オレたちに助けてほしいってことか……。確かにオレらは旅人だからよぉ、ゴブリン退治も手慣れてる。金さえ積めば仕事も受けるが……、あんたがオレたちに渡せるものはなんだ? オレたち動くかどうかはそれ次第ってこと、分かってるんじゃないのか?」
すると、男が懐から、手のひらサイズの杖を取り出した。
「あんた……魔法使いか?」
「老いた魔法使いだがな……。それでも魔法が使えないわけではない。娘を助けてくれた暁には、願いを叶えてやろう……不老不死は無理だが、大金持ちにすることはできる」
「いや、魔法でなくとも、あんたから金を貰う方が早いんだがな……」
「今後も継続的に、幸運によって金が舞い込んでくる方が利益は上ではないか?」
その口車に乗ってもいいが、報酬が事後というのが気になる点だった。
魔法使いは、娘の無事を確認したら姿を眩ますこともできるわけだ。
一度でも見失えば、ただの旅人に、人を欺く魔法使いを見つけられるとは思えない。
「まあいいか……どうせゴブリン、手慣れた仕事だ」
「すまない……恩に着る」
「逃げたら地獄まで追いかけるからな?」
と、最後の警告をしてから……
「あと、娘の写真をよこせ。顔が分からないと助けられないだろ」
「おっと、そうだった――これだよ」
写真を見せる。酒場にいたほぼ全員がひとつのテーブルに集まり、魔法使いが取り出した写真を見て…………「あー……」と、肩を落としたのが大半だった。
「悪いな、おっさん……やっぱ無理だ」
「なぜだ!? なにか問題があったのか!? すぐに改善を――」
「改善、できるか?
ほとんどの奴が同じ理由だと思うが……助けるモチベーションが上がらねえよ」
「だから、どうし――」
「だってあんたの娘、ブスじゃねえか」
……言葉を選ばなかった。気を遣ってもどうせ伝える内容は同じだ……であれば、気を遣って回りくどい言い方や、オブラートに包んだところで、それが逆に相手を傷つけることもある。
ブスであることは悪いことではない……その顔が好みでなかっただけだ。悪意を持って言っているわけでなければ、ブスは単に「この料理は味が濃くて苦手だ」と同じ意味だ。
助けるモチベーションが上がらない理由としては、充分に成立する内容だろう。
父である魔法使いには悪いが……、手慣れた仕事とは言え、ゴブリンが「絶対に安全に討伐できる対象」でもないのだ。命が少しでも懸かっているのであれば、モチベーションは大事だ。
それに、父親が聞けば理不尽に感じるだろうが、男であれば気持ちは分かるだろう……ブスを助けるのは、やはり気が進まない。
「いくら大金を積まれても、ブスはちょっとなあ……」
「なら、魔法で美人に変えてやろう――」
魔法使いが杖を振った……すると。
写真の中の娘の容姿が、変化したのだ……――カードの絵柄が変わった、とも言う。
娘の顔と体型は、大半が「美人」だと評価するだろう容姿になっている。
「これでどうだ? 助ける気になったか?」
「いや、これじゃあ、あんたの娘と一致しないじゃないか」
既に元の顔を忘れている。
これでは本人を目の前にしてスルーをしてしまいそうだ。
「本物の娘も今頃、容姿が変わっている頃だろう……つまり写真に引っ張られている――」
本当にそうであれば、ゴブリンを刺激してしまうのではないか……。ゴブリンの好みが分からないので一概には言えないけれど、容姿が変化し美人になったことで、「交わる順番」が早くなってしまった可能性もある。まさに今、襲われている可能性も――。
「まあ、傷だらけでもそれはそれで得ではあるか」
人間が好む美人の顔であれば、たとえ壊された後であっても見る分には得をした気分になれる。助けるモチベーションを上げる効果は、ただ容姿を変えただけが、充分にあったのだ。
「分かった、すぐに助けてくる――あんたはここで待っていてくれ。明日中には戻ってくる」
「すまない……頼む」
帽子の男に連れられ、酒場にいたほとんどの旅人が店を出ていった……ということは。
残った者もいるということだ。
「なあ、魔法使いのおっさん」
店に残っていた青年たちが声をかけた。
彼らはどうして娘を助けにいかなかったのか、と疑問に思った魔法使いだ――育ち盛りの若い青年であれば、美人な容姿は、真偽が不明でも食いつきたくなる餌のはずなのに――。
「元に戻してくれよ。そんな顔の女、助けたくねえよ」
「……? それは、元々の娘の顔が好みということか……?」
実の父親でさえ戸惑っていた。
大事な我が娘だが、父親から見ても美人とは言い難い顔なのだから。もちろん、娘に向かってブスとは言わないが……思ったことはある。
それに、絶世の美女が隣に立って罪悪感を覚えるブスであることは、娘を見た美女たちが告白してくれたのだ……、謝罪も何度もされた。それだけ、飛び抜けたブスだったのだ。
飛び抜けた――それはそれで才能な気もしてきたが……。
だけどこの青年たちは、そんなブスの娘が良いのだと言う…………。
――催眠術でもかけられているのか?
「おかしな話か? 特殊性癖ってわけでもないし……好みでしょ。大衆が好むからと言ってほんとに全員がそれに飛びつくわけじゃないし、好きになるわけじゃない。みんながブスと思う子を、俺たちはブスだとは思わなかった……このへんはただの好みの問題じゃんか」
「…………そうか……」
「だから戻してよ。さっきの顔に。じゃないと俺たちは、助ける気にはならないね」
容姿を戻せば出かけた八割が戻り、この酒場にいる二割が助けにいくことになるが、救出率が高いのは今だろう……、この確率を反転させることはない。
彼らの気持ちは嬉しいが……今は勝算が高い方を選ぶ。
でも、もしも娘が救われ、戻ってこられたら――
娘の容姿を戻して、彼らに紹介してみようか、と考えた。
……もうダメかと思った娘だったけれど……まだ「あの子」には、需要があったのだ。
ただ……、問題があるとすれば、娘の方か……。
「まさか、こんなチャンスで、選り好みをする気じゃないだろうな……、娘よ」
あり得ない話ではない。
だって、娘にだって――男の顔に、好みがあるのだから。
…了
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