TS百合は百合なのか
トリスバリーヌオ
第1話 鎖の箱
部下が冷たい顔でじっとり見つめている。
ぽっかり空いた腹から黄色いどろどろがトプトプ押し出され、湿った床を紫に変色させていった。
視覚センサの隅、赤と茶色のラインが点滅を繰り返し、やがてすべてが真っ黒になる。
数度、湿った破裂音が広がり、唯一残っていた嗅覚センサは鉄さびの匂いだけを敏感に受け取っていた。
ーーーーーー
尿を頭からかけられていた。
横に尖った耳をつたり、汚い水が「ぽとぽと」と落っこちる。
卑猥で臭い音、甲高い笑い声が響く。
鉄の首輪から下半身にゆっくりと広がっていく生暖かい感触に、ぷるぷると震えていた。
アンモニアの酸っぱいそれに慣れたころには、冬のすきま風でカチカチと全身をこわばらせる。
痩せたガキにできるのは精精それくらいだろう。
反抗の気力すら失せる環境に慣れだしたころには、もうすべてが手遅れだった。
弱いごみと、ただのごみだけ。
奴隷商の「売れて初めて卒業する、ここはゴミ箱だ、がお前らは使えるゴミだ。神に祈れ」には称賛を返したいほどに、その通りだった。
「またか、お前達商品の付加価値ってもんを知らんのか、洗剤も金がかかる」奴隷商の声に笑い声が、一斉に止む。
「そもそもだ、お前だって抵抗の一つでもやれってんだ、だからやられてるんだぞ。はぁ、まあいい、お前とお前とお前、仕事だ。来い……おい、鍵を開けたんだから早く出ろ、出ろ、はぁ」
「バン」と大きな音がした。
俺はゆっくりとそれを睨みつけた。
「やっと戻ってきやがった、ほら、仕事だ、行くぞ」
「てめえの統率力を恨めよ」
受け取った鍵で首輪を外すと、俺はふらふらとした足取りで檻から抜け出した。
目の前にいる男を見上げた。
片手に紙を持ち、もう片方に鉄の棒をぶら下げている。
「なんだよ、実際そうだろうよ……」
トンと軽く俺を押しながら「無駄な口を叩く暇があるなら、とっとと歩け」と言ってくる。
連れてこられたのは水の入った樽とたくさんのぼろ布がある、ただの部屋だ。
奥の方にある無機質な椅子と暖炉に埃が被っている。
俺を含めた女三人は、水のしみこんだ布で体を拭き始めた。
髪の毛を整え、上等な服を着るころには奴隷の面影と糞尿は全て消え去っていた。
首の付け根に浮き出ている、紋様以外だが。
着替えている際、横の女から蹴られたが「早くしろ」との言葉で黙り込んだ。
その後、俺は連れられるように歩き、客間の方までとぼとぼついていった。
そこには女がいた、茶色のローブで体すべてを覆っている見慣れた格好だ。
ただ、茶色、黒と種類が変化するだけだが。
俺たちは横一列にならび停止した。
「お客様、要望した条件に満たす奴隷を連れてきました。お客様から見て右方から紹介します」
「ええ、おねがい」そう言って女はぐだぐだした目で観察し始める。
それっぽい説明が始まり俺の番まで来た。
「彼女はこの中で特に魔力的素養、部分的な教養が優れています」
女は一度頷いた後「それは知っているけど、部分的な教養ってどういうことなの?」と首を傾げた。
「それはですね、一般常識と読み書きができない点、言動に難があると言いますか、男のような行動をする点です」
「前者は良いけど、後者は教養的な問題ではないと思うのだけれど、まあいいわ、続けて」
「はい、ありがとうございます、それでは、種族がエルフである時点でそうなのですが、教養については別でございます……」
いつ終わるんだろうかと、ぼーっとしながら天井を眺めていると頭を叩かれた。
「……なんだよ」
「買い手が決まったぞ」
「そうか」
「それでは待っていてい下さい」と男は言い、奥に連れていく。
女二人は服を脱がされ元の檻に入れられ、俺と奴隷商はさっきの部屋で二人きりになっていた。
「よかったな、これで少しはましな生活になるかもしれないな」
「何が言いたいんだよ、あれか? 頑張って来いってか? 笑わせるなよ」
「いきなり叫びだすかと思えば、こうやって乱暴な口調に。まあ、いい。自分のあずかり知るところじゃないからな。お前は魔術師に買われたんだ、最悪の場合は何かの実験器具として扱われる、意識を保ちながら死ぬまで苦痛を感じ続ける。今のうちにごめんなさいって誤っておけばいいんじゃないか? 永遠の地獄を味わう前にな」
「趣味が悪いな、今までの仕返しか?」
「はぁ、いつまでたっても減らない口だ、お前のおかげでしばらくは遊んで暮らせそうだってことで、ありがとうってことでお前と話すことにしたんだ。ありがとなクソガキ……何蹴ってるんだ? まあいい、金だ、それ一枚でお前くらいの燃費なら一月は食っていける、隠し持っておけ」
「お前、何か変な物でも食ったのか? 明日は太陽フレアでも起きそうだな」
「お前の価値だ。お前の値段は高かった。こんなものはした金に過ぎない。だが、俺は本当に感謝している、せいぜい長生きするんだな」
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