一人では広すぎる

「ああ~……温かいねえ……」

 私は手足を炬燵布団の中に潜らせたままでため息をついた。向かいでは同じく炬燵に入った敦君が蜜柑の皮を剥いている。

「急に寒くなって吃驚しましたよね」

 先週くらいまではまだ秋だなと思っていた。それが今朝になって寒さで目が覚めた。雪でも降っているのかと思ったが、さすがにそうではなかった。しかし寒いことに変わりはないので、慌てて押し入れから炬燵を引っ張り出し、設置して今に至る。

 蜜柑の皮を剥き終えた敦君が、一房つまんでこっちに手を伸ばしてきた。そのまま私は口を開けて食べさせてもらう。ひんやりとした房を咀嚼すると果汁が口に広がる。冬の味だ。

 敦君は自分でも蜜柑を一房食べてから、こう訊いてきた。

「今日の夕飯どうします?」

「もうこれくらい寒いと、鍋とかいいよねぇ」

 考えるだけでお腹が空いてきた。今は蜜柑を食べてはいるが、すっかり鍋の口になってしまった。

「いいですね。でもそれだったら、鍋の材料買いに行かないとですね」

 鍋は食べたいが具材は冷蔵庫にあるものでは足りない。鍋の材料全てはスーパーにある。でもこの寒い中、買い物に行くのもそれはそれで嫌だ。

 そんな考えが顔に出ていたのかはわからないが、敦君はすっと炬燵から出て立ち上がった。

「敦君?」

「外寒いでしょうし、僕が一人で行ってきますよ」

 嫌味でもなんでもなくさらりとそう云う。そのまま流れるような動きで上着を取って羽織る。

 近所のスーパーで買い物してくるくらいなら、数十分もあれば帰って来られる。

 ――けれど、二人入れる炬燵に一人きりは、少し広すぎる。

 敦君が財布を手に取ったところで私は思わず、「待って」と云った。玄関口で靴を履きかけたままで彼が振り返る。

「私も行くから」

 私が炬燵を抜け出したのを見て、敦君は顔を綻ばせた。私もハンガーから上着を取って羽織る。こんな時に限って腕の通し口がすぐにわからない。

「そんなに慌てなくても、ちゃんと待ってますよ」

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敦太800字 高間晴 @hal483

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