契り交わすに指輪は要らぬ

 太宰と付き合い始めて早数年。敦はそろそろ貯金で指輪を買おうか悩んでいた。

 何故悩むのかと云えば、太宰の指には指輪が似合わないような気がしているからだ。あのしなやかで白くすらりと長い指。それには、指輪なんてつける方が趣が無い気がしてならない。

 きっと今の自分が指輪を渡せば、喜んで嵌めてくれるだろうという自信があった。でも、だからこそ敦は困っているのである。

 彼の人に似合わない指輪なんて贈っても仕方ないだろう。それは只の自惚れだろうと、心の声が止まない。

 赤茶けた夕陽の射し込む太宰の部屋。二人、万年床に寝転がりながら敦は隣の太宰の左手を取る。何時も通りの少し低い体温が感じられた。その手の甲を目の前に持ってきて薬指の付け根にそっと唇で触れた。少し擽ったそうに太宰が笑う。その様子に敦は思うのだ。

 ――ああ、やっぱり指輪なんて無い方がこの指は素敵だ。

 愛し合うにしたって金属の冷たい感触なんか邪魔なだけだ。そう思いながら敦は太宰の手に自分の指を絡める。

「ねえ敦君。君ならそろそろくれるかなって思ってたんだけど、それは私の勘違いかな」

 その薄く笑みを含んだ言葉に敦はどきりとする。

「もしかして――指輪ですか」

「うん」

 目を合わせると、太宰は空いた方の手で敦の頬を撫ぜた。敦は正直に云う。

「太宰さんには指輪が似合わない気がしてならないんです」

「へえ……じゃあ、こうしようか」

 云うと太宰は敦の手から絡められた左手を解く。そうして敦の唇にその薬指で触れた。察した敦はそっと口を開く。太宰の左手の薬指が口の中に入ってきた。「噛んで。一寸強めにね」その言葉通りにその薬指の根本を噛んだ。太宰が善いと云うまで、じわじわと顎に力を入れる。鉄錆の味がしたと思ったら太宰の眉が顰められる。「もう善いよ」と云われた瞬間、敦は口を開ける。唾液の糸を引いて薬指が出ていく。

「……消えたら、また付けてね?」

 そう微笑む太宰の薬指の根本には、敦の噛み跡が赤く残っている。浮いた血の珠が紅玉の如く夕陽に輝いていた。

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