貴方しかいない

「好きって言ったら怒る?」

 出し抜けに太宰からそう訊かれて、敦は何のことだろうと口を半分開いたまま振り返った。

 今は事務所の応接室に飾る花を敦が生けているのだが、傍のソファに太宰がゆったり沈み込んでいる。

 ――好き? 太宰さんが好きって言うと僕が怒るかもしれないもの……?

「なんの、ことですか……?」

 敦はおそるおそる訊いてみた。心臓がばくばくして口から飛び出そうなのを堪えながら。

「私が、敦君以外の人を」

 予想した通りの台詞を口の端に乗せて太宰は微笑む。

「勿論、仮定の話としてだけど」

 敦は重いため息をついた。

「……怒りませんよ。僕なんかよりその人のほうが太宰さんにお似合いでしょうし」

 そこで太宰は眉根を寄せて不機嫌な顔をした。

「そこは怒るところじゃないの? 君は恋人を繋ぎ止めておくこともできないのかい?」

 本来なら怒っていいところだと、太宰は敦を見据える。

 敦は花瓶に生けた花を整えて、太宰の傍に近づいた。両手を胸の前で力なく握りしめると、体の横に下ろす。

「だって僕には、人より勝るものが何もないんです。太宰さんを縛ることなんてできない」

 俯いてそう云うものだから、太宰は焦れてソファから身を起こした。

「敦君、君はもっと自分に自信を持ったほうがいい」

 敦の手を取り、両手で包む。花の香りが二人の間に満ちていく。

「私は君のことをこんなに好いているというのに」

 言葉だけでは伝わらないのかな。太宰は寂しそうに頭を垂れる。敦はどうしたものか悩んでいたが、ふと思いついて太宰の手をそっと解く。テーブルの上に残してある、花瓶に入りきらなかった花の一本を取ると、また戻ってくる。

「太宰さん。この意味、知ってます?」

 云われて太宰は顔を上げ、敦の手にしている花を見た。

 一輪の赤い、薔薇。それが意味するところは『一目惚れ』、『貴方しかいない』だ。

 跪いて、敦は太宰にその薔薇を捧げるようにして手渡した。

「僕には何もないと云いましたが、貴方を想う気持ちだけは世界で一番です」

 これには太宰も目を丸くすると、次に幸せそうに微笑んで敦を抱きすくめた。

「百点満点だよ、敦君」

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