背をなぞる
太宰と敦が住む安アパートの風呂は、言わずもがな狭いし古い。トイレと風呂が別なだけまだましなのかもしれないが。
ポートマフィア時代は、こんなアパートと比べ物にならないくらい広くて豪奢な部屋に住んでいたけど、今のほうが満たされていると太宰は思ってしまう。
――それもこれも、今の私には敦君がいるから。
太宰が湯船に浸かっていると、敦が帰ってきた。そのまま浴室から声をかけると彼は入ってきて、洗い場で髪を洗い始めた。
もこもこ泡立つシャンプーが温かい湯気の中で弾けていくにつれ、二人で共有している香りが浴室に広がっていく。
敦は髪を洗うのに専念していて、目も閉じている。太宰はその背に人差し指を這わせた。
「ひゃっ!? 太宰さん!?」
驚いてびくんと背を反らせるのが可笑しくて、太宰は小さく笑いをもらした。
「敦君、前よりずっと逞しくなったよねぇ」
「そ、そうですか?」
ここ何年かで敦の身長は伸びたし、以前は筋張ってばかりいた体に筋肉もついてきている。太宰はぺたぺたと、シャンプーの泡が伝う敦の背を触っていく。
硬く柔い筋肉の上で張りつめた皮膚の質感。熱でうっすら赤く浮き出るみみず腫れ。それを見て太宰はうっとりと目を細める。昨夜につけた傷だ。そして、この後にも上書きすることになるであろう所有の証。
二人しか知らない傷を指先でなぞっていくと、突然に熱い手のひらが太宰の手をとらえた。
「――そこまでにしてください。我慢できなくなっちゃいますから」
顔を逸らしたままそう言われる。太宰は一瞬驚いたが、泡の中から覗く敦の耳が赤く染まっているのを見て満足げに微笑んだ。そして、敦の手をゆっくりほどくと、そのままシャワーの栓をひねる。突然湯を浴びせられた敦はまた驚いて声を上げる。
「わっ!?」
「早く体も洗って、こっちへおいで」
雨に似た水音の外から、聞こえるか聞こえないかの声でそうささやく。それから太宰は熱を孕む頬を隠そうと、湯船に沈んでいくのだった。
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