ランダム単語による短編集

@gen_getu

第1話 【今更感】【ルール】【嘲笑う】

 もうゴミ出しなんてしない。

そう決意したのは今朝のことではなくて、それでも何年も前のことでも無い。


ここ1ヶ月に満たない期間であったように思うけれど、それが確かなことか覚えていないのだ。

誰にでも出来ると思っていた『ゴミ出し』というタスクを僕はこなせなかったのだ。


 ことの始まりはゴミ出しを頼まれたとある日。


母から託されたゴミを小さな身体で支えながら運んだのに、置き場所にはもう他のゴミは無く、置いて帰ろうと思い捨ててその場を後にしようと踵を貸した。

その瞬間に

「何をしとんじゃ!」

そう怒号が飛んだ。

その声に呼応するようにカラスがその黒光する身体を空へと舞い上がらせた。


カラスはよくゴミを漁りにくる。

誰かは『ご飯を探している』『遊んでいるんだ』と話していた。

どれが真実なのかは正直カラス自体に聞かないと分からないだろうに、みんな思い思いに口にしていた。


僕自身も気にはなっていたのでカラスに問いかけようと思ったが、嫌われているのか声を掛けようとするタイミングで大方のカラスは飛んで行ってしまうのだ。


いつになればその真実はカラスの口から語られるのか


気長に待てば、僕にもそれを語ってくれる友になれるカラスが一羽くらいはいるかも知れない。


 そんなことを呑気に考えていると僕の頭に固いものが当たった。


「っ!!」


突然訪れた後頭部の痛みに驚き、声がうまく出なかった。

足元には拳大の小石が転がってきていた。


それを見た瞬間に、この後頭部の痛みが小石をぶつけられた為であると理解した。


ズキズキとした痛みを抱えたまま、振り向くと短い白髪と同じく白い無精髭を生やしたお爺さんがこちらを睨んでおり、その上でもまだ息を荒げて


「何を知らん顔して帰ろうとしとんじゃ!貴様じゃ貴様!

毎度毎度ここにゴミを持ってきおって、ここは貴様が我が物顔で使って良い場所ではない!」


と続けた。


怒号を飛ばされたのはカラスではなく、僕自身だったようだ。


 ここには確かに数度ゴミ捨てに来ているが、こんなお爺さんに出会ったのは今日が初めてだ。

こんな風に罵声を浴びせられるのも、もちろん小石を投げられた事も無かった。


ゴミ捨てのルールがなっていないというのであればそれを教えてくれればいいと思う。

ただそれは暴力で教えるべきではないと思うし、お爺さんの言い分を聞くのであれば僕の姿を何度も見ているのだろう。

であれば、石を投げつける前にルールを教える穏便な方法は取れなかったのだろうか。


暴力でしか物事を解決出来ない人間など嫌いだ。

こんな人間がいる場所なんて使いたくないし、ゴミ出しなんてしたくない。

こんな人と話したくもない。


そんなことを考えていると後頭部に何かが伝う感覚があった。


気になってお爺さんから視線を自分の足元に向けると、そこには赤い小さな斑点が並んでいた。


それが自分の血であると認識するのにそう時間は掛からなかった。


『こんな場所にいる必要なんてない』

『これ以上ここにいてもしょうがない』


未だ何かを叫んでいるお爺さんを横目に足早にその場を後にした。


途中までお爺さんもこちらを追いかけて来ていたが、僕の足には追いつけない様子で

息切れをして立ち止まる姿を嘲笑いながら心の中で


『お爺さんが僕に追いつけるわけ無いじゃないか』


そう告げていた。


ズキズキとする後頭部も少しずつ治ってきた。


今日会ったことを母さんに報告して、明日からゴミを出すのを変わってもらえないか相談しよう。


もしくは場所を変えよう。


そう決意して僕は家に戻ったのだ。


 あれから数ヶ月、結局のところゴミ出しの当番は変わってもらえなかった為

場所を変更してゴミを出している。

以前のように罵声を浴びせてくる人間もいないし、今の場所では頭を撫でてくれる親子連れもいる。

ここであればゴミ出しをしても良いかなと感じているところだ。


…いや、そもそもルールを教えてくれない母親に問題があるのではないかって?


 僕も母親は人間のゴミ出しのルールなんて知らないからね。

ただ母さんには唯一仲良くなれたカラスがいて、そのカラスが

『人間は毎朝袋に入れたものを持ち寄ってくるんだ』

『その中には僕のご飯だったり、遊び道具だったりが入っているんだ』

と嬉しそうに話していたのだという。


それが『ゴミ出し』という名称であることを知ったのは人間たちがそう話していたのを聞いてからだ。


『ゴミ』という単語がいらないものを指している事に気づいたのはお爺さんに叱られた後だったけれどね。


だから僕たち黒猫の親子もそれに倣って今は自分たちのいらなくなったものを運ぶようにしているんだ。


あのお爺さんのお陰で、ルールを理解する足掛かりが出来たかも知れない。

今更感が強いけど、いつか会えたらお礼をしなくちゃいけないかな。


いつになるか分からないし、会えばまた罵声を浴びせられそうだけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る