第32話 クソゲーな人生なんて1から塗り替えろ

 ──あれから時は流れ、二年後の夏……。


「お疲れ様でした!」

「うん、お疲れ、如月きさらぎ。オレも今から帰る所だ」

「じゃあ一緒に帰りませんか、八代やしろ先輩」


 街並みに一時の別れを惜しむ、沈みかけた切ない夕暮れ。

 会社帰りの僕は会社の上司を誘い、色々と相談に乗ってもらおうと口を開く。


「あー、そんなことを言ってたら彼女さんが悲しむぞー?」

「大丈夫です。ああ見えて、物事をきちんと見極めてる人なので」

「だったら尚更なおさらじゃんか。あまり心配させんなよ」


 彼女は心が広い人と主張しても、そんな優しさから浮気に繋がると言い張ってくる八代先輩。

 いや、僕は普通に女の子が好きで、おまけに頑固なくらい一途だから、他の女性には興味ないんだよと、何度言ってもこれである。


「職場で何かがあったらフォローしてくれる仲間がいても、家族にとっては君は一人しかいない存在なんだぞ」

「はい。僕が死んで骨になってもあの娘だけを愛します」

「ハハハッ、相変わらずクソ真面目な男だな。だからこそ信頼を持てるというか……」

「神のいかずちが何です?」


 あれ、どこか気でも障ったかな?

 八代先輩が急に頭に手をやり、思い詰めた顔つきになる。


「……いや、今の言葉は忘れてくれ。その分じゃ君は当分ヒラどまりだよ」

「結構、気に入ってるんですけど。ヒラメのお刺身?」


 平と聞いてヒラメ。

 大胆な切り口に僕の脳裏に豪華な刺し身盛り合わせを想像させる。


「分かったよ。その時が来たらいつもの酒場で飲み明かそう。たっぷりのツマミも注文してな」

「はい。楽しみにしてます」


 あそこの酒場は創作料理が季節ごとに変わって、バラエティ豊かで味も保証出来るからね。

 地元で作った地酒も癖がなくて、後味まろやかだし。


 芋とは違い、米焼酎だからかな。

 あれをロックで飲んだ時のキレ味が堪らなく美味しくて、あの酒にうるさい八代先輩がボトルキープをしてるくらいだからね。

 何はともあれ、先輩との久々の飲み会、楽しみだな。


****


 ──僕は八代先輩と四つ角の通学路で別れ、一人家路へと帰る。

 夏場の夕暮れとはいえ、辺りは薄暗く、街灯の木の下、アナログの腕時計は19時を指そうとしていた。


「ふぅ……今日も無事に終わったか」

朔矢さくや君、お疲れ様」

「あっ、居るんなら声をかけてよ、麻衣まい

「さっきからここに居るわよ」


 去年建てたばかりの木造二階建ての自宅に帰り着き、玄関の鍵を開けると目の前に新妻の麻衣がいた。

 ポニーテールに動物のアニメ柄のルームウェアと随分ずいぶんとラフな格好だ。


 はあっ、嫉妬深い彼女のことだ。

 帰ってくるのが遅かったから、軽くシャワーを済ませ、いつもの待ち伏せをしてたか。

 今日はどんな質問をしてくるのだろう。


「それで何がどう終わったのかしら」

「いっ、嫌だな。仕事の話だよ」

「そのわりには頬が緩んでるみたいだけど?」


 玄関を上がってリビングに着いても、僕から片時も離れずに、尋問のような問いかけは続く。


「幸せ太りというヤツかな」

「あれ、朔矢君は少食よね?」


 麻衣と意気投合し、この新築で同居を始めて半年。

 いつもはのほほんとしてるのに、こういう時の麻衣の反応は鋭い。


「ああ。影に隠れてお菓子食べてんだ」

「そのお菓子とやらは美味しい?」

「そうだね、病みつきになるくらいだよ」

「朔矢君、あなた……」


 麻衣が言葉を濁しながら、やれこれと訊いてくる。


 少し太ったことは事実だけど、これ以上、彼女におかしな……変な誤解はされたくない。

 僕は部屋に置いてあったアマ○ンの段ボール箱を一箱持ってきて、ガムテープの封を開ける。


「うん、これなんだけど」

「えっ……?」


 段ボールの中に大量に敷き詰めれた筒状の駄菓子、うまゃい棒。

 上司がくれたお土産で味をしめ、通販で箱買いしたのだが、この箱に入ったコーンポタージュ味は特に人気がある商品でもある。 


「ま、まあ、それは実に美味しそうね。今度、私にも食べさせてよね」

「何か今日の麻衣、ちょっと変じゃない?」

「誰がそうさせたのよ!」


 麻衣が耳まで真っ赤になって、キッチンへと姿を消すという分かりやすさ。

 カチャカチャとなる陶器の音に、排水口に流れる水の音。

 どうやら気を紛らわすため、浸け置きしていた食器の洗い物を始めたらしい……。


****


「今日も一段と星が綺麗よね」


 家事を終え、ベランダで夕涼みをしながら、青いレジャシートの上で仰向けに寝転がる僕ら。


「覚えてる? 私があの会社を辞めるって言った時の鷹見たかみ先輩の顔……」

「そうだね、バーコードな髪も逆立ってありえんという風な表情だったよね」

「鷹見先輩には虎の血でも流れているのかしら」

「まあ、虎がどうあれ、あの時の決断があったから、今こうしてる僕らがいるんだろう?」


 手のひらを大きく広げ、星空をこの手で掴もうとする僕ら。

 薬指につけた銀の指輪が夜空の月明かりと共鳴するかのようにキラリと光り輝いた。


「あの頃は仕事に追われて、こうして夜空を眺める時間もなかったわよね」

「それだけ余裕がなかったんだよ。だから仕事を通じてオンラインゲームで遊んでた」

「うん」


 僕は流れ星を目で追いながら、隣で寝そべる妻の手をやんわりと握る。

 麻衣はその反応に至って、自然に握り返してきた。


「現実に愛想を尽かし、ゲームの世界にしか幸せはないと思っていたからね」


「でもそんな中、麻衣と……」

「朔矢君と……」


 そう、このリアルに恋する想いに気が付いてからは一瞬だった。


「「二人は出会えた!」」


 リアルの色恋に興味がなく二次元にしかときめきがなかった僕。

 でも結局は人恋しくなり、導いてくれる女の子は案外身近にいるものだと……。


「な、何。息ピッタリなんだけどw」

「ホント笑えるよね」


 気の合う同士の夫婦だからか。

 流れる血は赤の他人でも、この先どんな困難な壁も乗り越えられそうな気がする。


「さあ部屋に戻ろうか、朔矢君。今夜はとびっきり美味しい夜食を振る舞ってあげるね」

「出前のピザとかいうオチじゃないよね?」

「どっ、どうして分かるのよ!?」

「いや、飲食のお店じゃあるまいし、こんな夜更けに自宅で晩飯作る方が異常だってば……」


 料理をするにもそれなりに時間を食うし、それで後片付けもプラスとなると、僕の心が折れそうになるのは明白だ。

 麻衣は弱いからアルコールを飲んだらすぐ酔いつぶれて寝るし……。


「それもそうよね。うんうん」

「開き直ったか」

「時にそれを運命と呼ぶのよ」

「食あたりだったらな……」

「何ですって、聞き捨てならないわね!」


 麻衣がムキになるので、宥めながら頭を撫でる。

 サラサラとした手触りの髪から、ほんのりと甘い柚子の匂いがした。


****


『リンゴーン、カンコーン♪』


 ──気持ちの良い快晴を背に教会の鐘が鳴り響く。


 六月、僕と麻衣は共に結婚式を挙げていた。

 僕らは籍を入れただけで正式な結婚式はまだだったからだ。


「さあ、受け取って。次なる花嫁!」


 ウエディングドレス姿の麻衣が教会の窓からブーケを宙に投げる。

 はなっから相手は決まっていたように。


「えっ、ワタシ? 結婚願望とかないけど?」


 相手は意味が分からないまま、ブーケを受け取り、自身の想いを伝える女性。

 そうだよな、誰しも結婚したら幸せになれるとは限らないし、一人の方が気楽で未婚による生涯を終える人も少なくない。


「ううん、千沙都ちさとちゃん。そうとも限らないわよ。私たちと一緒になれば……」

「はあ、僕があああっー!?」


 僕の右隣に並ぶ、いつもとは違う照れ笑いな態度の千沙都。

 左には終始、笑顔な麻衣がいて、同じく細い指を絡めてきて……。

 ジューンブライドとはいえ、僕の花嫁像はどうなってんだー!?


****


「──何だ、夢か」

「そのわりには生々しかったな……」


 ともかく状況を確認するため、天井を見上げ、木目にあるシミの数を数えてみる。

 あの部分なんて、どう思えても人の顔に見えてしまい、気になってしょうがない。


『……ねえ、二階の部屋で寝てる朔矢起こしてくれない。このままだと遅刻しちゃうから』

『うん、了解』


 周囲を見渡して、家の作りが新しい所が見え隠れしている。

 40インチくらいのTVにテレビ台の上に

『プレスギ6』のゲーム本体と積み重なったゲームのトールケース。

 どれもがクソゲーゆえに断念し、全クリもできずにどんどん溜まっていったゲームソフトの墓場……。


 ……間違いない、ここは僕の部屋だ。

 こんなマニアックなゲーム、僕以外プレイする輩が思い浮かばない。


 そしてベッドの横にあるテーブルには前に勤務していたパーフェクトワンダーバードノベルの個人情報などが入った極秘の灰色のカードが入った透明な名刺ケース。


 だけど、このカードは見かけだけで情報はなく、ただの敵の目を欺く、飾り同然なカードでもある。


 データの流出は防げたとはいえ、本物のデータがどこにあるのか、何に使用するものなのか。

 既に会社を辞めてしまった僕らには検討もつかない……。


『ダンダンダン……!』

『バアーン!』


 階段を駆け上がり、僕の部屋のドアを豪快に開ける千沙都。

 どうして千沙都が僕の家に居るんだ?


「コラッ! いつまで寝てんの。いい加減起きなよ!」

「そうか、これも夢か……」


 大きなあくびをしながら、布団に入り直し、二度目の夢の中へと行こうとする僕。


「そんなわけないでしょ。あんたがワタシの同居を勧めて、何を開き直ってるの!」

「やめて、千沙都。脳が揺れる……」


 その起きると眠りの両天秤にベッドに飛び込んでくる千沙都。

 白い布地を貴重にしたフィールドで彼女による揺さぶりの重りが追加される。

 どっちに傾いても悪いようにはしない。

 僕の首元のTシャツを掴んで揺らす、悪魔の攻撃とは正反対の無言の圧力が怖い。


「このまま揺らし続けてバニラシェイクにするから」

「笑えないジョークだな。誰に似たんだか……」

「テメエ、いい加減にしろよ。本当にシェイクにすんぞ!」

「うぐぐ……ぐるじい………」


 千沙都が逆ギレして、さらに僕の頭を上下に振ってくる。

 このままじゃ、息が出来なくて窒息しそうだ。


「ちょっと私が知らない間に何やってるのよ!?」

「いや、麻衣。これはな……」

「そうそう、これこそ略奪愛ってヤツ」

「千沙都はちょっと黙ってて」

「……と言いながら私にキスをする朔矢であった」

「違うだろ!」


 神の救世主である麻衣が来たのはいいけど、千沙都の熱い弁論は続く。


「朔矢君もお盛んね。私の前で堂々とするんだから」

「何でそうなるんだよ!?」

「近寄らないで。病気になるでしょ!」

「空気感染の性病なんて聞いたことないよ」

「私が言いたいのは流行性感冒の話よ!」


「へぶっ!?」


 怒った麻衣が床にあったクッションを僕の顔面に当てる。


「もう付き合いきれないわ。今日こそあなたとは離婚よ」

「だから誤解だって。異世界でも何度もアプローチしてキミの心を射止めたんだし」

「それもそうね……」


 慌てて二人の愛の深さを騙ったけど、麻衣が不審げな目つきで僕と目線を合わせる。


「えー、異世界でも胸の大きな女の子が好きって言ってたじゃん。あの時の告白は嘘だったの!?」

「ああん?」

「いや、マジで違うってばっ!」


 ──あの時、あの日々、あの場所で……。

 僕はゲームライター企業のパーフェクトワンダーバードノベル、略してパワバで頑張って働いた。


 しかしどれだけ頑張っても、僕の功績は全く認められなかった。


 低賃金に違法な残業、休日もほぼ出勤で週6勤務は当然、有給があっても休めないなどとブラックな企業だったが、会社のためを思い、精一杯働いたのにだ。


 でもそれは結果的に自分自身を縛ることになり、そのうち自分は何をしたいのか悩んでしまう。

 そう思った心に蓋をして、上司の言いなりになる日々。


 自分の人生は一度きり。

 労働条件が合わないと感じたら、僕と麻衣のように思い切って転職してみるのも一つの手かも知れない……。


「──あれ、この青い宝石のブローチ、ゲームの世界でもあったよな?」

「ええ、このアクセサリーは邪気を払う効果があるのよ」

「なるほど。自然とこのアイテムに助けられてたのか」


 僕はこれからも夫婦円満を願い、満月形の飾りが付いたブローチを麻衣の首すじに付ける。


「いいなあ、こっちの世界でも作れたらなあ」


 千沙都が僕らの微笑ましい姿に残念そうに頭を下げた。

 いかにもゲーム世界でのステラらしい。


「だったらさ、思い切って1からゲーム作ってみようか。錬金術のイメージとかでさ」

「ふえっ!?」

「それは名案ね」


 こうして僕たちは名作ゲームを作るため、新たな道を歩み出す。 

 悔いのないよう、一歩一歩と……。


 ──クソゲーな設定の内容を1から塗り替えろ、三十代おっさんの漂流記。 

 売れないゲームライターが現実世界でプログラマーに──。


 fin……。

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クソゲーな設定の内容を1から塗り替えろ、三十代おっさんの漂流記 ─売れないゲームライターが異世界でチートプログラマーに─ ぴこたんすたー @kakucocoro

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