WITH CAT

バーニー

第一章『猫を轢き殺した』

【十三年前】

「正直、正樹を生んだのは失敗だったと思うの」

 リビングから漏れる明かりとともに、その声は聞こえた。

 トイレに行こうとしていた僕は、立ち止まり、パジャマの下にある肌が強張るのを覚えながら、扉の隙間からりリビングを覗いた。

 テーブルに、父親と母親が向かい合って座っている。父は仕事帰りのようで、スーツ姿のまま。その前には、皿に盛られた美味しそうな唐揚げがあった。

「私たちの子どもなのに、すごく出来が悪いわ」

 そんなことは無い…と反対してくれるのかと思いきや、父は唐揚げをひと齧りし、唸った。

「確かに。小学生のうちでこんなようじゃ…、中学、高校はやっていけないだろうな…」

「担任の先生にも言われたのよ。勉強が少し遅れているのならともかく、ちょっと奇行が目立つっていうか…」

「奇行?」

「あの子、よく人に触るの」

 母の言葉に、父の顔が歪んだ。

「なんだ、それは」

「人と話しているときとか、人と楽しいことをしているときに、唐突に、人の顔に触ったり、頭に触ったりするの…」

「そんなこと、うちじゃ見たこと無いぞ?」

「そうなの。同級生とかにしかしないのよ」

 母のため息は、部屋の外まで響いて聞こえた。

「気持ち悪いわ」

「…そうだな」

 そんなことはないよ。と否定してくれるのかと思いきや、父も頭を抱えた。

「人のことを無遠慮に触るなんて…。将来性犯罪者にでもなりかねん…」

「そうなのよ」

「もう少しきつく躾ないと…」

「でも…、私たちの子供なわけだし、もう少ししたら…」

「そうやって、もう小学二年生になったわけだぞ? 小学校生活なんてあっという間だし、中学、高校も飛ぶように過ぎていくさ。このままじゃ、正樹は社会に置いていかれる」

「ああ、もう…」

 母はテーブルに顔を伏して、さも「悲劇のヒロイン」のように嘆いた。

「親の成績は遺伝するものでしょう? そりゃあ、時々変な子供が生まれることだってあるのはわかるけど…、どうして私たちなのよ…」

「ハズレを引いちゃったな…」

 父は、ははっと笑うと、コップに注がれた琥珀色の液体を飲み干した。

「もう仕方ないさ。正樹のことは諦めて、それなりに育てるとして…」

 声を潜める。

「今夜、次のクジを引かないか?」

 その言葉に、母の顔が上がった。

 僕に見せたこと無い、柔らかな笑みを浮かべると、僕に聞かせたことのない声で言う。

「ほんと?」

「最近ご無沙汰だっただろ?」

「でも、あなた疲れてるんじゃ…」

「きみには無理をさせているからね。このくらいわけないさ」

 そう言いあって、父と母が抱きしめ合っていた。

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