第51話 交渉スキル対決

 ここは転移の丘。


 因幡さんが号令をかけると、100匹のアルミラージが一斉に丘を駆け下りて行った。

 まるで将軍の突撃命令で、我先に大将首を欲せんと競う騎馬武者の様だ。


 オレと因幡さんは、丘の上から配下のアルミラージの動きを眺める。


 100匹のアルミラージは、足の速い2匹を先頭にして2つの集団が出来上がっていた。そして、城壁都市の手前まで行くと東と西に別れ、畑の中へ散らばって行った。


「因幡さん、あの先頭の2匹は競争してる様に見えるんだけど、何を競っているのかなぁ?」


「さすが、創真の旦那はお目が高いっ! あの2匹の名はレッドとブルー。イナちゃん部下のナンバーワンとナンバーツーなんだぜぇ〜! ワイルドだろぉ~?」


 イナちゃん? それに、質問と答えが噛み合っていないし、白うさぎなのに、レッドとブルーなんて、ツッコミ所満載なんだが……


 オレはもう一度質問をする。


「因幡さん、レッドとブルーは何で競争をしてるの?」


「旦那〜、レッドとブルーはいつも張り合っているんだぜぇ〜。レッドの集団は赤組、ブルーの集団は青組。これまでの勝敗は99対99で、最初に100勝した方がイナちゃん部下ナンバーワンになれるんだぜぇ〜。羨ましいだろぉ〜?」


 全然羨ましくないが、うさぎにはうさぎの世界があるんだろうと思っていると、ふと報酬が足りない事を思い出した。


「因幡さん、ちょっと相談があるんだけど……」


「旦那〜、イナちゃんも相談があるんだぜぇ〜」


 オレは、どうぞと先をゆずる。


「創真の旦那〜、すんませんっ!」


 えっ、突然、何だよぉ?


「実は……赤組と青組の勝った方に報酬を2倍やると言ってしまいましてぇ……」


 おいっ、競争の理由はそっちじゃねぇかっ!


 どこまでも、ツッコミ所満載のヤツだ。


「それで〜、旦那の相談ってのは、何なんでございましょ?」


「えっ?」


 先に致命的な話を聞いた後では、オレの相談を話せる訳が無いじゃないかっ!


 ちょっと頭を整理してみよう。


 現在、人参の数は100本。


 因幡さんの要求は、当初の要求200本と勝った方の組に100本、合計300本だ。


 オレの要求は、当初の要求200本を半分にまけて100本にして欲しい訳だが……


 双方の乖離が200本もある!


 お互い間をとって200本って

のはどうだろうか?


 オレが迷っていると、因幡さんが涙目で訴えてきた。


「旦那〜、イナちゃんが勝手に報酬を吊り上げたんだぜぇ〜。責任は全てイナちゃんにあるんだぜぇ〜。だから、旦那のお好きなように罰を与えるんだぜぇ〜。

 でもね~、イナちゃんは旦那の為に少しでも早く役に立ちたい一心でやったんだぜぇ〜、うううッ!」


 言葉はへんてこりんだが、気持ちは伝わった。事態は既に進行しているし、ここまで訴えられたら折半交渉なんてヤボだ。


 オレは因幡さんの要求を、全面的に飲む事にした。


「分かった。因幡さんの要求通りにするよっ!」


 オレの言葉を聞いた因幡さんは、急に笑顔になった。


「創真の旦那〜、イナちゃんの報酬は無しでいいんだぜぇ〜。でもちょっと悲しいんだぜぇ〜!」


「分かった、分かった。因幡さんは幾つ欲しいの?」


 一瞬、因幡さんの目が煌めいた様な気がした。


「イナちゃんは体が大きくて、普通の兎より5倍は食べるんだぜぇ〜。だから10本欲しいんだぜぇ〜!」


「分かったよ。因幡さんには10本あげるよ!」


「創真の旦那〜、素敵だぜぇ〜!」


 結局、因幡さんの要求は310本。現在100本があるから、残り210本を買い足す必要がある。


 オレは因幡さんに、人参100本の見張りをお願いして、再び街へ買い出しに行った。


 街に着くと、突然タケじいが現れた。


「創真よ、白うさぎに手玉に取られたようじゃのう、カッカカカ!」


「えっ、なんの事?」


「忘れたか? 白うさぎは交渉スキルを持っておる!」


「あああっ!!」


「あやつは、最初から人参が100本しかない事を知った上で、創真の半分にする値下げ交渉を阻止し、あわよくば100本上乗せする交渉を仕掛けてきたんじゃ!」


「なっ!?」


「そして、創真が折れたと見るやいなや、更に10本を上乗せしたんじゃ、カッカカカ!」


「タケじいが知らせてくれれば良かったのにぃ……」


「フォフォフォッ、これも修行じゃ! 経験せねば身につかぬ」


 クソ因幡めぇぇ〜、皮を剥いて塩水に浸けてやりたいッ!


「怒るでない創真よ、交渉に負けたからといって、いちいち目くじらを立てるものではないぞ。ドンと構えて笑い飛ばすのが男の器量というものじゃ!」


「……」


「それにの〜、人参が100本、200本増えた所で、今回はそれ以上の利益が見込めるではないか?」


 あぁそうだ、210本といっても、たった銀貨4枚だ。どうせなら切の良い300本を買っていけば、因幡さんの忠誠心も上がるのではないだろうか?


「その通りじゃ! 一軍の将になる為には男の器量が必要なんじゃ。覚えておくが良いぞっ!」


「分かった。ありがとうタケじい!」


 一癖も二癖もあるヤタや因幡さんとのやり取りで、一皮剥けた創真であった。

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