第3話 ホワイト・クリスマス
真実を話してもらい、納得した志賀がリビングに戻ると、壁際に茂和、翔太、日菜子が両手を上げて立たされており、すぐ横に猟銃を構えた黒サンタが微笑んでいた。
「ホウホウ。まさか探偵がいるとは思わなかったね。でも、今ここで終わらせてやるね」
「待て。こうなったら何もかも話せ。冥途の土産話にしたい」
「ホウ、構わないよ。簡単な話だからね」
黒サンタは志賀に銃口を向けた。
「私と陽子さんとは深い仲だった。私はそう信じていた。毎年毎年、クリスマスイブの逢瀬が楽しみで仕方がなかった」
「七夕かばかやろう」
「黙れ。それなのに……昨晩、いや、日付が変わったころといった方が正確か、私は見てしまった……ほかのサンタクロースと、陽子さんとが……」
「それ以上はいうな」
志賀は頭を振った。子どもの前でする話ではない。
「……私は、我を忘れて殴りかかった。ちょうどサイドボードの上に『考える人』のブロンズ像が置いてあった。私に考える余裕はなかった」
「自分が殺したと認めるんだな?」
「私がこの手で殺した。陽子に話を訊けば、あのクソいまいましいサンタに脅迫されて、仕方がなかったという」
「その真偽はさておき、殺した後はどうした」
「……我に返って恐ろしくなった。死体を運んで遺棄することも考えたが、私は大事な仕事の途中だった。本当は正当防衛として殺してしまったと、陽子が警察に説明する段取りだった」
「仮に警察にそういったとして、正当防衛が成立するかどうかは疑わしい。相手を殺してしまった場合は過剰防衛に当たるかもしれない」
志賀は両手を上げたまま首を振る。
「それと、そんな小細工で警察を騙せると思うな」
「ホウ、ずいぶん余裕の口ぶりじゃないか。自分が置かれた状況がわからないのか?」
猟銃の銃口が志賀の胸を突いた。
「何点か訊きたいことがある」
「最後まで仕事熱心な奴だな、いいだろう、どうせすぐ死ぬんだからな」
「今年に限ってどうして他のサンタが丸井家を訪れた? こういうことはままあるのか?」
「……実は私もそこが不思議だった。あのクソサンタはなぜ、この家にやってきたのか……」
「じゃあサンタクロース界隈でもまれなことなんだな? だとすると、考えられる理由は一つ。奴は、サンタクロースではない」
「何だと?」
志賀はゆっくり、両手を上げたまま蟹歩きで死体に近づくと、サンタの帽子を取り払い、白髭を引っ張って付け髭であることを暴いた。また自身のスマートフォンを取り出し、死体の顔写真を撮って警視庁の知り合いに転送、データベースで照合してもらった。
「……なるほど、そうだったか」
返信はすぐにきて、志賀はその場にいる全員に説明した。
「コイツは元サンタクロースで、その後、転売ヤーに”転職”した男だ。クリスマスイブの晩になると、不法に飼育していたトナカイに橇を引かせて、サンタだった時に集めた個人情報を利用し、子どものいる家に空き巣に入り、プレゼントを盗んで転売していたようだ」
「サイテーじゃないですか」
日菜子がいった。
「警察も最近になって情報を掴み、面も割れたんだがなかなか行方がわからなかった。知っての通り、サンタクロースほど隠密能力の高い者もいないし、トナカイが引く橇に乗れば空に逃げられる。だが今回は、空き巣に入ったこの家で婦女暴行を働こうとし、現場に居合わせた現役のサンタクロースに撲殺されたというわけだ」
志賀は説明し終えると黒サンタに向き直る。
「転売ヤーに人権はないと俺は思っている。だからあんたに罪はない。見過ごしてやるから銃を下ろせ」
「そ、そうか? 話がわかるじゃないか」
「ただ死体は上手く処理しろよ。橇に乗せて太平洋のど真ん中にでも放り投げておけ」
「いや、広尾に帰るんだ。太平洋は渡らない」
「じゃあ道頓堀に投げ捨てろ」
志賀と黒サンタは死体を外に運び出すと、橇に乗せ、袋を被せて見えなくした。
「さらに重くなったな」
「大丈夫だ。いざとなったらこの銃でトナカイを脅して無理やり走らせる」
「動物には優しくしろよ?」
志賀と日菜子、丸井家の三人は空に浮かび上がった黒サンタの乗った橇を、北の方角の寒空の彼方へ消えるまで見送った。
「……先生。つまり、これってNTRですか」
「JKのきみにはまだ早すぎる事件だったな」
志賀はそういうと煙草に火を点けた。煙の後から白いものが舞い降りてきて、ちんけなこの事件の幕引きに、一応の花を添えていた。
サンタクロース殺人事件 大沢敦彦 @RESETSAN
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毎日執筆、毎日筋トレ/大沢敦彦
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