第19話・だから俺は学校に通う


 モノレールの扉が開き、乗客が吐き出される。養殖用の生け簀に放たれる稚魚のように。

そんな中でも、一際目立つのは銀髪に琥珀色の瞳をした美少女の姿だ。とは言っても、こいつが見えるのは俺だけなんだが……。


『ずいぶんと調子がいいみたいだね、良かったよ』


 モノレールの中で見ていたDチューブのアナリティクス画面のことを言っているのだろう。正直、グラフとか見せられてもよくわからないのだが、魔王的には分析材料として使えるらしい。


 ――朝からあんなの見て楽しいのか?


『これがうまくいけば、真央もあの家を出ていけるのだろう? 君の願いは私の願いだよ』


 慈愛に満ちた笑顔で微笑まれた。出会った当初のように挙動不審になることはなくなった。よく美人は三日で慣れると言うが、たしかにな、と思う。だいたい常日頃から好意を隠さず、意味深なことを言ってくるのだ。さすがの俺でも慣れるし、それ以上に怪しさが増していく。


 ま、互いの目的のための協力関係は順調だ。


 天誅仮面チャンネルを開設し、動画をあげてから二週間経った。

 最初の二、三日は動きが無かったが、石黒の逮捕がネットニュースやSNSで取りざたされたあと、俺のチャンネルが発見され、すぐさまバズった。


 その後、この勢いを殺すわけにはいかんとばかりに裏動画配信サイトに張り付き、迷惑系の動きを推察。まあ、この辺の行動パターンの推測は魔王がしたりした。

 魔王の予測がばっちり当たり、迷惑系を補足し、しばき、自首させる、という三弾活用で動画を制作。


 チャンネル開設二週間で登録者は五万人を越えたし、動画の再生数はどれも五十万再生を越えている。石黒の動画に至っては、四百万再生だ。

 単純な動画再生数だけで言えば、トップDチューバ―に並んでいると言える。

 まあ、再生数の割に登録者数がね、伸びないんだけどね……。


 それでも、収益化できるラインを越えたし、来月から俺の口座に金が振り込まれてくるらしい。引っ越し資金と、当座の生活資金、あとは学費やら何やらを貯めることができれば、あのクソ叔父どもの家から抜け出せる。


「おはよう、真央」


 今日も朝からルナがからんできやがった。まあ、普通の挨拶なので「ああ、おはよう」と返しておく。嫌そうな態度は全身で表しておくが。


「なによ、私が声をかけてあげたんだから、もう少し嬉しそうにしたら?」


 自己評価の高い人っているよね? こいつもそういう奴だ。当然、自己評価低めの俺からすると、うっとうしいことこの上無い。


「お前と絡むといろいろめんどくさいんだよ」


 実際、ルナはツラがいいし、そのうえ、有名冒険者パーティーに所属している。D特区におけるアイドル的存在であるため、ゴシップ記者やらガチ恋ファンやらが、いろんなところに張り込んでいる。学校にもファンクラブのようなものがあるため、ルナと仲良くしていると、その界隈を敵に回してしまう。


 こんな失礼を身にまとっている女のどこがいいのか俺には理解しかねる。幼馴染でなければ、とうの昔に縁を切っているところだ。


「そんなの気にしなくていいじゃん」

「嬉しそうにしろとか言ったり、気にするなとか言ったり、勝手すぎる。世の中、お前の都合のいいように回ってないんだぞ。十四歳で卒業しろよ、そのワールド・イズ・マインなスタンス」

「マジレスで心を折ろうとしないでほしいんだけど……」


 まあ、周りにチヤホヤされて育ってきた奴なので、メンタルは弱い。


「だったら近づいてくるなよ、めんどくせぇ。俺はお前に気を使ったりしねぇからな」


 ため息まじりに吐き捨てたら、ルナは嬉しそうに「幼馴染なんだから当然でしょ」とか言ってた。毒舌にさらされたいということだろうか? マゾなのかな? まあ、俺はこいつの性癖発散につきあってやる義理も無い。テキトーに振り切ろうと歩調を速めたが、ルナはトテトテと並んでついてくる。

なんなの、こいつ……察しろよ……俺は一人で登校したいんだよ……。


「ねえ、最近、天誅仮面ってDチューバ―が有名じゃない?」

「へぇ、そうなんだ。興味無いっす」

「そいつがけっこう凄いんだけど、どことなく真央に似てるのよね」


 一瞬、ドキリとした。


「どこが?」

「骨格」

「お前に俺の骨格の何がわかるの? 俺でもわからないのに」

「はあ!? どうしてクソ雑魚のことを私がいつも見てるみたいな解釈になるの!? 解釈違いなんだけど!?」


 こうやっていきなり顔を真っ赤にしてキレるから、こいつとの会話はめんどくさい。


「てか、Dチューバ―なんだろ? 俺は魔術スキルを使えないから関係無ぇよ。お前の言うとおりクソ雑魚ですからね」

「そうなんだけど……でも、似てるのよね。顎のラインとか指先とか」

「指まで把握してるとか、マジっすか? 幼馴染ハンパないっすね……」


 さすがに引く。ちょっと怖い。


「あ、あんただって私のこととか顔隠しててもわかるでしょ!」

「いや、普通にわからないですよ」

「わかりなさいよっ!!」

「うわ、めんどくせぇ」

「あ~! めんどくさいとか言った! 女の子に一番言っちゃいけないやつ言った! あんた、そんなんだから童貞なのよ!!」

「はあ!? 童貞じゃありませんけど!!」

「え?」


 愕然とされる。まあ、嘘なんだけど、そこまで信じられないことなんですかね?

 あ~、やっぱ、こいつ、めっちゃムカつくわ~……。


「だ、誰とそういうことしたって言うのよ!! 言いなさいよ!!」

「娼館だ娼館! プロのお姉さんで脱童貞だよ! もう煽ってくんじゃねぇ!」


 言い返した瞬間、ルナの両目に涙が浮かび、プルプルチワワのように震えだした。


「どうしてそういうことしちゃうの!? もっと大切にしなさいよ!! 私の許しがあるまで取っときなさいよっ!!」

「なんで俺の貞操をお前に管理されねぇといけねぇんだよ」

「幼馴染だからに決まってるでしょ!!」

「いや、決まってねぇよ。お前のワールド・イズ・マイン法は俺に適用されねぇからな」

「だって……」


 本格的に泣き出しそうな顔になってやがった。なので、ビシッと指さしてやる。


「泣けばどうにかなるのは俺以外の人間だけだ。俺はお前のファンに嫌われようが、周りの女に最低だと思われようが言うことは言う。泣こうが喚こうが、俺はレスバの勢いを緩めたりしない!」

「……真央のバカ!!」


 知的レベルの低い罵倒をしながらルナが駆け去っていった。


 ――よし、今日も俺の勝ち。


『勝敗のあるやり取りだったのかい?』


 魔王の呆れたような声を聞きつつ、俺はルナに追いつかないように歩調を遅くしながら学校へと向かった。


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