マクシム・ミドゥ
――構えろたって、私は剣士じゃなくて戦士なんだけど。
フィセラは言われるまま中段に構える。
マクシムも合わせるように中段に構えた。
先に動いたのはマクシムだ。
彼は一歩前に足を出す。その下にある小枝がきしみ、パキッと折れた。
全身に気を張り巡らせているマクシムは、その感触は感じたが音を耳に届かなかった。音より早くフィセラが目の前まで飛んで来たのだ。
間を一瞬で詰められたが、剣のリーチはフィセラの方が長く、それに重い。この近接戦でより早く剣を動かせるのはマクシムだ。そのはずだ。
フィセラの猛攻をマクシムはぎりぎりのところで受け流していた。
凄まじい膂力だな。受けて分かったが、こいつが使っている長剣は俺のより倍は重いはずだ。なのに、軽々振り回しやがる。
受け流されたら、少しは体勢を崩してもいいだがな。
分かっていたことだが、身体能力は俺より上か。
……しかも、腕やら!……足やら!正確に端を狙ってくる。
「性格の悪さが出ちまってるぜ~!」
こっそり鑑定魔法を使ったけど、こいつは76レベルだった。
軽いし、柔らかいし、遅い。
さすがに本気は出さないけど、ふざけてる訳じゃない。なのに、私の剣に追いついてくる。
うざいな。
「チッ……性格?だったら縮こまってないでしっかり戦いなよ!」
フィセラは下段からマクシムの剣を打ち上げる。
そのまま斜めに振り下ろすがそこにマクシムはいない。剣先を少しずらしていた。
振りの余力を使って体を回す。
フィセラは高速の回転蹴りを彼の脇腹に食らわせた。
マクシムは一瞬の間で脱力し、剣から腕を下ろして自分の胴体とフィセラの蹴りの間に腕を挟み込む。
いや、正確に言えば、挟み込めた。
速い!腕の方が持たん。折られる!
下手な防御は出来ないと悟り腕を外す。
代わりに胴体の硬直と下半身の脱力で力を逃した。
マクシムは10メートル以上を飛ばされ木に激突し、地面に落とされる。
さすがにここまで体勢を崩せば、フィセラを見続けることは出来ない。
だが、マクシムはすでにフィセラの行動を読めていた。ここで容赦する奴じゃない、と。
立ち上がりながら剣をスコップのように使って土を巻き上げた。
倒れるマクシムを追って突進していたフィセラは進行ルートを突如現れた土の壁に阻まれ、たまらず止まる。
飛ばされたままで黙ってはいられない。マクシムは場所を変えようと斜めに走るが、その先はすでにフィセラがいた。やはり、フィセラの方が速い。
再度剣撃が始まるが、すぐにほころびが出る。
フィセラは、マクシムが蹴られた脇腹をかばった隙を見逃さなかったのだ。
柄を逆手に持って剣を回転させるようにマクシムを狙う。それを受けたマクシムはまたも剣を中心から外される。
フィセラは空いた胴体に前蹴りを食らわせる。今度はマクシムの背後には大木があった。
衝撃を逃がせずフィセラの蹴りはマクシムの胸を押しつぶす。
重い!アバラがイったか!
大木の反対側が大きく軋む。
フィセラは今度は追撃をせずに後退した。マクシムがあきらめるかと思ったのだ。
だが、蹴りだけで止まるレベルの相手ではなかった。
――へ~思ったより硬いじゃん。
こいつは剣士じゃないな。戦場で覚えた戦い方か?それでも粗い。
……剣に固執していないのか。厄介だな。
フフッ、もう余裕ぶることは出来ないな。実力差は明白だ。
だが、俺を折ることは出来ないぞ。
「剣の道を見せてやる!」
「……道ね~。それの究極にいる子を一人知ってるよ」
「ほー。いつか手合わせしたいな。紹介を頼めるか?」
「いつかね。覚えておいてあげる」
その言葉を皮切りにマクシムがフィセラに切りかかる。
マクシムは本気だ。
今までの戦いとは打って変わって、刃から出る火花は互いの目の前に生まれていた。
なに?速くなった?本気になったぐらいで私を超えられる訳無い。
でも、手数がさっきの倍ぐらいに感じる。
負えない速度じゃないけど、気が散る!
やはりこれにも対応するか。
一撃に3,4度のフェイント。気当たりも剣筋とはずらしている。
これを目だけで剣を追うか。
「お前は確かに速いし重い。俺より強い。だが、俺の上にはいけねぇぞ!」
マクシムはスキルを使う。
<つるぎの心><刹那の冴え>、<剣の道>!
「剣士の圧倒するのは!剣技のみ!」
――は?剣技?
フィセラは三重の身体強化を施したマクシムの攻撃を防いでいたが、途中で剣を下ろした。
わざとらしく首を傾けて、マクシムを誘う。
「いいだろう。首を飛ばすのが趣味のようだな!」
マクシムは少しも剣を止める気は無かった。
それに気づいた、アッシュやデッラが反応するより速くマクシムの剣はフィセラの首に届いた。
<硬化>。
ガンッ。
人の身から出るはずのない音が鳴る。
刃は皮一枚斬ることなくフィセラの首にただ止まっていた。
「剣士とか、剣技とか、そんなの関係ないわ。他人を圧倒できるのは、レベルだけよ」
積み上げたものすべてが否定された気分だが、マクシムはすぐに我を取り戻した。
ハッとしたようにフィセラの首から剣を離す。
「すまない。止めるつもりだったんだが……」
フィセラは笑って答える。
「大丈夫よ。なんともないから」
彼女にしては珍しく皮肉ったつもりなのだが、良い反応はかえって来なかった。
「そ、そうか。良かった」
「大丈夫ですか?」
駆けてきたのはデッラやアッシュではなく、灰の獣槍のメンバーの一人だ。
「二人とも座ってください。今、治癒魔法をかけますからね」
アッシュを除けば、唯一の女性でローブや杖を持っていることから魔術師だと分かる。
そんな彼女をフィセラは手で静止する。
「私はいいよ。先のその人癒してあげて」
そう言ってその場から離れようとすると、目があった。
「マクシムだ」
「……そ。じゃあマクシムを癒してあげて。私より怪我してるだろうから」
その言葉に従い、女は魔法<治癒>を発動させた。
<治癒>は自分の魔力に自然治癒効果を与えて相手に送る魔法だ。
<回復>のように魔法の力で怪我の状態を戻したり、無かったりする魔法とは少し違う。
自然よりの魔法だ。
温かい光が女の手から出てマクシムを癒す。
それを素直に受けながらマクシムはフィセラを見ていた。
「レベルとは?」
質問されたフィセラが振り返る。
「圧倒するのはレベルだと言っていただろう。何のレベルだ?」
フィセラは少しめんどくさそうに、仕方なく教えてあげることにした。
「もちろん。私のレベルよ。私は100……レベルだからね」
120というには実力が足りないことを気にして、少し下げておく。
だが、それでもマクシムは分からない様子だ。
「100?なんの数字だ?」
「だから私のレベル!マクシムは76でしょ?知らないの?」
「76?……実力を数値で表しているのか。初めて聞いたな」
――初めて?
「100と76か。確かにそれほどの差があったな」
フィセラはもうすでにマクシムの話を聞いていなかった。
――あれ?レベルってあるよね?だって今まで普通に話してきたし…………話はしたことあったっけ?鑑定魔法でレベルを調べることはあったけど、人とレベルの話したこと無い!レベル概念がない世界ってこと?でも普通に鑑定魔法使えるしな~。知らないだけ?とりあえず……黙っとこ。
マクシムは、コロコロと表情を変えるフィセラを眺めていた。
歪められた鎧を緩めていると、いつの間にかデッラが隣に立っていた。
「強いな。あれでは、竜さえ相手にならないのではないか?」
デッラが声をかけるが、マクシムは答えない。
「強者と言えばニコラの顔が浮かぶのだが、これからはその顔が変わりそうだ」
「やめておけ」
マクシムはそう言いながら剣を鞘から引き抜いた。よく見なければ分からないが、薄っすらヒビが入り少し欠けていた。
どの攻撃でそうなったかも分かっていた。最後の一撃だ。
「強さと言える領域を超えている。あれは、人の域にいない怪物だ」
「フィセラ様。あなたなら白銀竜の討伐も可能でしょう。あなたの言葉を信じますが、我々には任務があります」
討伐隊の面々はずいぶん落ち着いた表情を浮かべている。フィセラを怪しんだりせず、緊張もなくなっていた。
「このまま帰るわけにはいきません。竜の死体や戦利品、戦闘跡など確認しなくては、討伐されたと報告をできないのです」
「案内しろってこと?」
「……よろしければ」
デッラは腰を折り、頭を下げた。
「分かったわ。じゃあ行きましょ!」
想像していたものとは違う、軽快な返事にデッラは驚いた。だが、変につつく必要はない。
「ありがとうございます。フィセラ様」
討伐隊を引き連れながらフィセラは先頭を歩いていく。その後ろにデッラ、次に灰の獣槍のメンバーが続いている。
そして、少し離れるようにアッシュとマクシムが殿を務めていた。
「あれは絶対に冒険者ではないぞ。何者だ?」
「あの戦闘で分かると思うか?俺には怪物だということしか分からなかった」
「竜の死体を確認するのはいいが、その後にあれと戦うことになっても手は貸さんぞ」
「さっき手合わせ願うとか言っていただろうが、怖気づいたのか?」
「優秀な冒険者は戦う相手を選ぶものだ」
「勝てねぇと悟ったんだろ」
アッシュは小言を言ってくるマクシムを無視して部下に声をかけた。
二人の所まで下がって来たのは、さっきの魔術師の女だ。名はアーレ。
「アーレ。前に行って、奴と話してこい。正体を探ってくるんだ」
「え!私がですか?何を話せばいいんですか?」
「何でもいい!行ってこい!」
アーレはキャスケット帽子が落ちないよう片手で押さえながら列の前へ走っていった。
そしてすぐ戻って来た。
「何してるんだ?話は」
「あの~、転生者らしいですよ」
「は?」
アッシュとマクシムは揃って間抜けな声を出した。
そんなたわいのなくない話をしながら、一行は順調に森を進んでいき、ついに大山の麓まで来ていた。
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