はじめての村に到着(4)

 フィセラが集会場の前でぶつぶつとぼやいていた。

「矢をうった後に、降参されても仕方ないよね。いきなり止められるわけないじゃん」

 投降した男を殺してしまったことで、少し心が痛んでいたようだ。


 私は悪くない運が悪かっただけ、と割り切り始めていたところに村長が物陰から歩いてくる。

「もう終わったのですか?さすがですね」

「……まあね」


 尊敬できる人間には敬語を使うが村長は昨日初めて会っただけの人間だ。

 どのような人なのか見極める必要がある。それまで、彼女は遠慮なく素で会話するだろう。


 フィセラが調子の悪そうな返事をすると、村長が何かを察した。

「ま、まあ、盗賊は信用ならないですから、今の男もフィセラ様を油断させるために演技をしていたのかもしれません」

 おそらく、男を射殺すところ見ていたのだろう。

 気にする必要はないと慰めているようだ。

「はぁ~。別に、気にしてないよ。大丈夫」

 よかった、と言いながら村長は男の死体を見ている。少しバツが悪そうだ。


 対してフィセラはもう揺るがない。


 道端に転がっている死体には、もはや蟻ほどの興味も湧かなかった。

「どっちにしろ、皆殺しでしょ」


「え?」

 村長はとても冷たい何かをフィセラに感じた。

 今までとは全く違う気配を彼女に感じて振り返るが、その気配はすでに消えていた。


「それより……これでファーストクエスト完了だね」

 村長からの依頼は2つ。

 村に居座る盗賊と街道沿いの森に潜む盗賊の盗伐。

 そのうちの1つ目の仕事を終えたのだ。

 「ふぁーす……?とりあえず、村にいた盗賊が全員いるか私が確認してきます。少しお待ちください」

 村長はフィセラを外に残して集会場の中へ入っていく。


 村長は村にいる盗賊の顔を覚えているようなので、確認役は彼にしかできない。

 直前の話し合いでそう決めていた。

 外に残されたフィセラは、その話し合いで言われたことを思い出す。


 「集会場の奥、裏手から入れる部屋なら人目に付かず侵入できるでしょう」


 正面から入るのは危険だと言う村長に従って、フィセラは裏の窓から侵入したのだが。

 ――誰もいないって言ってたのに普通に人いたんだけど!?それで驚いて、寝てる人踏んじゃったんだからね。

 話し合いによって村長は待機となっていたが、正面から逃げる者がいないように見張っていると意気込んでいた。

 ――ていうか、村長出て来るの遅くない?逃げた男は村長が捕まえればよかったのに。

 一人で戦うと言った手前、直接文句は言えない。

 今は黙って村長の確認が終わるのを持つ。

 村の盗賊に生き残りがいた場合、街道の盗賊たちに知らされてしまう。

 他の仲間と共にここに攻められることがあれば危険が増す、戦闘後の確認も重要な仕事だ。


 フィセラが早朝の冷たい風に当たっていると、中で村長が何かを吐いている音が聞こえる。

 「死体を数える」ことに気持ちが悪くなったのだろう。

 村長の歳なら死体を始めて見たというわけではないだろうが、殺された死体の山は初めて目にしたのかもしれない。

 そんな村長の事態にフィセラは微動だにしなかった。

 フィセラには自分で作った死体を見にいく趣味はないし、緊急事態というわけでもないことは音で分かる。

 助ける必要は無さそうなので、村長を無視して外で待つことを決める。

 

 それからすぐ後。

 まだ集会場から村長が出てくる前に、村の住人が少しずつ集まってきていた。

 最後の盗賊の叫びを聞いていたのか、元から集会場を気にしていたのかは分からないが、10人以上が武器を持って近づいてくる。

 武器と言っても剣や槍を持っている者はいない。

 ほとんどが農具を代わりに使っている。一人は手斧を持っているが、薪割り用のものだろう。

 フィセラは落ち着いて村人を見ながら、考えていた。


 武器と言えるものが無くても、これほどの用意ができるなら村人だけでも盗賊を退治できたのではないだろうか。

 戦闘経験がなくても、数人の犠牲で終わらせられただろうに。

 ――いや、無いのは、殺人の経験か。

 フィセラを警戒しているようで、遠巻きだが囲むように動こうとする。

 だが、動きはぎこちなく、手の震えが隠せていない。

 これが普通だ。異常だったのは……。

 ――あ!経験ないのは私もか。あれ?私、人を殺したんだよね。なんだか、何も感じないけど……。


 たとえ相手が悪人だろうと人を殺したことに何らかの葛藤を感じるのが普通だろう。

 今のフィセラはそれが一切ないことに戸惑いを感じていた。

 自分がおかしいのか、それともおかしくなってしまったのか。

 ――うん!さっきは弓矢で殺したからかな。ナイフとかだと人を刺した感触が残るとか聞いたことあるし。矢を打つだけじゃ実感湧かないんだね。

 無理やりではあるが、フィセラは納得したように手を叩いた。


 フィセラはすでに村人に囲まれてしまっているが、彼らが襲ってくる気配はない。

 村長が来たら任せようと考え完全な待ちの姿勢で、余裕の表情だ。

 彼女が突然手をたたいたため周りの村人が驚いていたが、彼女には見えていなかった。

 フィセラの悩みが解決した時、ちょうど村長が集会場から出て来た。

 よほど死体に参ったのだろう。10年分は年老いたかのようにやつれている。


 集まっていた村人の半分ほどが、何があったのか聞こうと駆け寄る。

 偶然、扉の隙間から盗賊の死体を目にしてしまった比較的若い男が小さく悲鳴を上げていた。


 一方、盗賊の仲間と思われているのか、フィセラの包囲は続いており村長が現れたことで村人にも勇気が出たようだ。

「おい!お前は動くな!絶対に動くんじゃないぞ!」

 背の低い男が声を荒げるが、すぐに村長が止める。

「やめるんだ!彼女は違う」

 全員の視線が村長に集まった。

「彼女は……私が呼んだ冒険者だ。彼女が盗賊を倒してくれたのだ。奴らはもう村にいない。皆、落ち着くんだ」

 村人の体から力が抜け、ゆっくりと

 いきなり、盗賊の支配が終わったと言われてもすぐに理解できない者もいるだろう。

 放心している者や村長に何があったのか聞こうとする者。

 フィセラのもとには3人ほどが涙ながら感謝を伝えている。

 よく来てくれた、ありがとうと口々に言っている。

 フィセラが数人と握手をしていると、村長の声が聞こえた。


 村長は彼のもとに集まっていた人たちから質問攻めにあっているようだ。

「詳しい話はあとだ。私たちは街道の方にいる盗賊を討伐しなくちゃいけないんだ」

 その通り。

 街道にはまだ盗賊が残っている。

 村長はこの騒ぎを早々と切り上げて、次の仕事に臨みたいのだろう。

 だが、村人たちも気になることがある。

 自分の村、家族の命がかかっているのだから当然だ。


「街道?彼女は街から来たんだろ?先に村へ来たのか?」「冒険者は彼女一人なのか?さすがにそれでは……」「次は俺も戦うぞ。ついて行かせてくれ」

 村長の静止を聞かずに自由に話してしまっている。

「だから、後にしろと言っているだろう!戦いも彼女の邪魔になる。みんなはここにいてくれ!」


 ――これまだやるのかな?めんどくさ。

 フィセラは気だるげな様子で、村長を囲む村人たちに近づいていく。

「ねえ。ちょっといい?」


 盗賊を無傷で殺せるような強者の言葉には、さすがの村人たちも耳を傾ける。


 いきなりみんなが黙ってしまったので、フィセラが逆にあとずさりしてしまう。


 村長を助けようと前に出たが、思い返すと人前で話す経験なんてほとんどなかった。

 ギルドリーダーではあるが、会議があっても最後に「それいいね」しか言ったことがない。


「あ~、私は盗賊討伐の依頼を受けてここに来たの。ここで話し合うだけで解決するならいいけど、まだ盗賊が残ってるんだから、時間を無駄になんてしたくない。……あなた達、依頼の邪魔したいの?」

 村人は、淡々と話すフィセラに押され強者の圧に怯えてしまっている。

 先ほど集会場の中をのぞいてしまっていた若い男はもはや涙目で、小さくつぶやいていた。

「すみません」


 ――なんかすごい上から言っちゃたけど、村を守りに来た立場だからね。胸を張らなくちゃ。

「私は強いから、盗賊なんて敵にならない。だけど、人数がいたら逃がしちゃうかもしれない。離れたところで村に盗賊が逃げてこないように見ていてくれる人が必要なんだけど、3人ぐらい……いてくれたら助かるなあ」

 かなりわざとらしい振りだ。

 数名がフィセラの意図を察してくれたようで、やる気をたぎらせていた男が手伝わせてほしいと言ってくれた。先ほど動くなと声を張っていた男も手を挙げている。

 村長も落ち着きを取り戻しているようで、問題なさそうだ。


 ――ふぅー。全部任せろって言っても心配だよね。これでなんとかまとまったかな。

 村長はフィセラに頭を下げる。お礼を言いたいのだろう。

「では、わたしとこの二人が街道まで案内いたします。街道沿いの森の近くに行くまで20分ほどですが、何か準備は必要ですかな?」

「いや、いらないよ。すぐ行こう」

 フィセラの堂々とした態度に他の村人から感嘆の声が上がる。


 頑張ってくれ、気を付けてください、と周りにいた村人が道を歩く彼女に手を伸ばしながら声をかける。


 まるで英雄の出立だ。悪い気はしない。

 フィセラは射殺した男の横を通りながら、ご満悦の顔だ。

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