人質皇女は敵国でのびのび青春を謳歌する

アソビのココロ

第1話

 ――――――――――ナッセル国王セオドリック視点。 


 我が国ナッセル王国とカッサルース皇国との間の小競り合いは、ナッセル優勢の内に終結した。

 単純な国力比較では敵国カッサルースの方が上だ。

 局地戦の優勢を、情報と外交で勝利に結びつけたに過ぎない。

 カッサルースは和平のしるしとして、人質に末の皇女スズを寄越したが……。


「じゃあ皇女であることは間違いないんだな?」

「少なくともカッサルース皇国がそう認知しているのは間違いないです」


 副官アルスの報告に頷く。

 まあカッサルース皇家に多い紫瞳の姫であの愛らしさだ。

 確認させるまでもないとは思ったが。


「しかし皇女と認知されたのは我が国に送られる一日前ですな」

「は? どういうことだ?」

「母親が平民なのですよ。おまけにその母を失って、市井の孤児院で育てられていました」

「こ、孤児院?」

「ごく短期間ですがね」


 唖然とした。

 カッサルースが平民同然の孤児を送り付けてきたからではない。

 皇女スズの素性についてだ。

 いや、ナッセル王たるオレを前にして堂々たる振る舞い、あれは平民孤児の所作ではないと思うが。

 となると母親もただの平民ではなく、上流階級の出身?

 当然か、皇王の手付きとなるんだものな。


「つまりおそらく皇王自身も見たことがないような娘を、皇女に仕立てて送ってきたのか」

「人質の価値としてはゼロですね」

「俺が癇癪を起こして平民皇女を斬り捨てでもしたら、非を鳴らして復讐戦を起こすつもりだな?」

「人質の皇女を斬ったとあれば、情報戦で不利になりますね。外国の助力を期待できなくなりますが、どうされます?」


 様々な手が考えられるな。

 皇女スズを普通に飼い殺してもよし。

 皇女であると大々的に宣伝し、ナッセル及びカッサルース両国内の反応を見るのもいい。

 オレとしては送り返して、もう少し役に立つ皇子皇女を寄越せって、ストレートに挑発するのが好みではある。

 しかし……。


「スズ皇女、えらく出来がよくないか?」

「自分もそう思います。物怖じしない本人の資質もあるのでしょうが、母御の仕込みがいいのでしょうな」

「うむ」


 度胸はあるし器量よしだし、受け答えがしっかりしている。

 そして皇王に捨てられたのだろう母が、カッサルース皇家にいい感情を持っていたはずがない。

 ならば……。


「我が国に有用な人材として育てよう」

「賛成です」


 カッサルースはスズ皇女を使い捨てることしか考えてないのかもしれない。

 が、カッサルース皇国が認知しているのだ。

 つまりスズ皇女は皇位継承権を持つ。

 利用価値はある。


「スズ皇女の年齢は、クラレンス王子の一つ下ですよ」

「ふむ、一緒に教育するといいかもしれんな」


 クラレンスも甘やかされてるところがあるからな。

 二人で勉強させれば、相乗効果があるかもしれん。

 名案だ。


「よし、二人をともに学ばせる方向で進めろ」

「了解です」


          ◇


 ――――――――――クラレンス第一王子視点。


「でんか、おはよう!」

「ああ、姫。おはよう」

「ひめとかはずかしいのじゃ。スズでいいのじゃ」


 一ヶ月ほど前から、隣国カッサルース皇国のスズ姫と一緒に勉強している。

 スズ姫は目がパッチリしていてとても可愛らしい。

 その紫の瞳には吸い込まれるような魅力がある。


「そうだったね、スズちゃん」

「えへへ、きょうもがんばるのじゃ!」


 スズ姫は僕より一つ年下の六歳。

 複雑な生まれのため、カッサルース皇国では重んじられていなかったそうだ。

 どうしてかなあ?

 明るくて元気で可愛いスズ姫は、ナッセルの王宮では人気者なのに。


「スズちゃんはすごいなあ」

「なにがじゃ?」

「すぐ字を覚えちゃったでしょう?」


 先生もコクコク頷いている。

 スズ姫の言葉遣いはしっかりはっきりしているけれど、文字の読み書きは一ヶ月前までできなかった。

 でもすぐに覚えて、今は綺麗な字を書けるように努力している。


 読み書きだけじゃない。

 地理に興味があるみたいで、じーっと地図を見ながら、先生に質問してたりする。

 僕は問題がわからなかった時しか、先生に聞いたことないのになあ。


 ナッセル王である父上が言っていた。


『スズ皇女を年下と侮るでないぞ。クラレンスも負けぬよう努力するのだ』


 王である父上にこう言わせるくらいだ。

 スズ姫はやっぱり優秀なんだなあ。


 スズ姫が来るまで、自分がどれくらいできているかできていないのか、よくわからなかった。

 比べる対象がなかったから。

 先生によくやっていますよとは言われていたけど。

 でもスズ姫は見るからにすごいと思うもの。

 勝てないなあ。


 スズ姫が言う。


「すごいのはでんかなのじゃ」

「えっ?」


 僕がすごい?

 スズ姫には敵わないんじゃないかな?


「でんかはいつもほめてくれるのじゃ。やるきになるのじゃ!」


 思わぬことを言われた。

 他人を褒めるのはいいことなのかな?


「わらわはできないことがあると、きーっとなってしまうのじゃ。でんかはいつもやさしいであろ?」

「そうかも」

「ねばりづよくべんきょうをすすめるのもえらいのじゃ」


 一発でできないからじゃないのかなあ?

 でもスズ姫に認めてもらえるのは嬉しいな。

 あれ、先生も微笑んでいる。

 じゃあスズ姫が言ってたことは、僕の長所なのか。


「スズちゃん、ありがとう」

「うむ、ぜんしゅうちゅうじゃ」


          ◇


 ――――――――――国王セオドリック視点。


「スズ皇女と机を並べて勉強するようになって以来、クラレンス殿下の学習過程の進捗が捗っているようです」

「うむ、俺もそう聞いている」


 スズ皇女とともに学ばせたのは正解だったな。


「陛下は何故クラレンス殿下の学力が伸びているか、御存じで?」


 何故、だと?

 

「アルス、どういう意味だ?」

「理由があるんですよ」

「生来のんびりしているクラレンスが、少々負けず嫌いになったということではなくてか?」

「違います」

「では、スズ皇女にいいところを見せようとしているのか?」

「でもありません」


 他に理由なんか考えられんが。


「教育係によると、クラレンス殿下の視野が広がってるのではないか、とのことなのですよ」

「ほう?」

「知識や技能というものは、焦ってもサボっても身に付かないものでありましょう?」

「それはそうだな」

「客観的に自分を育てる視点を持ったといいますか」


 自分の能力を見極めて、効率的に物事を習得するポイントを見極めたということか?

 達人レベルではないか。


「……本当なのか? 我が子ながらクラレンスがそう優れた器だと思えん」

「スズ皇女の言葉に思うところがあったようなのです」

「スズ皇女の?」

「優しいのよく褒めてくれるの我慢強いのと、スズ皇女が持ち上げるんだそうです。だからクラレンス殿下が自分の長所に気付いたのではないかと」


 才気を輝かせるのではなく、実直に黙々と物事を進められるのが長所ということか?

 いや、他人をうまく褒めることは王に必要な資質だな。

 スズ皇女の広い視野が、クラレンスの視野をも広くしたということだろうか。

 そこまでは全然期待してなかったことだ。

 教育係も果たして理解していたことだったろうか?


「ふうむ、スズ皇女の影響が良い方向で出ていることはわかった」

「ええ、期待以上です」

「スズ皇女自身はどうなのだ?」

「これまで母御と、そして母御を亡くしてからは孤児院の大人からしか教わることがなかったそうで。もう好奇心旺盛に何でもかんでも吸収しようとしているそうです」

「期待通りだな。どんどん仕込んでやれ」

「ついては教育係から要望が出ているのです」

「む、何だ?」


 スズ皇女の学びたい希望があって、ということか?


「魔法の教師を手配してくれと」

「魔法だと?」


 魔法は魔素を扱う特殊な技術だ。

 誰もが使えるようになる可能性こそあるが、個人の資質が重要だとも言う。


「スズ皇女がぜひとも習いたいと言っているそうで」

「面白いかもしれんな。魔法は幼い頃から習うと上達すると聞いたことがある」

「関連することなのですが、スズ皇女の母御について」

「何かわかったか?」


 あれほどの素質を見せ付けてくる少女だ。

 母親の素性は気になる。


「宮廷魔導士でした」

「女性のか? 珍しいな」

「まとめさせた報告書です」


 何々?

 どこぞの伯爵家の息女で、父の後妻に虐められ家を出た。

 苦学して宮廷魔道士に、か。


「母御は平民ということだったが、元々貴族なんじゃないか」

「はい」

「母御の薫陶で、スズ皇女の堂々とした所作があるわけだな?」


 さらに母御の宮廷魔道士が務まるほどの才覚と、皇王に見初められるだけの美貌を受け継いでいる?

 スズ皇女は結構な拾いものだな。


「……母御の出身の伯爵家は、どうして娘をそれなりの家に嫁がせるなりスズ皇女を引き取るなりしなかったんだろうな?」

「伯爵の後妻の悋気が尋常じゃなかったのでしょうな」

「どうせ皇家も母御を無視したんだろう? 有能な人材を救わぬとはな」


 げに恐ろしきは女の恨み。

 おかげでスズ皇女が我がナッセルに転がり込んできたわけだが。


「ナッセルではスズ皇女を大事にしよう」

「スズ皇女は母御の持っていなかった運を持っている可能性がありますね」

「む? 面白い視点だな」


          ◇


 ――――――――――クラレンス第一王子視点。


 スズ姫は本当にすごい。


「まほうはとてもべんりなのじゃ。みなもおぼえるといいのじゃ」


 魔法を使える者がほとんどいないのは、魔素の認識と魔法の組み立てに必要な魔術語の文法がとても難しいせいだ。

 もっと言うと、魔法使い達が身に付けた深奥を誰にも話さないで秘密にしているから。


 スズ姫はどうか?


「まそはわかるのじゃ。かかさまにおしえてもらったから」


 これにはおそらく魔道理論だけ教えに来た魔法の先生もビックリしていた。

 そしてスズ姫がお母さんに教わったという、魔素を認識させる方法というのが独特だった。

 術者が被術者に魔素を流して自覚させる手法だ。


「そんな方法があるなら、多くの魔法使いがいる世の中になるのでは?」

「いえ、殿下。ムリだと思われます」


 魔素を流し込む術者と受け手の被術者に、かなりの魔力差がないといけないそうだ。

 言われてみれば当たり前だった。

 それに魔術語の文法の難しさ自体は変わらない。


「しかしおそらく現在のスズ姫様の魔力量は、それがしよりも多いのではないでしょうか?」

「うむ、かかさまはまいにちからだのなかのまそをうねうねしていると、まりょくはふえるとおしえてくれたのだ」

「スズちゃん。僕にも魔素を教えてくれない?」

「やってみるのじゃ」


 スズ姫と両手を繋ぐ。

 ドキドキするなあ。


「……ていこうがつよいのじゃ」

「そうなの?」

「もっとちからをいれてみるのじゃ」


 眉毛にぐっと力を入れるスズ姫。

 すごく可愛いなあ。

 ……ん?


「……何かおへその辺りがムズムズする気がする」

「それじゃ!」

「それですぞ!」


 これが身体の中の魔素なのか。

 くすぐったい感じ。


「でんか、それをまいにちかかさずいじくるのじゃ」

「魔力は成長期の伸びが著しいと言われていますぞ」

「えっ? でも魔素がわかっているだけじゃ、魔法は使えないでしょ?」

「魔道理論ならお任せを!」

「どりょくとこんじょうなのじゃ!」


 スズ姫が熱血なのはわかってたけど、魔法学の先生まで!

 いや、魔素の認識ができたのなら、魔術語の習得は魔法学の先生に教えてもらえば可能なのかな?

 せっかくだから僕もコツコツ覚えてみよう。


          ◇


 ――――――――――国王セオドリック視点。


 スズ皇女を受け入れてから四年。

 ナッセル王国にドラスティックな変革が起こりつつある。


「魔法、か……」

「驚くべきことですよね」


 全てはスズ皇女の、魔法を学びたいという希望から始まった。

 魔素を認識させる画期的な方法をスズ皇女自身に教えられ、また魔力量の多い皇女自身が主導して広めた。

 また魔法使い達とスズ皇女が中心となり、わかりやすい魔道理論と魔術語習得のための初級テキストが出版された。


「我がナッセルには国主導の魔道関係の組織がないであろう?」

「人材がいませんでしたからね」

「スズ皇女は一〇歳にして世界有数の魔法の使い手だろうと聞いた」

「魔力量に至っては世界一じゃないかって話ですよ」

「……カッサルース皇国は、スズ皇女のことを覚えてると思うか?」

「ハハッ、どうでしょう?」


 最近またカッサルースとの関係が悪化している。

 一方でカッサルースからスズ皇女についての問い合わせはない。


「優秀な人材を蔑ろにするカッサルースはバカだろ」

「まあ小さな少女を人材と言われても、ということはあったと思いますよ」

「一回会えば聡い子だってわかるだろう。しかも皇女だぞ? どれだけ無視されてたんだと思ったわ」


 まあナッセルにとっては重畳だった。


「来年にはスズ皇女も王立アカデミーに入学なんでしょう?」

「ああ、そうだな」


 来年からアカデミーでの魔法学の講義も始まる。

 今年入学だったクラレンスは残念そうだったが、もう魔法は使えるからいいだろうが。


「自分も魔法を覚えたくなりましたよ」

「ハハッ、アルス。衛生兵の回復魔法教育はどれくらい進んでる?」

「まだまだですね。二年はかかるんじゃないでしょうか?」

「そうか」


 おそらく遠くない未来に、カッサルースと再戦になるだろう。

 兵の数は少なくとも、ナッセル兵の精強さはカッサルースより上だ。

 回復魔法を使える衛生兵部隊が実現したら、援軍なしでも互角以上に戦える。


「我が国の魔法教育が進めば、カッサルースも手を出してこないと思いますよ」

「普通ならな。しかしちょっかいかけてくるのはやつらだぞ?」


 バカだからだ。

 どうせ我が国にロクな諜者を送り込んでないに違いない。


「時間が経てば経つほど、我が国に有利になる状況です」

「わかってる」

「外交に力入れてくださいよ」


 どこまで辛抱できるか、だな。

 最低二年は……。


          ◇


 ――――――――――さらに四年後。クラレンス視点。


『すべからく王とは、民を貴ぶべきなのじゃ!』


 カッサルース皇国の王宮バルコニーから、拡声の魔道具に乗せたスズ姫の声が響く。

 群集から賛意のざわめきが起きた。


 カッサルースはナッセルに攻めてきた。

 簡単に言えば、税金を高くするしか能がない皇家に、諸侯も市民も不満だった。

 不満を外に向けるためにナッセルを標的にしたんだって。

 迷惑な話だなあ。


 皇家はカッサルースの方が人口が多いから簡単に勝てると思ってたみたいだけど、ナッセルは魔道で強化されてるんだよ?

 皇家に不満があったり、独自にナッセルの情報を得ていたりしていた貴族は、サボタージュして兵を出さなかったし。

 何よりカッサルースの皇位継承権を持つスズ姫が、ナッセル軍の逆侵攻に従軍。

 祝福・結界・回復の魔法で大活躍して無敵の進撃だったよ。

 おまけにケガした敵兵まで治して味方に付けて。

 皇女で気さくで美人のスズ姫は大人気だった。


『……カッサルース第六皇女スズがここに宣言する! カッサルースとナッセルは合併し、平和を希求する新王国になるのじゃ!』


 とは言っているけど、もう領主貴族には根回し済みだ。

 特にナッセルの逆侵攻に反抗しなかった貴族には、皇家の直轄領から加増する予定だからホクホク。

 ナッセルの支配に不満がある貴族を通報してくれることになってるの。


『最後に皆の者に紹介しておく。わらわの婚約者、ナッセル王国の第一王子クラレンス殿下じゃ。よろしくの』


 手を振って群衆に挨拶。

 でもなあ。

 僕よりスズ姫の存在感の方がずっと上なんだよなあ。


 形の上では合併と言っても、事実上ナッセルがカッサルースを併合することになる。

 でもカッサルースの皇女スズ姫の方が僕よりずっと目立つから、皇国の人もナッセルの風下に立つ気にはならないんじゃないの?

 うまい方法だなあ。


「殿下」

「うん」


 手に手を取って万歳する。

 すごい拍手に気分が高揚する。

 さて、退場だな。


「わらわはカッサルースに生まれ、ナッセルで育って幸せなのじゃ」

「僕もスズちゃんが婚約者なんて幸せだよ」

「殿下も言うのお」


 ハハッ、赤くなったスズ姫も可愛いな。


「まだわらわはアカデミー卒業まで四年も残っているからの」

「うん、四年は婚約者として仲良くしようということだね」

「違うのじゃ! 将来の統治者としてしっかり学ぼうということなのじゃ!」


 本当に可愛い。

 あっ、父上の副官アルスさんも笑ってる。

 父上に変な報告をして欲しくないなあ。


 スズ姫と見つめ合う。

 本当に吸い込まれそうな紫の瞳だ。

 僕はスズ姫みたいな天才じゃない。

 でもスズ姫の婚約者として、将来の王として、全てを包む存在であらねばならない。


 僕もアカデミー卒業まで三年、そしてスズ姫との結婚までまだ四年ある。

 自身の成長も大事だけど、スズ姫も大事なんだよ。


「手を放してくれないのかの?」

「もう少しこのままで」


 恥ずかしそうに頷くスズ姫。

 ともに歩んでいこうね。

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