34
グランオーガから、それなりに離れた場所で下ろされたクミルは、ワッツに言ったように、早速住民たちの避難を最優先として行動することにした。
避難誘導をしている『探求者』たちも、領主の娘が手伝いに来てくれたことで、幾人かを消火に回すことができて喜んでいる。
「メリル、あなたは子供やお年寄りを優先して避難させなさい!」
「お、お嬢様は?」
「アタシは、この騒ぎで怪我を負った人がいないか見て回るわ。もしいれば避難場所まで運ぶつもりよ」
「お、お一人で大丈夫ですか?」
「こう見えても『霊道士』なのよ。それに、領主の娘として最善を尽くしたいの」
「お嬢様……はい、分かりました! どうか、お気をつけてください!」
「ええ、あなたもね!」
メリルを送り出し一人になったクミルは、誰かいないか声を出しながら周囲を確認していく。
その途中で、路地から出てくる親子と男性に遭遇した。どうやら避難してきたようだ。
「アナタたち、大丈夫?」
「あっ、これはクミル様! はい、この者たちも無事です!」
「アナタ、腕を怪我してるじゃない!」
逞しい身体つきから、恐らく男性は『探求者』なのだろうが、右腕に浅くない怪我を負っていた。
「はは、面目ありません」
「そんな怪我で、よく住民を守ってくれたわね。領主に成り代わり礼を言うわ」
「い、いえ! それに、この怪我で済んだのも、こうしてこちらの方々を守れたのもワッツのお蔭なんで」
「ワッツ? 今ワッツって言った?」
そこで男性から、間一髪のところをワッツに救われたことを聞いた。
(そっか。アイツもこの街のために頑張ってくれてるのね)
だからこそ、彼に恥じない行動をしなければと、改めて力が入る。
「このまま真っ直ぐ行けば、避難場所まで行けるわ」
「クミル様は?」
「アタシはもう少しここを確認して回るつもりよ。怪我をして動けなくなってる人もいるかもしれないし。だからアナタはそこの親子を避難場所まできっちり守ってあげて」
「っ……ご武運を」
そう言いながら三人を見送り、再び探索へと出る。
どうやらワッツのお蔭で、大分被害が抑えられているようだ。多くの民も、『探求者』たちによって避難できているらしい。これだけ見回っても、助けを求めている者と遭遇しないということは、全員無事に逃げられたのだろう。
(じゃあそろそろアタシも避難場所へ――)
そう思ったその時、前方に人影を発見する。
そこには、倒壊した建物の傍で声を上げている者がいた。
「おいっ! しっかりしろ! 起きろバカッ!」
よく見ると少年が二人いて、一人は瓦礫に下半身を下敷きにされており、その少年を救うために、もう一人が腕を引っ張り上げようとしている。ただ、助け出されようとしている少年は、意識を失っているのか反応が無い。
クミルは、その少年たちの傍に立つ半壊状態の建物を見て眉をひそめる。
(まずいわね、あのままだと建物が崩壊しかねないわ!)
そうなれば、二人ともが瓦礫の下敷きになり、間違いなく助からないだろう。
「……っ、……ぁ? あ、あれ……リド?」
意識を回復させた少年を見て、リドと呼ばれた少年がホッとした表情を浮かべるが、すぐに怒鳴るように言い放つ。
「やっと起きたか、このバカジニー! こっから早く抜け出すぞ!」
気絶していた少年の名は――ジニ―。
何を隠そう、この二人こそ、クミルやワッツと敵対していたモイズの取り巻きだったのだ。
そんな奴らだと、遠目ながらようやく気付いたクミルは、若干複雑な思いが過ぎるが、すぐにその考えを頭を振って捨て去る。
彼らもまた、この街の住民で、領主の娘として守るべき存在なのだ。
(きっとお父様ならこういう時、どんな人でも助けるはずよ。それに……ワッツだって)
一度決めたらクミルの行動は早い。さっそく彼らを助けようと、一歩踏み出したが――。
直後に、彼らの前方の建物がぐらつき、音を立てて建物が崩壊し、その瓦礫が彼らの頭上から降り注いできた。
「「え……うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」
突然のことで、叫ぶことしかできないリドたち。
クミルはすぐに駆け出すが、かなり距離があるため、このままだと間に合わない。
(ダメッ! 届かない……っ!?)
手を伸ばすものの目標は遥か先。今の速度では、どう足掻いたところで、彼らを救うことはできなかった。
そんな絶望が脳裏を支配しようとしたその時、クミルの中で〝ワッツなら〟という思考が生まれた。彼なら、たとえこれほどの距離があっても、絶対に二人を助け出すはず。
そう考えた瞬間、ある光景がフラッシュバックした。
それは、奇しくも今死を迎えようとしている彼らと、少し前に遭遇した時のこと。
ブチ切れたモイズが暴力に出ようとしたが、ワッツが一瞬にしてモイズの背後へと移動し無力化した。あの時にワッツが見せた動き。それがクミルの魂に強い輝きを与えた。
(……そうよ、あの時……ワッツはこうして――)
それはほとんど反射的な行為だった。
クミルは霊気を脚部に集束し、力一杯、大地を蹴った。すると、それまで見せていたクミルのスピードとは比べ物にならないほどの速さが生まれ、瞬時にして距離を潰すことに成功したのである。
――《疾駆》――
ワッツが会得している基本的な
そしてクミルは、そのままの勢いで跳び上がり、リドたちの頭上に浮かんでいる瓦礫に向かって、今度は霊気を右手に集束した状態で殴りつけた。
――バキィィィッ!
けたたましい破壊音とともに、瓦礫が粉砕し小粒となって、リドたちへと降り注ぐ。そうして、彼らの危機を救ったのである。
地上に降り立ったクミルは、気づけば肩で息をしながらも、不可思議な自分の感覚に戸惑っていた。
(い、今アタシ……ワッツみたいに……できた?)
意識的に行ったというよりは、本能がクミルの潜在能力を引き出した感じだった。だからこそ、実感こそ少ないものの、それでもクミルは自分の力で二つの命を救えた事実に胸が高鳴っていた。
「そ、そうだわ! そこの二人! いつまでもぼーっとしてないで、さっさと避難するわよ! アタシも手伝うから早くしなさい!」
「「……! へ、へいっ、姐さんっ!」」
そうして、クミルはリドと一緒にジニーを瓦礫から連れ出し、そのまま三人で避難場所へと向かう。
(ワッツ、アタシにできることはやったわ。あとは……頼むわね!)
きっと彼なら、と信頼できるワッツにすべてを託す。
その表情は、どこか自信に満ちているような雰囲気を漂わせていた。
今日のこの一件が、クミルの大きな成長になったのは言うまでもない。
今、クミルが見せた動きこそ、後に攻撃も防御も万能にこなす稀有な人材で重宝される、原作ヒロインとしての片鱗だった。
そして、ここからクミルは原作とは大きく異なり、凄まじいスピードで成長していくのである。
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