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(母上の名前を知ってる? 一体何者だ? いや、待てよ……この声って……!)


 『霊剣伝説』の人気の一つとして、有名声優の起用があった。誰もが知っている可愛い、あるいはカッコ良い声を担当する声優が、主人公やヒロインたちに当てられたのだ。


 ワッツの成人した声も、クール役で主役も悪役も最高にこなす人が担当した。そう思えば、成長したらあの声になるかと思うと嬉しい。


 そして、今聞こえてきた声音もまた、どこかで聞いた覚えがあった。

 その女性がおもむろにフードを取り素顔を見せる。


(……あっ!?)


 その顔を見て、ワッツは点と点が繋がった感覚を得た。


「もう、遅いわよ――ルーシア」


 ワッツの原作知識に、その名はあった。


 ルーシア・エンデルテ――ゲームでも大いに活躍するキャラクターだが、まさかラーティアと面識があったとは初耳で驚愕している。


 何せ、彼女は主人公側に立ち、彼らの師匠のような存在なのだ。

 世界的にも有名な『探求者』であり、二つ名まで持つ人気のキャラである。

 特に彼女を表す特徴としては、その頭からピョコンと生えている〝長い耳〟であろう。


「んなこと言うなよ、こっちだってこの雨の中、必死にお前の気配を探ってたんだぞ……って、お前その傷!?」

「はは……ちょっと追っ手に、ね」

「何!? まさかこの近くにまだいるのか!?」


 洞穴の外を睨みつけながら、耳をピクピクと動かしている。


「安心して。追っ手は撒いたから……ね?」


 ね? と言った時に、ワッツの方を見てウィンクをする。ワッツはちょっと照れ臭くて目が泳いだ。


「そ、そうなのか? いや、それよりも手当を、ちょっと見せてみろ」


 そう言いながらラーティアに近づき、傷口をじっくりとルーシアが見つめる。


「……よし、これならどうにかなるな。ジッとしてろよ」


 ルーシアが、腰に携えていたバッグから包帯や治療薬などを取り出して手当てし始める。やはり世界を旅している『探求者』。テキパキと手慣れたものだ。


「ほれ、《増血薬ぞうけつやく》だ。飲んどけ」

「えぇー、これ苦いんだけど……」

「飲め、バカ」

「そうだよ、母上! ちゃんと飲んで!」

「うっ……ワッツまで……分かったわよぉ」


 相当苦いのか、渡された丸薬を口に含んで嫌そうな表情を浮かべるラーティア。

 対して、ルーシアは「ワッツ?」と、ワッツのことを目を細めて見つめてくる。


「なるほど。コイツが手紙に書いていたお前の息子か。確かに真っ赤な髪だ」


 その言葉に、ワッツはビクッとなる。敵意こそ感じないが、やはり思うところがあるのかと不安になった。


「ハハ、そう怯えんな。外見なんてオマケだ。アタシは気にしねえよ」


 屈託のない笑みを浮かべながら、無造作に頭を撫でてきた。


(この人……原作通り、サバサバしてんなぁ)


 この男気溢れる女性キャラが、多くのプライヤーを魅了した。かくいう和村月弥だった自分も、トップクラスに好きなキャラクターである。


「さて、とりあえずしばらく安静にしてな。どうせ外はこんな状況だ。今日はここで休息するぞ」

「ええ、あなたが来てくれたのなら安心よ。本当にありがとう、ルーシア」

「っ……うっせえな。ただ暇だったから来ただけだし」


 頬を染めながらそっぽを向く。


(そうだったそうだった。このテレ顔のギャップが人気の秘密でもあったんだよなぁ)


 まさしくツンデレを表現したような性格をしていて、時折見せる可愛らしいところはグッとくる。


(まあ、実際は〝獣人〟で長寿だから結構長生きしてんだけど)


 見た目は二十代にしか見えないが、これでもラーティアよりも遥か年上だったはず。

 ルーシアは、この世界で獣人と呼ばれ、その中でも『兎人うさぎびと族』という一族に生まれた人物だ。その特徴は、言うまでもなく長耳である。


(うーむ、いつか触らせてもらいたい)


 地球には存在しない人種に初めて遭遇し、かなり興奮しているが、できるだけ顔には出さないようにしておく。


「にしても……」


 ルーシアが、そう呟きながらワッツをジッと見つめてくる。まるで何かを探るような目つきだ。


「……ワッツ、お前……霊気に目覚めてんだな」

「えっ!? 何でそれを……っ!?」


 いきなりの発言が的中したことで驚く。


「だってお前……さっきからソレ、出しっ放しじゃねえか」


 そう言いながら彼女が指を差した先には、先ほどからワッツが出している《霊波翼》があった。思わず「あ……」と漏らしてしまう。


(しまった……消すの忘れてた)


 てっきり敵が来たと思って臨戦態勢だったから。

 ワッツはすぐに翼を消したが、すでに遅し。


「紅い霊気ねぇ……なあラーティア、お前が教えたのか?」

「あー……それについては秘密じゃ……ダメ?」


 ラーティアは、ワッツの気持ちを読んでくれたのか、そうルーシアに提案してくれた。

 ルーシアも、それ以上追及するつもりはないのか、肩を竦め溜息を吐き、「わーったよ」と言ってくれてホッとする。


 それからルーシアが火を焚いてくれて、その周りでワッツとラーティアは身体を寄せ合って休息した。



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