「ほう、見事な太刀筋ですな。それに『霊道士』でもありましたか」


「これでも公爵の侍女に付くまでは〝探求者クエスタ―〟だったのよ」




 『探求者』――分かりやすくいえば冒険家であろうか。未開の土地や遺跡などを探索したり、様々なものの真実を探求する者たち。




 その仕事は多岐に渡り、彼らは《クラン》というそれぞれの組織に所属し、そこに人々から依頼される仕事をこなしたり、自らの趣味や夢を探求するために旅をしたりなど、この世で最も自由な職業とされている。




 ただし、この世界ではモンスターが生息しており、それらの討伐に加え、盗賊や海賊の対処などの危険な仕事も依頼されるために、生存率も一番低い職でもある。


 もちろんその分の見返りは大きく、成功者は地位と名誉だけでなく大金持ちにもなれるので、誰もが一度は憧れるのだ。




 ワッツは、ラーティアがそうだったことに驚きはない。当然知っていたからだ。


 また、『探求者』には相応の強さも求められるので、一般人と比べると十分に戦えることは分かっていた。だが……。




「これは驚いた。ですがね、その錆び付いた腕でどこまでもちますかな?」




 直後、疾風のような動きでラーティアの懐へ入るサイ。慌ててラーティアが、木剣を振るおうとするが、サイの蹴りが一早く突き刺さり、ラーティアが吹き飛ばされてしまう。




「母上っ!?」




 いくら同じ『霊道士』でも、その力量差は一目瞭然。マリスに買われて、ずっと闇の世界で戦ってきたサイと、戦場から遠ざかっていたラーティアとではレベルに差が出てしまっているのは当然だ。




「口ほどにもなりませんね。もう少しやれる方かと期待していましたが」




 転倒したラーティアが、苦悶の表情のまま起き上がり、




「まだこれからよっ!」




 全身で雨を弾きながら、サイへと詰め寄っていく。


 しかし、薙ぎ払うように動かされたラーティアの木剣を、サイは余裕で回避すると、攻撃後の隙を突き、クナイで彼女の右足を切りつけた。




「いぁっ!?」




 凄まじい激痛とともに血飛沫が舞う。ラーティアがその場に崩れる。




「やれやれ、ここまで……でしょうかね。ふむ……このまま殺してもいいんでしょうが。一つ面白い余興を思いつきましたよ」




 すると、サイが一人になったワッツに近づき、その襟首を持ち上げ、首筋にクナイを当ててきた。




「ワッツッ!? その子を放しなさいっ!」




 当然の要求がラーティアから発せられる。




「クク、ワッツ様のお命を助けたいならば、自ら命を絶ってくださいな」




 衝撃の提案がサイから飛ばされてきた。




「母上……俺のことはいいから逃げてください!」




 ワッツはそう叫ぶが、ラーティアはそんなワッツに優しく微笑みかける。




「安心しなさい、ワッツ。あなたは必ず私が守るわ」




 怪我の痛みに耐えながらもラーティアは立ち上がり、何を思ったか、首につけていたネックレスを外すと、それを地面に叩きつけた。


 直後、ネックレスが砕けると同時に、目を開けていられないほどの閃光が迸る。




「ぬぉ!? 一体何――っ!?」




 ワッツの頬に温かいものが飛び散る。それは紛れもなく血液だった。しかしそれはワッツのものでも、ラーティアのものでもない。いつの間にか接近してきていたラーティアが持つクナイによって、右肩を貫かれているサイのものだった。




 あの閃光で、サイが動きを止めた瞬間に、地面に落ちているクナイを拾い上げ近づいたのだろう。 


 痛みと衝撃で、ワッツから手を離したサイから、ラーティアは息子を奪還することに成功した。そして、そのまま全力で離脱するため駆け出していく。




「ぐっ……お、おのれぇぇぇぇっ! たかが平民のくせにぃぃぃぃっ!」




 自分だって、たかが奴隷だと言い返したいところだが、憤怒したサイが、凄まじい形相で追随してくる。


 さすがにワッツを抱えたままのラーティアでは逃げ切れるわけがない。




(……もうすぐだ。そこまで我慢だ)




 ワッツは、ここまでほとんど何もしてこなかった。


 すべては、シナリオの最終局面を改竄するためだけに。




「……っ!? 嘘……橋が……崩れてるっ!?」




 森を抜けて辿り着いた先で、ラーティアは絶望の表情を浮かべる。 


 視線の先、底すら見えないほどの高い崖になっており、ただ一本の橋の残骸だけが確認できた。この暴風で崩れてしまったのだろう。


 さらに崖下は激流になっていて、とてもではないが泳げる速度ではない。




(よし、ここまでは原作通りだ)




 この状況もまた、記憶にあった。そして、ここがワッツが目指した場所である。




「ククク、もう逃げられねえなぁ、クソ平民さんよぉ」 




 口調が驚くほど汚くなっているが、元々あれが本性なのだ。悪人によくある設定である。


 ラーティアは、意を決したようにワッツを地面に置くと、庇うように立って木剣を構えた。




「この子は絶対に殺させないわ! たとえ刺し違えてでも、ここであなたを討つ!」




 勇ましい姿を見せるが、ここまで全力疾走してきたせいもあり、怪我を負った足からは大量に出血。また寒さからか、全身も震えてしまっている。とてもではないがまともに戦える身体ではない。




「ククク、いいだろう。なら冥途の土産に、この俺の《霊操技》で葬ってやろう! 見ろ、これが俺の――《焔羅玉えんらぎょく》だっ!」




 クナイ数本に火をつけ、自身の頭上へと放り投げる。クナイが凄まじい速度で回転し始め、その度に炎がどんどんと広がっていく。気づけばそこには、巨大な火球が作り上げられていた。




(クナイ自体に霊気を注いで浮力を生み出し、回転力まで上げる。その上で、火にも霊気を使って勢いを増幅か)




 あの一撃には、それなりに高度な霊気操作が行使されている。さすがは一流の暗殺者といったところか。




「さあっ、ガキもろとも焼け死ねぇぇぇっ!」




 この後、原作ならば、まともに技をくらってラーティアは死んでしまう。目の前で焼死したラーティアを見て呆然としているワッツにトドメを刺そうと近づくサイ。


 ワッツは恐怖で混乱し逃げ回り、雨のせいでぬかるんでいたのか、崖の一部が崩れてそのまま落下してしまうのだ。




 激流に飲み込まれ、そのまま下流へと流されていく。普通なら死ぬだろう。衰弱しているワッツなら猶更だ。しかし、激流に落ちて意識が遠のく間に、ワッツは激しい憎しみを募らせる。




 その強烈な憎しみに引き寄せられたのが、この『霊剣伝説』のラスボスだ。ラスボスは封印されていて実体はないが、思念だけは健在だったのだ。




 そして、黒い憎悪を感じ取り、それがワッツから発せられているものだと気づき、彼を僅かに残された力を使って助けることに成功する。


 そこからワッツのダークサイドルートまっしぐらだ。憎しみを利用され、悪役として主人公たちの前に立ち塞がるラスボスの駒となってしまう。




 何度も、何度も、どのルートでも、この道を辿るしかなかった。だが、今回は違う。




(俺がここで新しいルートを作るんだ!)




 これまでずっと我慢してきたが、ようやく動くことができる。 




「来いっ、《霊波翼》!」




 最初は発現まで時間がかかったものだが、今やその発現速度は一秒を容易く切る。


 現れた深紅の羽は四枚。その二つを、今にも火球と激突するラーティアの目前に素早く動かす。幸いにも、火球が壁となっているお蔭で、サイからこちらの動きは見えていない。




 ただ、急に現れた羽を目撃したラーティアは、「えっ!?」と目を丸くするが、ワッツはお構いなしに次の手順を踏む。


 飛ばした二枚の羽を形態操作して、ワッツとラーティアそっくりの人形を作り出す。




 その人形に火球が当たる瞬間、今度は背にある二枚のうち一枚を伸ばして、まるでカメレオンの舌のように操作し、ラーティアの身体に巻き付かせて、こちらに引っ張り込む。




「ちょ――っ!?」




 何かラーティアが言いたげだが、まだこちらの手順は終えていない。


 今度は、もう一枚の羽を使い身体を浮かせて、そのまま崖下へと即座に向かう。


 手元に来たラーティアが、事を起こしたワッツを見て何か発言しようとするが、




「しっ、あとでちゃんと説明するから静かに、母上」




 彼女の口元を手で押さえながら言うと、彼女も理解したようにコクンと頷いた。


 崖ギリギリに沿うようにして浮かぶワッツたち。




 崖上では炎の塊がうなりを上げている。しばらく動かずにいると、炎が収まったようで、サイが優越感を含ませた笑みを宿しながら、火球が激突した跡へと近づく。




「ククク、骨も黒焦げだな」




 そこには幼い少年と、成人女性の砕けて焦げた人骨が散らばっていた。




「これで任務完了。クク、ご主人様からのご褒美が楽しみだ」 




 確実に殺したと判断したサイは、踵を返して森の中へと消えていった。




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