第2話 お約束は突然に
「え、似合って、無いですか?これ」
そんな私の失礼な物言いに不機嫌になるでもなく、宮野君は不思議そうに首を傾げた。
その仕草は正直言って可愛いタイプのそれなのだけど、いかんせん邪道な眼鏡が邪魔をしている。
ワインレッドのフレームに、サイドにラメが入っているのなんて、いくら色味を抑えていると言っても社会人としては若干微妙だ。
もちろんものすごい駄目、というわけではない。このタイプの物が似合う人もいるだろう。
でも私としては、これじゃない、という感じがとても大きい。
私は眼鏡が好きだ。それもかなり。いやすごく。愛しているレベルと言ってもいい。
けれど例外はある。それはオシャレ眼鏡というヤツだ。
ハーフフレームなどの、本体の重量が軽くなり利便性が増すものは別として、リム(レンズが嵌っている枠)の色味が派手であったり、ブリッジ(両側のリムの橋渡し)の変形具合であったり、テンプル(耳に掛けるまでの長い部分)の太さであったりを、無駄に、そう無駄にあれこれアレンジしすぎているもの達がそれに該当する。
あれは私にとっては断じて許せない。
なぜ、あの必要性と利便性を追求した美しい造形を、わざわざ崩してしまうのか。
眼鏡は顔の一部、とよく言うけれど、掛ける本人の顔の造姿の邪魔をしないものこそ、真の眼鏡だと私は考えている。
「か、はらさん……中原さん?」
「えっ!? あ、ごめん、何?」
つい、脳内で眼鏡のなんたるかを語りすぎてしまった。周囲の音を遮断してしまっていたのか、宮野君の声でやっと我にかえる。
おおう。またやってしまった……。
しかも、ずっと宮野君の方を見ながら考え込んでしまっていたのか、彼も若干居心地悪そうにしていた。
少しだけ顔が赤く見えるのは、怒ってるからとかじゃないと思いたい。
「ごめん。見過ぎた」
軽く頭を下げて謝罪すると、途端宮野君が慌てた様に両手をばたばたさせた。
「い、いえっ。そうじゃなくて、俺、この眼鏡って似合ってないですか?」
心なしか声が上擦っている様に聞こえるけれど、どうやら怒らせたわけではないらしい。
私は内心そのことに安堵した。
「ごめんなさい。似合ってないは言葉のあやだから。宮野君なら、もっとシンプルな物の方が似合うんじゃないかと思っただけ。ただの私の主観よ」
まあ、主観というより趣味の問題なのだが。
けれど、それを人に、しかも後輩に押し付けるわけにもいかないし、失礼極まりないだろう。
私が彼ならもうこの時点で憤慨しているところだ。
宮野君は、学歴も優秀なのはさる事ながら、本人自身も至って優秀だった。
(学歴イコール仕事が出来るとは私は思っていないので、これは彼の業務態度を見て判断している)
しかも、若い割に温厚で浮ついたところがない。時折先ほどのように軽口を叩いたりすることはあるが、それを除けば普段はとても礼儀正しく節度がある。故に社内での彼の人気は日を追うごとに増していると言ってもいい。
うちの部署にちらちら覗きにくる女子社員も、比例する様に増えているし。
「シンプル……ですか。俺、眼鏡何本か持ってますけど、そういうのは持ってないんですよね」
「そうなの。なら一度挑戦してみてもいいと思うわよ。似合うと思うから」
思いのほか好感触だったので、少々強引ではあるが笑顔で勧めてみる。彼が私好みのシンプル眼鏡をかけるところを、一度見てみたいと言う下心はもちろんあった。
「じゃあ、中原さんが選んでくれませんか」
「……へ?」
彼にその気があろうが無かろうが、とりあえずの相槌が返ってくるとばかり思っていた私は、思いがけない言葉が返ってきた事に一瞬耳を疑った。
今、私に選べって言った?
まさかね?
「俺が選ぶとまた同じ様なのばっかになると思うんで、中原さんが選んでくださいよ。あ、今日の帰りとかどうですか? 中原さん残業ないですよね」
「え、あのちょっと宮野く、」
「よし! そうと決まったら俺速攻でメシ食べて仕事片付けます。俺はちょっとギリギリになりそうなんで」
私の返事を聞く前に、彼はそう言って慌てた様に身支度をして出て行ってしまった。
わ、私まだ返事してないのに……。
これはたぶん、彼の中ではもう行くことになっているんじゃないだろうか。
先輩として慕ってくれるのは嬉しいけれど、五つも下の新入社員と仲良しこよししてられるほど、私は若くないのだが。
それに、宮野君なら他にも、眼鏡くらい一緒に選んでくれる子がいるでしょうに。
私は、少々強引な彼の約束にそれでも今回だけは従うしかないかと、若干の下心(眼鏡ね眼鏡)を抱きつつ、小さな溜息をついたのだった。
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