RAIN

蒼き夜のメルさん

第一話 闇と光

 三……二……一……。


 カウントダウンと共に、世界を動かしていた歯車は崩壊を始めた。錆びて欠けた歯車の破片は広い宇宙を彷徨い、やがて新しく生まれようとする世界に降り注いだ。しかしその新たな世界も、終わりを迎えようとしていた……。


 ◇


 飛礫を打つように降り注ぐ雨により足元が不安定な上、広範囲に渡り発生した濃霧により視界不良となった森の中をたった一人、ローブを着た者が布で巻かれた何かを抱えて森の奥へ進んでいた。

 しばらく走り続けたローブの者は大木に寄りかかり息を整え、抱えていた物の布を少し解いた。


「アゥ……」


 中身は生まれて間もない赤ん坊だった。ローブにより素顔は隠されていたが赤ん坊の無事を確認したローブの者は微笑む様子を見せ、優しく抱きしめた。

 

「ウヴァアアア……」

「!」


 その時、ローブの者がやってきた方向から獣の鳴き声らしきものが聞こえた。ローブの者が視線を移すと、なんと全身黒と赤色に染まった怪人達がノロノロと近づいてきているのが見えたのだ。


「スゥ……」


 ローブの者は布を巻き直し息を整えると、再び走り始めた。ローブの者は右腕で優しく赤ん坊を包み、光を目指した。


 ◇


 怪人達が進行している中、不気味な仮面を付けた男性が現れた。男性は懐から袋を取り出すと一体の怪人の頭上に持っていき、中から赤い液体を数滴垂らした。人間の血液のような滑りのある液体に気付いた怪人は貪るように液体を口に含んだ。

 その瞬間、男性はその怪人の腹を貫いて殺害してしまう。すると、怪人の死骸から赤く染まった微小な小石のようなものが大量に溢れ出し、他の怪人達がその小石を貪り始めたのだ。赤い石は怪人達に飲み込まれた後、体の中で分裂を繰り返し更に数を増やしていく。


「ウヴァアア!」


 その時、石を摂取した怪人達は突然変異を起こし、姿を変えた。手足からは鋭い爪を立て、全身は毛皮で覆われた獣の姿に進化したのだ。獣の怪人達は前足で髪の毛をとかしたり、背伸びをしたり、まるで本物の猫のような仕草を見せていたが、猫のような愛くるしさなど見当たらないほどの不気味な容姿だった。


「俺のクリスタルを取り返せ」

「アァ……」


 男が命令を下すと怪人達は猛スピードで走り出した。怪人達は薄暗い森の中を四足歩行で走り出し、暗闇の中で赤い瞳を輝かせていた。


 ◇


 一方、ローブの者は後方から危険を察知し、走りながら後方を向いた。なんと木々の上から怪人達が爪を向けて飛び込んできたのだ。ローブの者は次々と攻撃を避けるが流石に全ては回避できず体に少しづつ傷が付いていく。それでもローブの者は、必死に赤ん坊を守り続けた。


「っ!?」


 その時、ローブの者の左足に攻撃が当たってしまい、ローブの者は赤ん坊を抱きかかえたまま倒れてしまった。怪人達がローブの者を取り囲むとその群れの中から男性が姿を現し、ローブの者は男性に対して青く染まった瞳で軽蔑の眼差しを向けた。


「いい加減受け入れろ、貴様のような失敗作がなぜそこまでして生きようとする」


 男性はローブの者に近づきローブの者の右足の怪我を踏みつけた。傷口を痛みつけられ、右足に激痛が走るが、ローブの者は決して声を上げなかった。ライオンの群れに襲われているシマウマの親のように、自分より赤ん坊を必死に庇っていた。


「っ!」

「大人しく俺の一部となれ、それこそ貴様の生きがいだ」


 その時ローブの者は右手を青く光らせ、男性の顔に向けて青い光を放った。一瞬、森全体が青い光で照らされ、ローブの者は目を背けた。光が止み、ローブの者の目の前にいたのは、右手から生み出した闇で光を消し去った男性だった。


「ガハッ……!」

「馬鹿な奴だ……」


 男性はローブの者に蹴りを入れて大きく吹っ飛ばした。ローブの者は岩に激突し動かなくなってしまった。男性がローブの者の体を蹴るが全く反応しない。男性は、ローブの者が最後まで守り続けた赤ん坊に手を伸ばした。


「……くっ!」

「!?」


 ところが気絶しているフリをしていたローブの者は突然起き上がり男性の腹部に手を突っ込んだ。男性はすぐにローブの者を殴り付けて離すが、ローブの者は右手に何かを掴んで崖から落ちてしまった。


「チッ……やれ」


 男性が合図すると怪人達は落下するローブの者に向かって爪を飛ばし始めた。乱発された爪は障害物に刺さると爆発を起こし、その際に発生した煙でローブの者の行方が分からなくなってしまう。見た感じは命中しているようだったが油断は禁物。男性は攻撃を止めさせた。


「さっさと行くぞ」

「シャア!」


 男性の命令で怪人達は崖を降り始める。完全にとどめを刺しに向かうつもりだった。


 ◇


 しかし下に降りてもローブの者はどこにもおらず完全に姿が消えてしまっていた。


「フン、相変わらずかくれんぼは得意のようだ」


 男性達が集まっているすぐ近くの洞穴にローブの者は隠れていたが、先程の攻撃をもろに受けてしまったらしく左腕と右足は爪が刺さった跡があり傷だらけになってしまっていた。息も荒く、今にも倒れそうだったが、赤ん坊はしっかり抱きしめていた。


「あう……」

「!」


 その時、赤ん坊がローブの者の指に触れたのだ。ローブの者は驚く様子を見せながら、優しく赤ん坊の小さな手に触れた。触れた手は、ただ暖かかった。暖かいだけなのに、何故こんなにも涙が止まらないのか、ローブの者は分からなかった。でも、自分が求めていたものが見つかった。……そんな気がした。


「……大好き」

「……」


 その時、男性は右手を高く上げた。右手から闇が溢れ出し、一瞬で森は闇に包まれてしまった。

 気付いた時には、緑豊かの森は、廃した森へと化していた。闇に包まれた怪人達は全て赤い石に変えられ、全て男性の手中に吸い込まれていった。男性は満足そうに石を食すと、次の美食を探すように森を歩き始めた。


 ◇


「……」


 ローブの者も闇に巻き込まれ瀕死状態だった。抱いていた赤ん坊はローブの者の隣に倒れており、同じく危険な状態だった。さらに奥から男性の足跡が聞こえ、もはやどうすることもできなかった。


「カハッ……」


 ローブの者は仰向けになりながら男性から奪い取った何かを取り出し、それを握りしめて赤ん坊に目を向けた。決意したローブの者は赤ん坊に向かって手を伸ばした。


「……」


 ローブの者は何かを呟き、目を閉じてしまった。それと同時に男性はローブの者のもとに辿り着く。しかし赤ん坊だけは姿を消しており、男性は舌打ちをした。ローブの者の手には何も残っておらず、何かを掴んだ左手からは謎の白い光が飛び立っていた。光が消えると同時に、ローブの者は遂に息を引き取ったのだった。


 ◇


 光は決して希望になるとは限らない。

 例え人間が望む輝きを宿していても、それはいつか人間に牙を剥く事も。

 対して、闇も決して絶望の印とも限らない。

 その闇はいつかの光だったものかもしれないのだから。



 

 現在使える??? 零個

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