第十九話 ゾーイ対ピーコック戦が始まる

「それじゃ行ってくるわっ」

「がんばってねゾーイ」

「もちろんよっ! アガタと戦いたいしっ!」


 明るい貴族の娘さんは栗毛の馬を引いて待機所を出た。


「さて、私もゾーイに賭けるかなっ」

「行きましょうか、テュール」

「俺も行きます、アガタ先生っ!」

「ガッチン、留守をお願いね」

「おう、楽しんでおいで」


 あ、兵隊さんがやってきたわ。


「アガタ夫人、掛け金のボーナスだ」


 兵隊さんは私に小袋を渡した。

 中をあらためると、十テラン入っていた。

 おお、なかなかね。


「ありがとう兵隊さん」

「いや、礼にはおよばん、午後も頑張ってくれ」


 兵隊さんは一礼して帰っていった。


 私たちは待機所を出て賭け屋横町へと向かった。

 ウォーレンはランスボーイの派手な色の制服だから目立つわね。


 昨日のように賭け屋のテントでは呼び込みが大声を上げて掛け率を出している。


「さあさあ、ピーコック優勢ピーコック優勢、ゾーイに賭けるならうちだよ~~」

「ゾーイ高率ゾーイ高率、賭けるなら今だよ~~」

「ピーコック1.2倍、ゾーイ2倍~~、ゾーイ無いかゾーイ無いか?」


 ピーコックが本命みたいね。

 テュールが昨日のおじさんの所で金袋をぶちまけた。


「これ、全部ゾーイ」

「おお、こりゃ、毎度あり、ピーコック優勢でね、助かるよ」

「では俺も」


 ウォーレンも十五テランを出した。


「私もゾーイで」


 私は十七テランだ。


「まいどまいど、アガタ夫人、二回戦では儲けさせてもらったよ、ありがとうね」

「次は掛け率落ちそうね」

「そうでもない、アルヴィン侯はかなり強いからね、彼が有利だよ」

「うおおお、また儲かりそうっ」

「また賭けにおいで」

「あいよう、おっちゃん」


 賭け屋のおじさんに手を振ってテュールは観客席に歩き出し、私たちも後を追った。


「お、ウォーレン、今日は格好いい服を着てるな。アガタ夫人、今回も凄かったねえ、チャドが相手にならなかったよ」

「まったくだ、もの凄い早い槍使いだった、痺れたよ」

「ありがとう、嬉しいわ。おじさんたち」

「お姉ちゃんの口上も良かったぜえ、おじさんアガタ夫人に賭けて儲けさせてもらったよ」

「にゃはは、なんのなんの」


 おじさん達が平民立ち見スタンドに場所を作って私たちを入れてくれた。


 ゾーイとピーコックが競技場に出て馬に乗った。

 ピーコックは手足が長いので、大きいカマキリが馬に乗っているようにも見えるわね。


「さあさあ、お立ち会いの皆様あ、あなたのピーコックが勝ちあがってきましたよう、今期は是非とも優勝してえ、黒騎士どのと戦ってえ、俺はチャンピオンになるぜえっ、俺を応援してくれるなら、賭け屋で俺に賭けてくんなよお」


 あら、珍しい、ゾーイを落としめないのね。


「ああ、ピーコックは結構良い奴なんで、相手を悪くはあまり言いませんよ」

「そういう奴は好きだなっ」

「良いわね、ピーコック」


 トーナメント馬上槍仕合には、色んな騎士がいるわね。


「今期は二回戦まで勝ち上がれたわ、できれば三回戦も勝ち残って、人妻ユニコーンライダー、アガタと戦って見たい。みんなも見たでしょ、彼女とユニコーンは桁違いよっ、私もあんな風に戦いたい、彼女と戦って勝ちたいのっ!! だから私を応援してねっ! お願いっ!!」


 偶然ね、私もゾーイと決勝で戦いたいわ。

 気が合うわね。


「俺もアガタ夫人と戦いてえよ」

「すごいよね、彼女」

「おう、だからゾーイを倒すぜ」

「負けないわよ、ピーコック!」


 会場が沸き立った。

 うんうん、正々堂々なのは良いわね。


 両者は二十馬身離れて位置につく。

 主審の笛が二回鳴った。

 中央旗が上がり、馬止旗が下がる。


 中央旗が振り下ろされた。

 馬止旗が上がる。

 ゾーイの馬とピーコックの馬が同じタイミングで飛び出した。


 両者は襲歩ギャロップで中央地点に向けて飛ぶような速度で走る。


 トーナメント馬上槍仕合の槍の使い方は二種類ある。

 脇で固めて長めの槍で当てるやり方と、槍を浮かせて突くやり方だ。

 ゾーイもピーコックも同じ突くタイプだった。


 ドカン!!


 両方の槍が両方の胴丸に当たり砕け散る。

 二人ともふらついたが落馬はしなかった。


 両者一ポイントづつ、同点だ。

 そのまま終点に向けて駆け抜けていった。


 ピーコックもゾーイも上手いわね。

 馬の走らせ方、槍の突き方が高水準だ。

 ああ、二人ともどれだけの練習量だろうか。

 どれだけ、トーナメント馬上槍仕合を目指して修行したのか。

 それが、たった三回の激突で全て昇華される。

 片方が勝ち、片方は負ける。

 トーナメント馬上槍仕合は良いわね。

 心が沸き立つような気がする。


「おー、ゾーイは腕を上げたなあ」

「アガタが良い影響になってるのかもねえっ」

「そんな事は無いわよテュール」


 お互いレーンを変えてランスボーイから替えの槍を受け取る。


 さあ、二本目だ。


 主審の笛が二回鳴った。

 中央旗が上がる。

 観客席がシンと静まりかえる。

 息をのんで、みな待つ。

 中央旗が振り下ろされた。

 馬止旗が上がった。


 両騎馬は速度をグングン上げて近づいていく。


 ピーコックが少し槍を浮かせるようにした。

 ゾーイは頭を下げて槍を引く。


 ドカカーン!!


「ああっ!!」

「あーっ!!」


 不味い! ゾーイの胴にピーコックの槍が当たり砕けた。

 ゾーイの槍はピーコックの肩をかすめて外れた。

 いけないっ、ポイントを先取されたわっ。


 ポイントは一対二、やばいわね。

 ピンチだわ。

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