希望への布石
レオンが仕掛けた最初の斬撃を、トルバランは軽々と受け止める。大剣の刃と、鉤爪。金属とは似て非なる物質からなるそれら同士がぶつかり合い、甲高い音が響き渡った。
「ところで─先程から気になっていたのですが『許可』とは?」
「貴様には関係のないことだ」
再び攻防が始まり、互いの武器がぶつかる度に火花が飛び散る。レオンは一度距離を取ると、今度は素早い動きでトルバランの背後に回り込み、一気に距離を詰めた。そのまま飛び上がり、首元を狙って爪先を突き出す。
「おっと、危ないですね」
トルバランはひらりと身を翻し、レオンの鉤爪は地面に軽くめり込んだ。トルバランはそのままバックステップを踏み、間合いを取る。
「ならばこれはどうですか?」
トルバランは不敵な笑みを浮かべると、右手を前に突き出した。次の瞬間、黒い波動が放たれてレオンを襲う。しかし、すんでのところで鉤爪を地面から引き抜き、目前まで迫ったそれを魔力を込めた爪先で薙ぎ払った。
そのまま止まらず追撃しようと距離を詰めるが、トルバランは大剣に魔力を込めて地面に振り下ろし、衝撃波を発生させる。
「くっ……!!」
レオンは跳躍して直撃を免れるが、余波を受けて体勢を崩してしまった。そこに間髪入れず、トルバランは素早く切り込んでくる。レオンは咄嗟に両腕でガードするも、衝撃を殺しきれずに後方へと吹き飛ばされた。それでも何とか空中で受け身を取り、膝をつきながら地面に着地する。
「まぁ……聞かずとも大凡、何のことを話されていたのかはわかりますよ」
トルバランは微笑とも冷笑ともつかない表情を浮かべながら、話を続ける。
「貴方は今─全力で戦っていない。いや、戦えない」
「─ッ!?」
レオンの表情が固まり、瞳がかすかに揺れた。
「聞いたことがあるんですよ。天界では一定以上の魔力を持つものが人間界に降り立つ際には、その魔力に制限がかかる、と。
本来魔法が存在しない世界である人間界への影響を考慮しての措置だとか。
……つまり、今の貴方は本来の実力に遠く及ばない力しか出せていない状態ということですね」
トルバランの言葉に、レオンは答えない。
ただ黙って、トルバランに魔力を込めた爪先を叩き込もうとする。しかし、それも簡単に避けられてしまった。
「沈黙は肯定と受け取りますよ。─それにしても、天界は随分と厄介な制約を課したものですね。今の貴方はまるで、枷を付けられた獅子のようだ」
「黙れ、下郎が」
苛立ちを抑えきれず、レオンは吐き捨てるように言った。しかし、トルバランは全く意に介していないようだ。
「いえいえ、馬鹿にしたわけではありませんよ。叶うものであれば─本気を出した貴方と正々堂々と手合わせしてみたかったものです」
「黙れと言ったのが聞こえなかったか」
再び、激しい攻防が始まった。トルバランの大剣を潜るようにして躱し、レオンは相手の胴体を目掛けて回し蹴りを放つ。しかしその攻撃もあっさり受け止められてしまい、逆に己の腹部に強い衝撃が走った。
「……っ、」
一瞬息が止まりそうになるほどの痛みに耐えつつ、今度は爪で切りつけようとするもこれもまた難なく避けられてしまう。
「ぐっ……!」
続けざまに繰り出された黒い魔力の塊を避けきれず、強烈なエネルギーをまともに受けたレオンは後方へと吹き飛ばされた。
(動きが完全に見切られている……やはり、制限がかかった状態では……)
地面に叩きつけられた衝撃で痛む身体を押さえながら、レオンはトルバランを睨みつけた。しかし相手は涼しい顔でこちらを見下ろしており、その表情からは余裕すら感じられる。それが余計に腹立たしかった。
「そろそろよろしいですか?私の目的は魔法少女の排除。それは達成されました。天界人を仕留めろとは命じられていないので、これ以上戦う意味はありません」
「……何が言いたい」
レオンの問いに、トルバランは冷めた声色で答えた。
「時間の無駄だと言っているのです。私にとっても、貴方にとっても」
そう言うと、トルバランは手にしていた剣をの刃先をなぞる。するとそれまで赤々と輝いていた刃が消えていき、大剣は杖の形をした魔具へと戻った。
「私の任務はこれで終わり。人間界にもう用はありません。全力の貴方であればまだしも─弱い者いじめをする趣味もありませんので」
トルバランの背後に、大きく歪んだ空間の穴が現れる。魔界へと繋がる入り口なのだろうか。
「彼女は、預かりますね」
トルバランの腕に、傷だらけのまま気絶したシトラスが再び現れる。どうやら、戦闘に巻き込まれないよう今まで隠されていたらしい。ぐったりとした様子を見る限り、まだ意識は戻っていないようだ。
「やめろ、まだ終わってない……っ、」
レオンはすぐさま立ち上がろうとした。が、先程の戦闘による反動か、上手く立ち上がれずに崩れ落ちてしまう。
「いいえ、これでおしまいです」
トルバランは踵を返し、歪んだ穴の中へと一歩を踏み出した。このまま奴の逃亡を許せば、シトラスが魔界へと連れ去られてしまう。
しかしレオンの奮い立とうとする意志に反し、疲弊した体がどうしても従わない。
その瞬間、付き従っている少女の言葉が、記憶の底から呼び覚まされた。
─わたしたちが今、出来ることをやりましょう。
(……今、出来ること)
残された力を振り絞るように、レオンの右手が再び白い輝きを放つ。魔法を発動させる前兆である、魔力光だ。
「『
静かに、レオンは呪文を詠唱した。右手を包んでいた白い光が、矢のようにトルバランの背に向かって飛んでいく。
当然、トルバランがそれに気付かないわけがなかった。彼は反射的に避けようと、身体を僅かに横へずらす。
その瞬間、レオンの口元が微かに吊り上がった。
光の矢はトルバランの身体ではなく─揺れた長い赤髪の一房を切り裂いたのだ。
髪に何かが当たったことに気付いたトルバランは、怪訝な表情をしてこちらを振り向く。
しかし、視界に入ったのは己との戦いでもう反撃の力も残っていないであろう、地面に這いつくばるレオンの姿だけ。
最後の力を振り絞って一矢報いようとしたが、力が及ばず外した。そんな風に映っただろうか。
「─無駄なことを」
トルバランは呆れたように鼻を鳴らすと、そのまま気を失ったシトラスと共に歪んだ空間の穴の中へ消えていく。そして完全にその姿が見えなくなると共に、歪んだ穴は跡形もなく消え去った。同時に、一帯を包んでいた重苦しい空気も霧散していく。
『─レオンハルト様!大変お待たせ致しました!ただいま上層部より魔力解放の許可が下りました!』
静寂を切り裂くように、レオンの懐から先ほどのクリスタル型の通信媒体がひとりでに飛び出す。そこから若い男の声で通信があった。
「……もう遅い。奴を取り逃がした。拉致された魔法少女が一名、負傷者は二名だ」
答えてややあってからレオンは「……いや、三名だな」と訂正し、重い身体をゆっくりと起こす。鈍痛が広がり、身体の至るところが悲鳴を上げていた。立って歩けるようになるには、もう少し体力を回復させる必要があるだろう。
『大変申し訳ございません!まさか魔族が、それも
通信端末の向こうで、男が慌てたように謝罪を繰り返す。音声だけで姿は見えないが、この男がマイクに向かってぺこぺこと頭を下げる様がレオンには容易に想像できた。
「気にするな。お前の責任ではない。現地にいながら奴の正体にすぐ気付けなかったこちらの落ち度でもある。それと……」
レオンは、トルバランとシトラスの消えた歪んだ穴のあった場所へと顔を向ける。
ひび割れたアスファルトの地上を彩る、鮮やかな赤。
レオンが魔法でトルバランから切り落とした髪の毛束だ。それを視界に捉え、レオンは続けた。
「記憶調査に使用出来そうな証拠を押さえた。─彼女に報告を頼む」
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