守り、取り返すため



キルシェは無我夢中で、トルバランに向かって魔槍ピンキースイートを突き出す。魔法の力を纏った槍は、常人離れした速さを以てトルバランに襲いかかった──が、ダメージを与えるには至らない。


トルバランはキルシェの槍撃を全て見切り、ひらりと身を躱したり、時には杖で受け止めながらいなしている。


「……スピード、反射神経、パワー。どれを取っても申し分ないですね。とても十代の人間の少女とは思えない。流石は選ばれた戦士といったところでしょうか」


「うるさい!ゴタゴタ言ってないでシトラスを返して!」


怒声を上げながら何度も繰り出される槍撃を紙一重で躱しながら、男は感心したように呟く。


「いいでしょう。そこまで言うのであれば、少しだけ遊んであげましょうか」


「ッ!?」


ほんの、一瞬だった。トルバランの掌にあっという間にサッカーボール大の黒い魔力が集まったかと思うと、それは間髪入れずにキルシェの鳩尾へと叩き込まれた。


「ぐっ……!?」


何が起こったのか理解する間もなく、強烈な打撃音と共にキルシェの身体が後方へと吹っ飛ぶ。地面に叩きつけられた衝撃で意識が飛びかけ、口から吐瀉物が溢れ出た。


「げほっ……ごほ……!」


咳込むたびに込み上げてくる吐き気を抑えきれず、嘔吐が止まらない。激しく咳き込みながら、キルシェはうつ伏せの状態で蹲った。


「キルシェちゃん!」


「キルシェ!!」


ロゼとポメポメは、慌てて倒れたキルシェの元へ駆け寄る。


「ポメちゃん、すぐにキルシェちゃんに治癒魔法を──」


「お仲間よりも、ご自分の心配をされてはいかがです?」


二人がキルシェの元に到達するよりも早く、トルバランが指をパチンと鳴らす。


音と同時に足元に感じた違和感に視線を落とすと、ロゼとポメポメの足元には複雑な図形と文字がびっしりと書き込まれた魔法陣が出現していた。


「ポメちゃん、離れて!!」


「ポメっ?!」


ロゼは咄嗟にポメポメの身体を魔法陣の外にいるキルシェの方に向かって突き飛ばす。直後、足元に広がる幾何学模様から無数の黒い茨が溢れ出し、あっという間にロゼの身体を拘束した。


「ロゼ!!」


難を逃れたポメポメは倒れているキルシェを庇うように抱きかかえながら、茨に捕らわれたロゼを見上げる。腕や足、首元や胴に至るまで全身を瞬く間に縛り上げられたロゼは、軽々と空中に持ち上げられていた。


「っ、はなしなさいっ……!」


抜け出そうと試みるものの、動くたびに棘が食い込んで激痛が走る。下手に抵抗すれば肌や肉を切り裂かれるかもしれないと思うと、身動きをとれない状況だ。


(『解けろリゾード』を使おうにも……向こうの方がわたしよりも魔力が高い)


拘束を解除するための魔法は、基本的に拘束を仕掛けた相手の魔力と同等かそれを上回っていなければ通用しない。ロゼよりも魔法が熟練しているであろうトルバランの術に対して唱えたところで、恐らく無効だ。


「ロザリー・マリアンヌ・アルページュ……このお二方よりも二年、魔法少女としての経験を積まれていると伺っています」


「それが、どうしたの……!」


絞り出すような声で答えつつ、ロゼはトルバランを睨み付けた。その眼光を受け流し、トルバランは続ける。


「いえ、ただ……貴方は実戦の経験こそ豊富ですが、その戦法は独特。実のところ─他の二人に比べて攻撃面に大きな課題を抱えていますね?」


「…………っ!!」


その言葉に、心臓が飛び跳ねるように大きく脈打つ。ロゼは思わず黙り込んだ。自分でも、そう思っていたところがあった。


ロゼの魔法は対象に直接ダメージを与えるというよりは、敵の撹乱と妨害。そして、味方への回復と強化が主だ。相手にダメージを与える攻撃魔法も一応は習得しているものの、数少ない。魔具自体も物理攻撃を前提としたものではないため、どうしても決定打に欠ける。


だからこそ、魔獣の討伐においてもサポートに徹する形になりがちだ。


「そんな前線に立つべきではない貴方がこうして敵前に出てきたということは……余程、味方を守りたかったのでしょうか」


「お黙りなさい!わたしの、わたしたちのことを何も知らないあなたが、わかったような口を聞かないでちょうだい!!」


話せば話すほど、ロゼはこの男の全てを見透かすような物言いに不快感を覚え始めていた。


この男は危険だ。自分が想像しているよりもずっと、こちらのことを見ていたのではないかと思わせる程に洞察力に長けている。仲間を傷付けるだけに飽き足らず、こちらに土足のまま踏み入り見透かしたように語る様に、虫唾が走る。


「おっと、これは失礼。確かに私は貴方達のことを全て把握しているわけではありません。ただ─これだけは理解しています」


「な、」


トルバランの言葉に動揺した次の瞬間だった。ロゼの身体を拘束していた黒い茨から、火花が散り始める。その火花は瞬く間に大きく激しい稲妻となり─ロゼに襲い掛かった。


「あぁあああああああああああっ!!」


バチバチという音を立てて迸ったそれは、たちまちのうちに彼女の身体を覆い尽くしていく。身体中を駆け巡る激痛に耐えられず、ロゼは背を仰け反らせて絶叫した。


「ロゼ!!」


キルシェを介抱していたポメポメが、悲鳴にも似た叫び声を上げる。


「対抗手段を持たずに前線に立つというのは、こういうことですよ」


苦痛に悶えるロゼを冷ややかに見つめながら、トルバランは淡々と告げる。


「……ゃ、めて、」


「キルシェ……?」


ポメポメに抱えられながら治癒魔法をかけられていたキルシェが弱々しく言葉を紡ぎながら身を起こし、ピンキースイートを手によろよろと立ち上がる。


「だめポメ、キルシェ!まだ治療が完全に終わってないポメ!」


ポメポメは慌てて止めようとするが、キルシェはそれを無視して一歩ずつ前に進む。


「おや、もう立ち上がれるとは。思ったよりタフなのですね」


トルバランは感心したように呟きながら、興味深そうにその様子を見つめる。


「うるさい……あたしは、あんたみたいなウソツキに負けるわけにはいかないの!!『王様のお菓子ガレッド・デ・ロワ』!!」


ピンキースイートから、パイ菓子の形をした魔力がいくつも飛び出して行く。


それらはトルバランへの攻撃のために放たれたものでは無い。パイ菓子の形の魔力はロゼを拘束する茨達に命中すると、たちまちのうちにそれを粉々に砕いていく。茨から解放されたロゼは空中に投げ出されたが、地面に叩きつけられる前に獅子の姿をしたレオンがすかさず抱き留めた。


「大丈夫ですか、ロゼ」


ロゼを受け止めたレオンはすぐさま人型の姿に変化し、腕の中のロゼに呼びかける。


「ええ……、ありがとう。助かったわ」


辛うじて意識を保っていたロゼは、小さく答える。激しい攻撃に晒されたからか、その表情はいつもよりもぎこちなく強張っていた。


しかしロゼは恐怖心を振り払うように首を横に振ると、レオンの腕から降り立つ。


「レオン、『許可』の申請は?」


「まだ降りていません。急ぐよう指示を出していますが」


焦りを含んだ声で答えたレオンに対し、ロゼは小さく「わかった」と呟いた。


「わたしたちが今、出来ることをやりましょう。レオンとポメちゃんは、周辺に結界を張って被害を極力抑えて。街の人を巻き込まないようにね。キルシェちゃん、もう少しだけ頑張れるかしら?」


「はい!早くあいつを倒して、シトラスを助けないと!」


キルシェは力強く返事をすると、再びピンキースイートを構える。そんなキルシェにロゼは微笑み返すと、再びトルバランの方へと向き直った。


「トルバラン=フォン=エインヘリアル。どうしても、シトラスちゃんを返すつもりはない?」


真剣なまなざしで問いかけるロゼに対して、トルバランはゆっくりと首をかしげる。まるで、そう問いかけてくる意味がわからないというような表情であった。


「そう、なら─全力で取り返させてもらうわ。バイオレット・スコア」


ロゼの手に、アメジストのように輝く紫色のバイオリンが現れる。音楽を奏でることで魔法を操る魔具、魔弦バイオレット・スコアだ。


「キルシェちゃん。戦いがこれ以上長引くと、わたし達に勝ち目は無いわ。ここは一気に勝負をかけるしかないと思うのだけど……協力して貰えるかしら?」


「もちろんです!まかせてください」


キルシェは大きく頷くと、ピンキースイートを構え直す。

相手はたった一度の攻撃で自分たちに多大なダメージを負わせた強敵だ。時間もかけられなければ余力も残されていない以上、短期決戦を仕掛ける必要があるだろう。


「行くわよ、キルシェちゃん」


ロゼの言葉を合図に、二人は同時に動き出した。


トルバランに向かって駆け出しながら、ロゼはバイオレット・スコアを弾き鳴らす。軽やかな旋律に合わせて放たれた旋律は、やがて光の矢に変化してロゼの周囲に控える。


「ロゼ先パイ!」


キルシェの手にあるピンキー・スイートも、彼女の魔力に共鳴して光を放っている。キルシェとロゼは顔を見合わせて頷き合うと、ピンキー・スイートの槍先はトルバランに向けられた。


トルバランは、逃げも隠れもしない。何を考えているのかはわからないが、余裕たっぷりといった表情でこちらを見据えている。


(こいつを倒せなくても、せめてシトラスを取り返さないと……!)


そのためには、少しでもトルバランの体制を崩す必要がある。勝負は、一度きりだ。


ロゼの側に控えていた光の矢たちがキルシェのピンキー・スイートへと吸い込まれていく。ロゼの魔力を受けたことでより力を増したピンキー・スイートから、ピンクとラベンダー色の光線が放たれた。


トルバランはその攻撃を受け止めるべく、防御魔法を展開させる。


「合体魔法……、なるほど。ひとりひとりの力では勝てないと踏んで、力を一か所に集中させる作戦に切り替えましたか。悪くない判断ですね」


冷静に分析しながら、トルバランはキルシェとロゼの攻撃を防御魔法で防ぎ続ける。


「くぅ……っ!!」


「キルシェちゃん!もう少し耐えて!!」


苦しげに呻くキルシェに声をかけながら、ロゼはバイオレットスコアを奏でてキルシェへの魔力支援を絶やさない。どうにか、ここで押し切ってしまわなければ。


「キルシェ……、ロゼ………」


戦闘が起きている箇所に結界魔法を展開しながら、ポメポメは心配そうに見つめていた。


「師匠、『許可』は下りないポメですか?」


「ええ。どうやら天界も寝耳に水だったようで、事実確認作業に追われているようです。今しばらく待機するよう指示が出ています。……心苦しいですが、今は彼女達に賭けるしかありません」


不安げな表情を浮かべながら問いかけたポメポメに、レオンは静かに答えた。


「いい加減、倒れてよ……っ!!」


ピンキー・スイートを持つ手に力を入れながら、キルシェはトルバランを睨みつける。ロゼと協力して放った渾身の力を込めた一撃だというのに、トルバランの防御は未だに崩せていない。


「大体アンタ、なんでシトラスに近付いたの!魔法少女の排除が目的なら、シトラスじゃなくても良かったでしょ!?」


そう叫びながら、キルシェは柄を握り直す。そんなキルシェを見つめながら、トルバランは困ったように眉を下げた。


「それを貴方が知って、どうするのです?」


「どうもこうも、あたしはアンタがシトラスを騙したから怒ってるの!!」


怒りに任せて叫ぶキルシェに、トルバランはため息をつく。


「それで私に怒る権利があるのは、彼女本人だけでしょう。貴方には関係ないはずですが」


「そうだよ!!だけど、友達がひどいことをされて怒るのは、」


ピンキー・スイートの光が一層輝きを増す。それと同時に、トルバランの表情が僅かに歪んだ。


「キルシェちゃんの中では、当たり前のことなのッ!!!!!」


更に力を込めて叫んだ瞬間、トルバランの防御魔法が音を立てて崩れ去る。ようやく、チャンスが訪れたのだ。


「キルシェちゃん!畳みかけるわよ!!」


「はい、ロゼ先パイ!!!」


ロゼはバイオレット・スコアを一度手放し、キルシェの支援をするべく共にピンキー・スイートの柄を握る。ロゼの手から直接魔力を注がれたことで、ピンキー・スイートから放たれる光により色濃い紫色の魔力が混じり始めた。


「これで決めるわ!!」


「了解です!!」


二人が同時に構えた瞬間、二人の魔力が混ざり合った光線が発射された。


「「『 組曲:金平糖の精パルティータ:ラ・フェー・ドラジェ』!!」」


その名に相応しい、美しい煌めきを放つ極太の光線。

それは一直線に突き進み、トルバランへと向かっていく。


「すごいポメ!キルシェとロゼの合体技、かっこいいポメ!」


興奮した様子で飛び跳ねるポメポメを横目に、レオンは鋭い眼差しで目の前の光景を見つめていた。


「これならトルバランもひとたまりもないはずポメ!『許可』が無くても大丈夫だったかもですポメね、師匠!」


「……いいえ、彼はそんな簡単な相手ではありません」


まるでその言葉が聞こえていたかのように、光の奔流の中にいたトルバランはニヤリと笑みを浮かべた。


「……残念、でしたね」


「─っ!?」


少女たちがその言葉の真意を確かめる間もなく、突如一層眩い光が辺り一帯を包み込む。


「ど、どうなったポメ!?」


視界が白一色に染まり、何も見えない。一体何が起きたのか。




ようやく光が収まった頃、ポメポメとレオンの視界に飛び込んできたのは─


「キルシェ!!」


「ロゼ!!」


無傷のままその場に佇むトルバランと─そこから大きく引き離された地点で、ボロボロになって倒れるキルシェとロゼの姿だった。


ややあってキルシェの身体はピンク色に、ロゼの身体はラベンダー色に光り始める。そのまま二人の魔装ドレスはリボン状に解けていき、光が収まるとそこには─聖フローラ学園の制服に身を包んだ高校生が二人。


その制服もあちこちが破れたり焼け焦げた跡が残り、スカートから覗く脚にも打撲痕や擦り傷が無数に刻まれていた。


「そんな、二人の変身が……っ!」


ポメポメは仰向けに倒れたキルシェを抱き起こしながら、呆然自失とした様子で呟いた。


レオンも同様にロゼの身体を抱き上げながら、悔しげに歯噛みする。どうやら、キルシェもロゼも完全に気を失ってしまったらしい。名前を呼んでも、体を揺すっても反応がない。


「……?」


ふいに、ロゼの身体の下からころん、と何かが転がり落ちた。


レオンはそれを拾い上げ、そしてはっと息を呑んだ。大きな裂傷が入り、葡萄を模したクリスタルが砕けた、紫色の変身ブローチ。キルシェの方に目をやれば、彼女の側にも同様に割れて砕けたピンク色のブローチが転がっていた。


レオンとポメポメは、顔を見合わせる。否が応でも二人の変身が解けた原因を悟らざるを得なかった。─そして、再変身は不可能であろうことも。


「心配せずとも、貴方達の治癒魔法であれば、治せる程度の傷ですよ」


「ふざけんなポメ!!お前のせいで、二人が……っ!」


ポメポメは泣きながらキルシェとロゼを守るようにして、立ち上げる。


「まあ、怖い顔ですね。私だって好きでこのような事をしているわけではないんですよ」


トルバランは苦笑しながら答える。その表情には焦りや動揺などは一切なく、むしろこの状況を楽しんでいるようにさえ見えた。それが余計に、ポメポメの神経を逆撫でする。


「うるさいポメ!これ以上みんなに何かしたら、ポメポメが許さないポメ!!」


ポメポメの言葉に、トルバランはやれやれといった様子で肩を竦める。


「許さないって、貴方に一体何が出来るというのです?見たところ、貴方は魔力の形成に何かしらの欠陥を抱えている様子。使える魔法の種類が限られているのも、そのせいでしょう?」


図星を突かれたのか、ポメポメは悔しそうに唇を噛む。


(こいつ、そんなことまで見抜いて……?)


「図星でしたか。ならば尚更、貴方には何も出来ない」


「っ、黙れポメ!!この、卑怯者!!」


「ポメリーナ、下がりなさい」


レオンは低い声で呟くと、キルシェとロゼ、そしてポメポメを庇うように前に出てトルバランと対峙する。


「二人を連れて、安全な場所まで転移するのです。アルページュ邸で構いません。後は、私が引き受けます」


「師匠、でも『許可』は……」


「待っていられません。─このまま行きます」


レオンの右手が白い光に包まれ、白獅子の前脚に変化する。その爪は本物の獅子のそれのように鋭く尖っており、白銀色に輝く刃が輝いていた。


「ポメ………」


ポメポメはレオンの背を心配そうに見つめていたが、やがてキルシェとロゼを連れて転移魔法を使いその場から姿を消した。これからここが熾烈な戦場になり、そこに自分が立ち入る隙も出来ることもない。それはポメポメ自身が、一番よくわかっていた。


「おやおや、貴方もやる気ですか。私はもうお腹いっぱいだというのに」


わざとらしく首をすくめる仕草を見せてから、トルバランは剣を構える。レオンはそれを一瞥すると、地面を蹴った。

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