花盗人の置き土産



「え……?」


ビルの中に入ったシトラスは、そこに広がっていた光景を目の当たりにして呆然と立ち尽くした。


確かに避難させたはずのエリックの姿が─どこにも見当たらない。


「うそ……どうして……?」


辺りをきょろきょろと探し回るものの、やはりあの長身の男性の姿は見つからない。まさか、逃げ遅れてしまったのだろうか?それとも……


そんな事を考えていた時に、ふと床に見覚えのあるものが見えた。


「これ、私の……」


白地に黄色い花のパターンがプリントされたハンカチが、綺麗に折りたたまれて置かれている。負傷したエリックに巻き付けたはずのそれには、血痕どころか皺ひとつ付いていない─まるで新品同然の、綺麗過ぎる状態だった。


「シトラスーっ!」


「シトラスさん!」


後から追いかけてきたらしいポメポメとレオンの声に、シトラスは振り返った。

二人の後ろにはキルシェとロゼも付いてきている。


「どうしたポメ?急に走り出して」


「エリックさん……変身する前に私を庇って怪我をした人を、ここに避難させてたの。でも、どこにもいなくて……」


「……っ!?シトラスさん、すみません。そのハンカチを」


え、とシトラスが答える間もなく、レオンはシトラスの手からハンカチを奪い取る。そしてそれをまじまじと見つめ、眉間に深い皺を寄せた。


キルシェとロゼは何が起きているのか分からず困惑している様子だが、ポメポメはレオン同様に何かを察しているようだった。


「師匠、これって……」


「……ええ。間違いないでしょう」


「な、何の話ですか?一体何を……」


状況が飲み込めていないシトラスに、レオンは少しの逡巡の末に口を開く。


「シトラスさん。あなたが接触した『エリック』という男性ですが……あなたが思っているような人物では無いかもしれません」


「え……?」


何を言われているのか理解できない、といった顔のシトラスに、ポメポメが続けて言う。


「ハンカチに、魔法が使われた痕跡があるポメ。だけど、ここにいる誰のものでもないポメ。つまり─魔法を使えるヤツがポメポメたち以外にこの街にいるってことポメ」


それが何を意味するか分かるポメ?そう問われてもなお、シトラスはまだ理解しきれない。ポメポメの言葉を引き継ぐように、レオンが再び口を開いた。


「天界からこのラコルトに送られているのは、私とポメリーナだけ。他に魔法を使える天界人は派遣されていません。魔法少女として覚醒していることが確認出来ているのはロゼお嬢様とシトラスさん、キルシェさんの三人だけです。私たち以外に魔法を使える存在がいるということは、現状あり得ないこと。


─あるとしたら、魔界から送り込まれた者である可能性が高いです」


(魔界から送られてきた者……それって)


この人間界に魔獣を繰り返し送り込んで大勢の人々を危険に晒し、エナジーを搾取してきた張本人。


─それが、エリックさんあのひとだと言うの……?




ポメポメはシトラスに歩み寄り、真剣な表情のまま告げる。




「シトラス、もうエリックと関わっちゃダメポメ。あいつはきっと魔界から送り込まれた邪神の手下───魔族ポメ」

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