私らしく、光を纏って
ビルの中腹は魔獣の吐き出した炎によって大きく損壊し、あっという間に建物全体が炎に包まれる。
「エリックさん!!」
シトラスは攻撃も忘れて、思わず叫び声を上げる。
催眠魔法をかけられ、負傷もしているエリックは自力で逃げることなどできないだろう。
─どうしよう、私のせいで……!!
「シトラスさん、前!!」
動揺したシトラスは、レオンの鋭い声にハッとして顔を上げる。目の前には既に炎を纏わせた尾を振りかぶっているトカゲの魔獣の姿があった。
(あ……)
完全に反応が遅れたシトラスの身体は、回避行動を取るどころか防御姿勢すら取れなかった。尻尾はそのまま振り下ろされ、シトラスの身体は紙人形のように吹き飛ばされて地面を転がる。
「ぐぅっ……!」
全身に激しい痛みが走り、思わず苦悶の声を漏らすシトラス。それでもなんとか立ち上がろうとするが、視界が霞み意識が遠のいてくるのを感じた。
「シトラス、キルシェ!!」
シトラスとキルシェが倒れていることに気付いたポメポメが二人の元に駆け寄ろうとするが、魔獣が次々と火を噴き出して攻撃してくるため近づくことができない。辺りはもうすっかり火の海と化し始めていた。
「ッ……、『子守唄:静謐(ベルスーズ・セレニ……』!?」
魔獣の魔力を妨害しようと魔法を発動しかけたロゼだったが、それよりも先に炎が襲いかかる。彼女は咄嗟に防御魔法で防ぐものの後方に弾き飛ばされる。
「ロゼ!!」
建物の壁にぶつかるようにして止まったロゼに慌てて駆け寄ったレオンは、彼女を抱きかかえるようにして起き上がらせる。
「お怪我は?」
「……大丈夫よ……それにしても、なんて力なの」
魔獣の力に驚愕するロゼに対し、レオンもまた険しい表情で頷く。
「ええ、正直ここまでとは思いませんでした」
二人が見つめる先では、今なお魔獣が暴れ続けている。魔法による炎は通常のそれよりも強力であり、このままでは街全体が焼け野原と化してしまうかもしれない。
(どうしよう、私が攻撃を続けなかったせいで……)
朦朧としかけた意識を何とか繋ぎ止めたシトラスは、オレンジ・スプラッシュを杖代わりに立ち上がる。自分がエリックのいるビルに気を取られたせいで、全ての連携が崩れてしまった。キルシェもロゼも、魔獣の攻撃を受けて倒れてしまっている。
(私……、やっぱり魔法少女に向いていないんだ)
目先のことに囚われず、「これが自分だ」と確固たる自分自身を持つこと。それが魔法を上手く扱うコツだとロゼは言っていた。
だけど、今の自分にそれが出来ているとはシトラスにはとても思えない。
悔しくて歯を食い縛りながら顔を上げると、燃え盛る炎が視界に入る。早いペースで火の回った周辺の建物は、一部崩れ始めていた。
(エリックさんはああ言ってくれたけど……私、やっぱりみんなの足を引っ張っているだけだ……!)
「……違うよ」
「……っ?!」
シトラスの心の声を否定するように、凛とした声が耳に届く。
驚いて振り返ると、そこにはキルシェが立っていた。先ほどのダメージを思わせない、力強い表情で真っ直ぐにこちらを見つめている。
「シトラスは、みんなの足を引っ張ったりなんかしていないよ。いつでも、自分に出来ることを精一杯頑張ってるじゃん」
「そうポメ!」
キルシェの後ろからポメポメが駆け寄り、シトラスに向かって宝玉の付いた杖を振る。白みがかった緑色の光がシトラスを包みこみ、魔獣の攻撃で負った傷や疲労感が癒えていく。治癒魔法だ。
「シトラスはフワフワなんかしていないポメ!シトラスにはシトラスだけの強さがあるポメ!だからもっと、自分を信じるポメ!!」
「キルシェ、ポメポメ……」
キルシェはシトラスに手を差し伸べる。手が触れた瞬間、そこからピンク色の魔力がシトラスの身体へと流れ込む。キルシェも自分のエナジーを送ろうとしてくれているのだろうか。温かく優しい光だった。
「まぁ、正直ちょっとお人好し過ぎて大丈夫かなって思うところはあるけど……」
そう言って苦笑するキルシェの表情は、だけどどこか嬉しそうだ。
「でも、そうやって他の人のことでも自分のことのように思いやって心配できるところが、シトラスの良いところ。─シトラスらしさなんじゃない?」
「っ!!」
シトラスは顔を上げ、もう一度しっかりと前を向く。
先程まで感じていた焦りが消えていき、心は穏やかに凪いでいた。
他のどんなことで迷って答えを出せなくても、目の前にいる誰かを助けたい、寄り添いたいと感じた時にはいつでもすぐに答えを出すことが出来た。血で汚れるのも構わず、エリックに自分のハンカチを差し出した時もそうだった。
(誰かを思いやれることが、私らしさ……)
自分で思うと少し不思議な感じがするけれど、何故かすんなり受け入れられる言葉だった。
「ありがとう、キルシェ─私、わかったかも」
「え?」
瞬間、オレンジ・スプラッシュから眩いオレンジ色の光が溢れ出て、周囲を明るく照らし出した。シトラスはその柄を強く握りしめ、もう一度魔獣に向かって走り出す。
─グルゥウウウウ……?!
驚愕する魔獣をよそに、シトラスはその光を全身に纏って地面を蹴り跳躍する。空中で一回転すると、魔獣の背に向かってオレンジ・スプラッシュを振り下ろした。
「はぁあああっ!!」
ドゴォッ!!という凄まじい音と共に地面が揺れる。衝撃によって土煙が舞い上がり、視界が悪くなったことで魔獣の動きが止まった。
「よっしゃ!追い『氷菓子(ソルベ)』!!」
キルシェはその一瞬を逃さずに、先ほどよりも広範囲に氷結魔法を展開させる。氷が地面から足元にかけて魔獣を包み込み、完全に動きを封じた。
「シトラスちゃん!!」
「!ロゼ先輩…!!」
ロゼが、ライオンに変身したレオンの背に乗ってシトラスの元へ近付く。空中にシトラスと自分たちの足場を作ったロゼは、シトラスのそばで旋律を奏でる。
「あそこ、見て」
促されてシトラスが視線を落とすと、炎に阻まれて見えなかった魔獣の背、首の後ろ辺りにコアが光るのが見えた。ロゼが魔法で可視化してくれたらしい。
「あのコアを壊せば浄化出来ます……が、炎に覆われていますので」
「大丈夫です」
レオンの言葉を遮って、シトラスは答える。
「今なら出来ると思います。……信じてください」
シトラスの言葉に、レオンはふっと笑みをこぼす。どうやら、ロゼに言われた事の答えを見つけたらしい。ならば後は、それを信じるだけ。そう判断したのだ。
オレンジ・スプラッシュを握りしめて、シトラスは静かに目を閉じる。
熱さも、冷たさも、感じない。ただ、自分の中に沸き起こる力(エナジー)を感じるだけ。そして、それを解放する自分を想像する。
鮮明で明確なイメージが頭の中に浮かんだ時、彼女は目を見開いた。
「……っ!」
ロゼが作ってくれた魔力の足場から高く跳躍して、魔獣の首の後ろ─コアのある位置に狙いを定める。
魔獣は再び炎を放ってシトラスを追い払おうとしているが、シトラスは怯まなかった。それどころか逆に炎の中を突き進んでいき、一気に距離を詰めていく。そしてコアが視界に入ったところで、オレンジ・スプラッシュを向けて呪文を詠唱した。
「『陽光(ソレイユ・ルミエール)』!!」
瞬間、膨大な光がシトラスのハンマーから放たれる。『隕石(メテオライト)』よりも眩く、強い勢いを持った光の奔流。それでいて、名前の通り太陽の光のように温かく優しい光だった。
誰かのために、自分に出来ることがあるのなら、迷わずにする。
困っている誰かの気持ちに寄り添って、一緒に道を探す。
そうしてきたのは、シトラスがこうありたいと願ってきたからだ。
こうありたいと願っていたし、心からこうしたいと思って生きていた。
(それが、私らしさ……!)
正しいか、間違っているかなんてわからない。
だけど今はっきりと信じられる確かな自分は、ここに在る──……!!
「っあああぁあああっ!!!」
叫びながら、渾身の力でハンマーを振り下ろす。ガァンッと大きな音を立てて、オレンジ色の光がコアを破壊した。
─ガァアアアアアアア……ッ
断末魔を上げながら、魔獣はきらきらとしたオレンジ色の光に溶けて消えていく。攻撃を終えたシトラスは、ゆっくりと地上に着地した。
「シトラスーっ!!」
仔猫の姿に戻ったポメポメが真っ先にシトラスに飛びつく。シトラスはそれを抱き留めると優しく頭を撫でた。
「すごかったポメ!今までで一番かっこよかったポメ!!」
「だよねだよね!キルシェちゃんもそう思った!!」
キルシェが後ろからシトラスに抱きつきながらはしゃぐと、ポメポメもそれに同意するように鳴いた。キルシェと一緒になってはしゃいでいる姿を見て、シトラスは思わず笑ってしまう。
そんな二人と一匹の元に、ロゼと─人の姿に戻った─レオンが歩み寄った。
「シトラスちゃん、キルシェちゃん、街を元に戻しましょう」
「あっ、そうだった!シトラス、いける?」
「もちろん!」
シトラスに抱きついていたキルシェは離れるともう一度魔槍ピンキー・スイートを手にする。シトラスもポメポメを一度地上に下ろすと、魔槌オレンジ・スプラッシュを手にし直した。ロゼも、魔弦バイオレット・スコアを構えている。
『元に戻れ(ルトゥルネ)』
三人の魔法少女の詠唱と共に、破壊された町並みが元通りに修復されていく。魔獣によって半壊していたカフェも、炎に包まれて崩壊寸前だったビル群もその全てが本来の姿を取り戻していった。
そんな中で、シトラスはハッと思い出した。
(そうだ、エリックさん!!)
街が完全に元通りになったのと同時に、シトラスは三人の輪を離れて駆け出す。
「えっ!?シトラス、どこ行くの?!」
「シトラスちゃん、変身!変身解くの忘れているわよ!!」
後ろからキルシェとロゼの声がするが、今はそれどころではない。
一刻も早く、あの人の無事を確認しなければ。
変身を解く時間も惜しい。とにかくあの人が生きている姿を見て安心したい。
それだけを考えて、シトラスはエリックを避難させたビルの中に入っていった。
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