「かわいい」は正義!

「わっ、なにここ……!」


先ほどまで水族館にいたはずなのに、キルシェを取り囲む光景は幻想的な七色の光が飛び交う万華鏡のような世界だった。キルシェは驚きつつも、この不思議な空間を恐ろしいとは感じなかった。むしろ綺麗で居心地がいいとさえ感じたほどだ。


そんな中、キルシェの着ていた学校指定の体操着が光の粒子になって消えていく。


「えっ、変身ってそういう……⁉」


流石に服が消えたことに驚いたキルシェだったが、何となくこの状況が理解出来るようになりつつあった。幼い頃にテレビで見た子供向けアニメのヒロインも、こんな風に突然裸になった後に光に包まれて変身していたことを思い出したからだ。つまり、そういうことなのだろう。そうして衣服が全て消え去った後も、胸元にはブローチが張り付くように留まっていた。


「これ、どうやってくっついてるんだろ……って、わっ!!」


不思議そうに胸元をのぞき込んでいると、ブローチからピンク色のリボンのような光の束が溢れ出し、キルシェの身体を包み込んでいく。

服の形のように巻き付いたそれはまず、上下に分かれた形態のインナーを形成した。胸元と下腹部を覆い隠すものの臍部は露出したままで、まるで水着や下着を着けているようだ。

そこから更に、変化は進んでいく。上部のインナーに重なるように巻き付いたリボンはフリルとリボンに彩られたトップスに変化し、続けて下半身に巻き付いたリボンはピンク色のミニスカートを形成する。足には太ももまでのニーハイソックスと赤いショートブーツが現れ、二の腕にはフリルの袖飾り、手には手首までを覆う白いグローブが形成されていく。


そして後ろ腰に大きなリボンが出現してドレスの構築が完了する頃、キルシェのブローチからまたピンク色の光が放たれた。


それはやがて二つに分かれ、片方はキルシェの左腕にさくらんぼの図柄が描かれたシールドに。もうひとつは杖のように横長に伸びていったかと思うと、黄金色の柄と飴のように透き通ったピンク色の先端部を持ったスピアに変化する。


キルシェがそのスピアの柄を握ると、この空間で起こるべき事象は全て終了したらしい。万華鏡のように煌めいていた辺りの景色は水族館のメインホールへと戻っていった。




***





「キルシェ……!!」


光が霧散してそこに現れたのは、ピンク色の愛らしいへそ出しのセパレートドレスに身を包んだキルシェだった。シトラスとは色も形態も違う魔装ドレスだが、フリルの形やスカートの形状はシトラスのそれとそっくりだ。


手にはピンク色のスピアを持っていて、どうやらこれがキルシェの魔具らしい。



「ほ、ホントに変身しちゃった……!!」



キルシェは自分が変身してしまったことに驚いたように自分の身体をあちこち見回す。


「あ、あの、キルシェ!突然こんなことになってびっくりしてるかもしれないけど……」


シトラスは言葉を慎重に選びながら、何とか彼女を落ち着かせようと声をかける。自分だって最初に変身した時は驚いたのだから、キルシェだってそうに決まっている。



そう思っていたのだが、返ってきたキルシェの反応は……











「……っていうか、キルシェちゃんめっちゃかわいくない?!」



「「………へ?」」





シトラスとポメポメは同時に間の抜けた声をあげる。


「いやぁ~あたし元々かわいい自覚はあったんだけど、ますますかわいくなってる気がする!え、ちょっと待ってめっちゃかわいいんですけど!もちろんシトラス達もかわいいけどね!!」



そう言って目を輝かせながらシトラスの周りをぐるぐると回るキルシェ。その様子にシトラスもポメポメも目をぱちくりさせている。



「よしっ、大丈夫!かわいいは正義!かわいいあたし達がいれば無敵だよっ!キルシェちゃんに任せなさい!」



ふんすっ、と得意げな顔で胸を張るキルシェ。その言葉が本心から来るものなのか、それともこの場を和ませようとして言っているのかシトラスにはわからない。けれども、キルシェの笑顔は確かにこの場の重苦しさを和らげる力があった。


その明るさに、シトラスは今日まで何度も救われ、励まされてきたのだ。



─ザァアアアン……


水の音が響き渡り、キルシェは瞬時に後ろを振り返る。その眼差しには先ほどまでのような朗らかさは微塵もない。


「行くよ!!」


キルシェはフロアカーペットを蹴ると、魔獣に向かって一直線に駆け出す。魔獣もまた触手をキルシェに向かって伸ばすが、


「おりゃっ!!」


手に持ったスピアで触手を切り落とす。


「てぃっ!とりゃ!!」


そのままスピアをぶんぶんと振り回しながら、迫りくる触手を切り刻んでいくキルシェ。しかし触手の数は多く、なかなか本体までたどり着けずにいる。


「くっそー!数多すぎ!!これじゃキリがないよー!」


「キルシェ、その魔槍ピンキースイートは呪文を唱えればもっと強い魔法が使えるポメ!!」


「えっ、この槍そんなお名前だったの?ていうか、呪文!?」


急にそんなことを言われても困る、といった表情で聞き返すキルシェにポメポメは言葉を続ける。


「大丈夫ポメ!やりたいことを思い浮かべて、心に浮かんだ言葉を唱えるポメ!」


「やりたいこと……」


この魔獣に近付く為には─あの触手がどうにか動きを止めて隙を作ることが出来れば。




「『色とりどりの砂糖菓子(コロレ・コンフィズリー)』!!」




詠唱と同時にカラフルなキャンディの形をした魔力が、まるで散弾銃のようにピンキースイートから放たれる。色とりどりな飴玉に直撃した触手は、粉々に分解されて触手の形を保てずに水へと還っていく。



「ねぇ!コイツってあの水の柱みたいなやつから水をもらってるんだよね?」


「そうポメ!そこから水を供給できなくなればきっと……!!」


それを聞いたキルシェはふと閃く。


(水……そっか!)


起こしたい事象と、それを叶えるための鍵(ことば)。


キルシェはピンキースイートの柄を強く握り、魔獣に向ける。




「『氷菓子(ソルベ)』!!」




瞬間、槍先から冷気が放たれ辺りの温度を一気に下げる。同時に足元の床一面が一瞬にして凍りつき、魔獣の背後にある水柱にまで及んだ。魔獣の生命維持装置でもあったそれらはまるで氷像のように固まり、役目を果たせなくなる。


「よしっ、これでもうこいつは復活出来な……っ!?」


その瞬間、魔獣の体が突如として凄まじい勢いで膨れ上がる。そして、その触手が猛然と巨大水槽に突き刺さる。水槽の厚いアクリルガラスに一瞬で大穴が空き、魚もろとも中の水が流出し始める。魔獣はその水をむさぼり飲みこみ、体の傷を一瞬で修復した。


「うっそでしょ!?そんなのアリ!?」


「キルシェ!あれ……!!」


シトラスの指差す方を見ると、そこはイルカたちのいるステージコーナーの方向で、そこからも水が意志を持ったかのように魔獣のいる方に向かって流れているのが見えた。その上─





─キューっ!キューっ!!キューっ!!





「イルカたちまで!?」


魔獣はステージコーナーのプール内の水をイルカごと巻き込んでこちら側に引き寄せていた。突然プールから引きずり出されてこんな場所まで運ばれたイルカたちは、状況が飲み込めずパニックに陥っていた。




キューッ!キューッ!!キュイー!




こうして巨大水槽やステージコーナーのプールから直接水を集めた魔獣は、新たに水柱を形成して身体を修復する。水柱には水槽にいた魚たちやイルカたちも巻き込まれている。



「っ、これじゃ『氷菓子(ソルベ)』で凍らせられないよ……!」


もし水柱を凍らせてしまえば、中にいる魚やイルカたちも一緒に凍ってしまうだろう。そうなれば元も子もない。


「せめてあの子たちを逃がしてあげられればいいんだけど……!」


シトラスもこの状況に困惑していた。迂闊に攻撃をしてもし水柱にまで魔法の影響が及んでしまったら、魔獣だけではなく魚やイルカたちも巻き添えになってしまう。


「っ!シトラス、キルシェ!!来るポメ!!」


ポメポメの緊迫した声に顔を上げると、もう既に二人の目の前に水の触手たちが迫ってきていた。このままでは直撃は免れない─そう思った瞬間だった。






─ザザッ




─それまできれいに魚を象ったような形をしていた魔獣の身体が揺れ動き、触手の動きが一瞬だけ鈍る。まるで映像にノイズが入ったかのように不安定になったそれの表面には、細かい波紋がいくつも生まれていた。



「なに、これ……急に魔獣の身体がブレて……」


「シトラス!あれ見て!!」



キルシェの言葉に促されて顔を上げると、水柱の中に閉じ込められたイルカたちが魔獣の方を向いて口を開けて何か喋っているように見える。





「……超音波ポメ!」


ポメポメがハッと目を見開いて叫ぶ。


「っ!そっか!!さっき飼育員のお姉さんが言ってたよ!イルカは周りに障害物や仲間がいるかどうかを確認するために超音波を出すって!」


シトラスもそのことを思い出したのか、ハッとした表情で頷いた。


「じゃあアイツは、超音波のせいで身体がブレて動けなくなっているってこと?!」


「恐らくだけど、その可能性が高いポメ!─今なら本体を攻撃出来るチャンスポメ!!」


イルカたちは変わらず超音波を発し続けているらしい。再び魔獣の姿にノイズが入った。その一瞬の隙を突いて、次なる行動へと移る。


「よっしゃ!!今ならお魚さんたちを巻き込まないで攻撃できる!行こう、シトラス!!」


「うん!!」


二人は床を蹴って一斉に走り出す。

シトラスはオレンジ・スプラッシュを握り直し、身動きの取れない魔獣の本体まで一気に距離を詰めた。




「『花炎(フルール・ド・フレイム)』!!」




炎の華が魔獣の水分を蒸発させ、本体の核が剥き出しになる。ここまでは、これまでも出来た。だが、核を攻撃しようとするとそれまでの間に魔獣の身体は大気中の水分から復元されてしまい、倒しきれなかった。

だけど、今はひとりじゃない。


「キルシェ、お願い!!」


花炎(フルール・ド・フレイム)を放ったシトラスは、すかさずキルシェに呼びかける。それを聞いたキルシェは、手に握ったピンキースイートに魔力を込める。


「おっけー!まかせて!!」


シトラスの呼びかけに応えるように叫ぶと、キルシェはその穂先を魔獣の核へ向けた。そして─






「『さくらんぼのタルト(トルテ・オ・スリーズ)』!!」






瞬間、桃色の光線が勢いよくピンキースイートの先端から放たれる。一直線に駆け抜けたそれは魔獣の核を直撃し、そのまま貫くようにして貫通した。





「いっけぇぇぇえええ!!」




キルシェの叫びと共に、核を失った魔獣の身体が弾け飛ぶ。

砕け散ったそれらは床に落ちる前に光の粒子となって消えていった。







「やったポメ!魔獣の浄化に成功したポメ!!」


魔獣が消失すると同時に、魔力の影響を受けなくなった水の柱はその場に崩れ落ちる。─水柱が消失すると、魚たちは床の上にばらまかれ、イルカたちもドサッと音を立てて着地する。更に巨大水槽からは穴が開いた場所から水がほとばしり、どんどん床が水浸しになっていく。


「ま、まずいよシトラス!!どうしよう!」


「大丈夫、一緒にみんなを元に戻そう」


シトラスは慌てるキルシェの手を取り、優しい笑顔で語り掛ける。シトラスはオレンジ・スプラッシュに、キルシェはピンキースイートに魔力を込め、その柄を床の上に突き立てる。



「『元に戻れ(ルトゥルネ)』」



瞬間、オレンジとピンクの光が水族館の館内全体に広がっていく。床に落ちてしまったイルカや魚たちは零れ落ちた水と共に、元の水槽へと運ばれていく。そして、ここまでの戦闘で破壊された水槽や施設の設備も、全て修復されていった。




─きゅーっ!きゅーっ!




背後の方で、ステージエリアに戻っていくイルカたちの鳴き声が聞こえ、キルシェとシトラスは振り返る。



「二人にお礼を言ってるみたいポメ」


「そんな……助けてもらったのはこっちの方なのに」



シトラスは申し訳無さそうに呟く。



「キルシェとシトラスは飼育員のお姉さんを助けたポメ。だからイルカたちも二人に感謝してると思うポメ」


ポメポメの言葉に、シトラスとキルシェは顔を見合わせる。そして、どちらからともなく微笑んだ。




「……そっか、じゃあお互いありがとう、だね!」


イルカさんたち、ありがとーっ!とキルシェはステージエリアに戻っていくイルカたちの方に手を振った。すると、まるで言葉がわかるかのように、イルカが大きく鳴き声をあげた。それを聞いた他のイルカたちも次々に鳴き声をあげる。


その様子にシトラスとキルシェ、ポメポメは笑顔を浮かべた。




「そういえば……普通にしゃべっちゃってたけどキミ、ポメポメでしょ?シトラスのおうちの」


キルシェが思い出したように、ポメポメに向かって言う。


「ポメっ!?なんでわかったポメ⁉」


「だって語尾がポメだし、こことかそことかにどことなーくポメポメっぽさが残っているっていうか……」


黄緑色の髪や猫のような耳、尻尾を見てキルシェが言う。

キルシェは猫であった時のポメポメしか見たことがなかったが、その仕草や雰囲気にどことなく覚えがあるような気がしていたようだ。


「確かにちょっと面影あるよね。わかる人にはポメポメだってわかるような」


「ポメーっ!どういう意味ポメ!?」


ポメポメが抗議するように声をあげる。どうやらポメポメは、猫の姿の時の自分よりも人の姿の時の自分の方が可愛いと思っているらしく、猫の時の面影があると言われたのが不服のようだ。


「どっちもかわいいってことだよ!!あとで色々教えてね?キルシェちゃんに話してなかったことぜんぶ!」


キルシェはポメポメの頭をぽんぽんと撫でながらそう言った。ポメポメはまだ少し不服そうだったが、撫でられて悪い気がしないらしくされるがままになっている。



「キルシェ、戻ろう。みんなが待ってる」



シトラスはそう言って、ブローチに両手を翳す。すると魔装ドレスはオレンジ色のリボンに還り、やがてシトラスは元の学校指定の体操着姿に戻った。キルシェもそれを真似るようにブローチに手を翳すと、魔装ドレスがピンク色のリボンになって解けていき、彼女もまた体操着姿に戻っていく。





「そうだね、行こっか!」


そして二人は手を繋ぎ、出口に向かって歩き始めた。その姿はどこからどう見ても普通の女子高生であり、何も知らない者が見ても先程まで彼女達が魔獣と熾烈な戦いを繰り広げていたとは想像もできないだろう。

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