闇の策略

「まさか魔獣が浄化されるなんてね……それも、人間の少女に」


黒き明日(ディマイン・ノワール)本拠地─


人間界に送り込んだ魔獣が少女に倒されたという報告を受けて数週間。

インヴァスは興味深げにスクリーンに映し出された映像を眺めていた。そこに映っているのはオレンジ色の愛らしい衣装に身を包み、オレンジの切り口のような形状のハンマーで魔獣に打撃を与える魔法少女の姿だった。


「……へぇー。やるじゃんあの子。なんて名前?」


それまで興味無さげに頬杖をついていたエルロコが顔を上げ、画面を見つめながら呟いた。


「そこまではまだ……向こうから報告も上がっていないし、記録映像も途中で何かアクシデントがあったようで断片的なことしか映っていないのよね」


「えーっ!!あんなに自分たちの技術に自信アリアリな黒き明日(ディマイン・ノワール)の魔導科学部門の人たちが整備したのに!?」


エルロコの信じられないといった声に、同じ室内にいたシュバルツェは眉根を潜めた。


「……弁解するつもりはないが、何者かの手によって人為的に操作された可能性がある。現在記録装置はメンテナンス中だ」


「そう……ともかく私たちの作戦の脅威になる存在が現れた以上、データは重要よ。早急に解決してちょうだい」


インヴァスは改めて報告として挙がってきた資料と不完全な記録映像を見てため息をつく。


「この子……この戦闘が初陣だって聞いたけれど」


「らしいな。立ち回りにもまだ荒が目立つが……」


記録装置からは所々で不可解なノイズが発生していて、時折映像は場面が飛んでいる。しかしそれでも少女が不慣れながらも魔法を扱い、魔獣を討伐した事実を確認するには十分であった。


「ねーインヴァス、それよりさぁ。また新しい魔獣を送り込むんでしょ?ラコルトに」


今度はどんなやつ?簡単にやられたりしない?とエルロコがワクワクとした目で問いかけるとインヴァスはやや呆れた様子で答えた。


「そうね。前回のは帰宅ラッシュ時の駅前に召喚して一応エナジーのノルマ分は回収できたから……今回もまた人が大勢集まる場所に、その場所の特性を生かした能力を付与させて送り込むつもりよ」


「その場所の特性って……」


少女と魔獣の戦闘記録を映し出していたモニターの画面が切り替わると、見る者に水や波のうねりを連想させるような流線形の近代的な建築物が現れる。建築物の写真のそばにそれよりも小さいサイズで、建物の内部を写したと思われる水槽やイルカのプールなどが映る画像が重ねられていく。


「マリン・ユートピア─つい最近リニューアルオープンしたばかりのラコルト市内の水族館よ。何でも今日は市内の高校生の校外学習で貸し切り状態みたい」


そう言ってインヴァスはタブレット端末を操作して事前に入手した園内施設の情報を読み上げる。そして一通り読み終えると顔をあげた。


「なるほどな。……仕込むポイントとしては十分だろう」


「こういうお遊びスポットに集まる人間ちゃんって心が隙だらけでエナジーわんさか取れそうだよね?これはとーっても楽しくなりそう!」


エルロコは目を輝かせながら、起こりえる最悪のシナリオを想像してニヤニヤと笑みを浮かべている。


「そうね……何事も無ければ、こちらが有利な状況だと思うのだけど」


インヴァスは考え込むように口元に手をやると目を伏せる。


現地に送り込まれているのは今回も、組織内のナンバー2であるあの男。邪神からの信頼も厚く、腕前もその実績にふさわしい実力者だ。

しかし、インヴァスは知っている。この男は常に本心を隠す仮面のような笑顔の下で何を考えているのかまるで分からない人物であることを。


(そもそもあれだけの実力を持った男が、どうして人間の少女ひとり止めることが出来なかったのかしら……)



魔獣が目標値のエナジー回収を達成したのでわざわざ止める必要性が無かったと言われればそれまでだが、だとしても今後の作戦に置いて支障が出ないとも限らないし、何よりあの慎重な男の行動とは考えにくい。

それに前回の件も気になるところではある。その謎を解くためには現地の記録が何より頼りになるのだが、記録媒体は今頼りに出来ない状況にある。


(まぁいいわ。どちらにせよ、まずは今回の目的を完遂しなければ)


ひとまず今は目の前の案件を片付けよう。そう結論づけるとインヴァスは魔獣を人間界に転送すべく祭壇の間へと向かい歩みを進めていったのだった―

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