言葉のいらないともだち

マリン・ユートピア水族館の目玉は大きく分けて二つ。


ひとつはメインホールの「巨大水槽」。サメやエイといった見ごたえのある海洋生物が悠々と泳ぐ姿が見られる、この水族館の中でも一際目立つスポットだ。世界的に見ても最大規模の大きさを誇る水槽内では、およそ60種以上もの魚が飼育されている。


もうひとつが、イルカやペンギンなどのパフォーマンスショーが定時に行われて人気を博する「ステージエリア」。やってくる来館者の中にはこれを目的にする人々も少なくない。複数の生物によるパフォーマンスショーを開園日はほぼ毎日行っているが、特に人懐っこく愛らしいイルカ達の人気はずば抜けており、週末や行楽シーズンになるとショーの時間は客席が満員になるほどだという。


「わ~イルカさんだ~!シトラス早く早く!!」


「待ってよキルシェ!」


自由時間になるや否や、キルシェはシトラスを引っ張ってイルカのいるプールへと向かった。今はショーを開催している時間帯では無いが、イルカたちを自由に見学することはできるらしい。

噂に違わずイルカたちは人懐っこい性格らしく、プールの付近に現れたシトラス達を見つけるやジャンプをしたり、近付いて顔を出したりと愛嬌たっぷりにアピールしてみせた。


「か~~~~わ~~~~いいぃ~~~~~~!!」


キルシェは歓声をあげながら次々と近寄ってくるイルカ達を興奮気味に眺めている。

きゅっきゅっ、と鳴き声を響かせているイルカ達はまるで自分たちに何かを訴えかけているようだと思いながら見ていると、一人の女性が二人に近づいて話しかけてきた。


「イルカも人と同じで、仲間とコミュニケーションを取ることが出来るのよ」


「えっ!そうなんですか?」


ウォータースーツの上からウィンドブレーカーを羽織り、首からネームプレートを下げている女性はどうやらイルカ担当のスタッフらしい。


「そう。イルカって実は視力はそんなに良くない生き物なんだけど、その代わり水の中では超音波を感じ取ったり、逆に自分から超音波を発することもできるの。その跳ね返りで水の中にある障害物や仲間のいる位置が分かるから、こうやって一緒に泳いだりできるのよ」


なるほどと思いつつ、シトラスは改めて周囲の水面を見回す。よく見ると確かに何頭か同じ種類のイルカが一緒に並んで泳いでいた。視力が弱いにもかかわらずこうして仲間との距離感を適切に保てるのも、超音波を感知出来る性質によるものなのだろう。


「おねーさん、このきゅっきゅっていう鳴き声もコミュニケーションなんですか?」


キルシェが尋ねると女性はうなずいた。


「そうよ。仲間とおしゃべりをしたり、餌を取るために協力するために出す声なの。……この子たちは、二人とおしゃべりしたいみたいね」


きゅっきゅ、とイルカたちが鳴くのを聞いて、思わず顔を見合わせて笑ってしまう。


「そっかぁ!一緒にお話しして遊ぶって、あたし達とお揃いだね!!」


キルシェが言うとイルカたちも返事をするように一斉に鳴きだす。


「わーっ!いっぺんにしゃべってもわかんないよーっ!」


キルシェの言葉に反応したのか再び同時に鳴きだしたため、シトラスとスタッフの女性は顔を見合わせると笑いだした。


(言葉が通じなくてもコミュニケーションが取れる……不思議ポメ)


シトラスのリュックの中で外のやり取りを聞いていたポメポメは、そんなことを考えながらシトラスが入れてくれたおやつのクッキーをこっそりと齧っていた。

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