花言葉の杜
菜月 夕
第1話クリスマスローズ
街にはクリスマスソングが流れている。
華やかな街に思わずケッと毒づいてしまう。
クリスマスイブに休みをもぎ取るために頑張った私は悪くない。
やっと取った休みを報告に行った彼に「杏、俺はほんとの恋を見つけたんだ」と言われるまでは。
一人寂しく家に帰った私を待っていたのはトドメのクリスマスローズの鉢植えだった。
なに、私は悪役令嬢かいっ!
毒のある紫のクリスマスローズ。その花言葉は中傷だ。
私、彼を奪った彼女だかの顔もよく覚えていないんだけど!
確か最近入った小さくて可愛い感じの受付嬢だったとは思う。少し大柄でショートヘアの私とは大違いの彼女。
何の接点も思い出せないんだけど。せいぜい彼女の前を山盛りの資料を抱えて同期に負けないように、クリスマスに間に合うように、風を切って歩いて行った位だ。
中々、彼と連絡も取れない私に同僚が私の悪い噂をしている女性がいると教えてくれた事があったけれど、そんな事も気にしている暇もなかった。
その噂のもとが彼女だ、と言うのは同僚から聞いていた。
まさかそんな中傷で彼女に乗り換えるなんて。
確かに彼とは大学からで最近はマンネリだったけれど。
寒さを感じる部屋にクリスマスローズが暖かく揺れている。
そうね。あなたには罪はないものね。
送り主の名も無いクリスマスローズ。それを見つめていた時にスマホが淡く光って着信を報せた。
私の部下の木下君だ。
「先輩、助けてもらえませんか」
クリスマスに残業の呼び出しかいっ。まあいいか。こんなとこに閉じこもってても気が滅入るだけだ。
結局、その夜は深夜近くまでトラブルの解消にかかってしまった。
「先輩。済みませんでした。クリスマスで予定もあったんでしょうに」
残念だね。私の予定はこの先しばらく飽きっぱなし。
「お詫びにおごらせてください。こんな時でも開いている良い店があるんですよ」
そう言えば木下君って私が彼に振られたときにあの事務所にいたわね。
今回の仕事も彼だけでもなんとかなったはず。もしかしてこう言う時は何も考えず動く方がいいって彼が気を利かせてくれたのかな。
その時、ふっとクリスマスローズの香りが彼から匂ってきた。
そう言えばクリスマスローズのもう一つの花言葉は『私を忘れないで』だ。
木下君はいつも言ってたよね。
貴女のそばには僕が居るんですからね。
クリスマスローズは私の傍で咲いている。それに気づかなかっただけだ。
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