第15話 【新型の身体強化魔術】

 

「俺が子供の頃……それこそ小学生に上がるより前の将来の夢は消防士だった」


「消防士?」


 その日、俺が過去の懐かしい思い出を語るとユツキは小首を傾げて困惑した。


「それはなにか、火事に巻き込まれて消防士に助けられたとかだったのかな?」


「残念ながら、そういう感動的なエピソードはないな」


 俺が消防士になりたかった理由は、もっと単純でお馬鹿なものだった。


「当時に俺にとって消防車っていうのが世界で一番格好良い乗り物だと思えていたんだ。だから本物の消防車に乗るなら消防士になるしかないと思っていた」


「あはは。なんか可愛いね」


 うん。まぁ、勉強とは無縁の環境にいた頃の話だから、あの時の俺は自分でも無邪気な子供だったと思っている。


「だが小学校に上がってとんとん拍子に成績が上がって知識が詰め込まれていくと将来の夢なんて忘れて……気付いたら医者になってた」


「過程がバッサリとカットされた!?」


「ぶっちゃけ、俺が医者になりたかったというより、周りが医者になる以外の道を用意しなかったという方が正しかったな。特に高校の教師とか頼むから海外の大学に進学してくれって泣いて頼んで来たし」


「なにがあったし」


「どうやら周りからの圧力が半端じゃなかったらしい」


「うわぁ~」


 自分の将来くらい自分で決めさせて欲しかったが、そういう訳にもいかない事情があったようだ。


「そういう訳で、俺は消防士ではなく医者になってしまったわけだ」


「本当は消防士になりたかった?」


「流石に小学校に上がって以降は消防士になりたいとは思わなかったな」


 当時は本気だった気がするが、成長するにつれて消防車への魅力は薄れてしまった。


「だが大人になって改めて消防士のことを知った時、消防士を格好良いと思った」


「へ? そうなの?」


「だって、消防士って人を助ける為に躊躇なく火の中に飛び込んでいく職業なんだぜ。俺も医者として人を助ける職業だとは思っていたが、自分の職業に誇りがなければ出来ない所業だって思い知らされたね」


 そう。俺は大人になってから改めて消防士という職業を知ってリスペクトしたくなったくらいだ。


 人を助ける為に命を懸けることが出来る職業というのは、それだけで尊敬に値する。


 流石は消防士ファイアーファイターだ。


「そういう意味では自衛隊にも憧れたな」


「男の子だねぇ~」


「いや、自衛隊の練度は世界最高クラスらしいぞ。それにひとたび災害が起これば、どんな国にでも真っ先に救助に向かう姿勢が格好良い」


「……あなたにとって職業を選ぶ基準って格好良さなんだ」


「否定はしない」


 出来れば自分の仕事に誇りを持てる職業を選びたいと思うのは自然な話だろう。


「そういうユツキの将来の夢は学校の先生だった?」


「そうだね。あのまま生きていれば小学校の先生になりたかったかな」


 孤児院で兄弟姉妹相手に教鞭と執っていたように、やはりユツキは学校の先生になりたかったようだ。


「でも、実は子供の頃の夢は……お嫁さんだったかな」


「お、おう。叶ったじゃん」


「そ、そうだね」


 これもよくある微笑ましい話だが、こうして俺の嫁となって子供までいる現状はユツキにとっては1つの理想だったのかもしれない。


「カツキにも大人になって夢を叶えてくれる職業が見つかるといいね」


「そうだな」


 ユツキに抱っこされてスヤスヤ眠る愛娘を見ながら俺は大きく頷いた。






 先代の団長と副団長が怪我を治したらサッサと旅立ってから翌日。


 俺とユツキは将来の夢というテーマで盛り上がっていた。


 ちなみに、あの2人は去り際に……。


『また怪我をしたら来る』


『よろしくお願いしますぞ』


 とか言い残して去っていった。


 まったくもって迷惑な2人組だ。


「お陰でアルカティアとベルガにも正体がバレたっぽいしな」


「台風みたいな人達だったね」


 本当に困った奴らだったとしか言いようがない。


 途中、割とマジで仕留めようかと迷ったくらいだ。


「手加減したのは副団長さんのお父さん達だったから?」


「ソ、ソンナコトネェシ」


 別に殺さなかった理由にキリエのことは含まれていない――筈。


「あなたって、なんだかんだ言いながら副団長さんには甘いよねぇ~」


「……ごめんなさい」


 否定しきれないので普通に謝ることしか出来なかった。


 長年の相棒で幼馴染というのは見捨てるには付き合いが長すぎたのだ。


「言っておくけど、奥さんは私なんだからね?」


「愛しているよ、ユツキ」


「う、うん」


 素直に愛を伝えるとユツキは頬を赤く染めて俯いてしまう。


 ストレートに気持ちを伝えられると照れてしまうのも日本人らしいと思う。




 ◇◆◇




 一方その頃、焚火の前で座り込んだ2人の男が話をしていた。


「完敗……でしたな」


 そう言ったのはキリヤ=エンブルグ。剣聖の2つ名で呼ばれる男だ。


「ちっ。歳は取りたくないもんじゃな」


 返すのはアルダナ=ブレイズ。武神の2つ名で呼ばれる男。


「確かにそうですな。本調子には程遠かったとはいえ、全盛期の頃なら負傷など無視して立ち向かうことが出来たでしょう。筋力や体力には衰えた点がない自信はありましたが……いつの間にか気概を失くしていたようですな」


「…………」


 キリヤに言葉に面白くなさそうに視線を逸らすアルダナ。


「そもそも、我々が無茶を出来ていたのも優秀な治癒師がバックにいたからです」


「お陰で慣れるのに偉く時間が掛かったぞ」


「そうですな」


 どんな負傷をしても完全に治してくれる治癒師がいたから、彼らが傭兵団を離れた後は自分の負傷に無頓着な点に苦しめられた。


 身体に不調が出るような怪我を負ったのも、その頃の名残が原因だ。


 お陰で今は無謀な突撃を控えるようになったが、そのお陰で当時の気概まで失ったというのだから笑えない。


「今頃は御嬢様とキリエも苦労しているでしょうな」


「それが当たり前じゃろう」


「そうでしたな」


 クルシェ=イェーガーや先代のオルガ=イェーガーのような優秀過ぎるバックアップが当たり前のようにいる方が不自然な環境だったのだ。


 そんな環境に慣れていたから今は実力を発揮出来ません、では話にならない。


「幸い、出発の際には薬を何本か分けてもらえましたからな。暫くは大丈夫でしょう」


「おい! 聞いてないぞ。ワシにも寄こせ!」


 クルシェ=イェーガーの作る薬は本人の治癒術程ではないが高性能な効果を発揮する。


 それがあれば多少の無茶は効くようになる。


「お断りします。団長殿はもっと慎重な立ち回りをするべきですな」


「良いから、寄こせ!」


 2人は暫くの間、薬を巡って醜い争いを繰り返した。




 ◇◇◇




 どのような葛藤があったのかは知らないが、数日後には結局アルカティアとベルガは俺の診療所に顔を出した。


「薬か? 稼ぎか?」


「……両方だ」


 どうやらアルカティア用の鎮静剤が切れた上に、金もなくなって首が回らなくなったらしい。


「お前らも難儀だねぇ~」


「お世話になりますわ」


 肩を竦めて呆れる俺に素直に頭を下げるアルカティア。


 まぁ、こいつは表面上は平静に見えるが、まだまだ心の傷は深く大きい。


 俺の鎮静剤なしでは日常生活を送るのも難しいのだから、俺を敵に回せるような環境ではないと分かっているのだろう。


 仇である俺に向かって頭を下げて頼まなければいけないくらいには。


「くっ。俺にもっと力があれば……!」


 そんなアルカティアを見てベルガは歯を食いしばって悔しがっているが、そもそもアルカティアを1人にして攫われるようなヘマをしたこいつが悪い。


 自力で取り戻した功績は褒めてやってもいいが、そもそも護衛対象から目を離すとか愚の骨頂である。


「あら、いらっしゃい」


「だぅ~」


 そんな2人をユツキとカツキが住居から出て来て出迎える。


「…………」


 少なくとも俺だったら護りたい対象から離れて単独行動しようとは思わないけどな。


 恐らく金を稼ぐ為の別行動だったのだろうが、それにしたって信頼出来る人間を作って預けるとかすればよかったのだ。


 そういう最善の行動がとれなかった時点でベルガの過失である。






「ぬぉぉぉ~~~っ!」


 ベルガが必死にペダルを漕ぐのを横目で眺めながらお茶を飲みながらアルカティアと話をする。


 うん。今日も相変わらず診療所は閑古鳥が鳴いている。


「ユツキさんも影狼のメンバーだったのですか?」


「私は管理職として雇われただけだよ。いきなり誰かさんにプロポーズされたけど」


「…………」


 言いながら俺を横目で見て来るユツキ。


 そうね。割と最初の段階から俺ってばユツキにプロポーズしてたね。


「凄く好みだったのだから仕方ない」


 ユツキにも色々と事情があったとはいえ、俺は全く後悔なんてしていない。


「それで、お聞きしたいことがあるのですが……」


「ん?」


「国が崩壊するまで戦いを止めなかったのは何故なのでしょう?」


「…………」


 意外と核心的なことをストレートに聞いて来た。


「ハッキリ言ってしまえば王族が……というか王が間抜けだったからだ」


「…………」


「王がきっかけで始まった戦闘で、こちらから折れる訳にはいかなかった。無駄にプライドの高い王を相手に下手に出れば、何処までもつけ上がるからな」


「…………」


「だから俺達は王が自らの意思で和解を提案するのを待つ以外に選択肢はなかった。そして、その選択をするのが遅かったから国が崩壊したんだ」


「……全てはお父様が愚かだったから、ですか」


「そいうことになるな」


 これはアルカティア自身も分かっていたことだろうが、改めて俺の口から告げられてガッカリしているようだ。


「そうですわね。あのお父様ですから、相手が下手に出れば調子に乗って何処までも無茶な要求をしたでしょう。そういう意味では、あなた方はお父様が自ら動いて停戦を決めるのを待つことしか出来なかったわけですか」


 あの戦いは王が俺達に対して理不尽な命令を出して、それを撤回させる為に俺達は反攻作戦を開始したというのが真相だ。


 俺達からすれば、王を追い詰めて音を上げて命令を撤回するのを待つことしか出来なかったのだ。


「正直な話をすれば、こっちとしても商売あがったりだ。単純な勝敗という意味では俺達の勝ちに見えるかもしれないが、土地を借りていた国を崩壊させた傭兵団なんて噂が上がって解散する羽目になった。本当、誰も得をしない戦いだった」


 いや。約1名、団長殿だけは嬉々として戦いに参加していたが、あれは例外だろう。


「国は崩壊し、傭兵団は解散。確かに誰も得をしておりませんわね」


 アルカティアはそう言って深く嘆息した。


「ぜぃ~っ! ぜぃ~っ! ぜぃ~っ! お、終わったぞ」


「おう。お疲れ~」


 その時、必死にペダルを漕いでいたベルガが今日のノルマを達成してフラフラと近付いて来たが、どうやら話は聞こえていなかったらしい。


 まぁ、こいつには余計なことは言わなくて良いだろう。




 ◇◇◇




 あれから幾日か経過して、俺が定期的に行っていた各地の情報収集に気になる情報がヒットした。


「新型の身体強化魔術?」


「ああ。どうやら最近はそういうのが流行っているらしい」


 通常の身体強化魔術なら今までも俺とユツキも使えていたのだが、どうやら改良版が世間に出回っているようだ。


「それって私達が使っているのより高性能なの?」


「うぅ~ん。正直に言えば……微妙?」


「改良された身体強化魔術じゃなかったの?」


「そもそも、俺らが凄いのは使っているのは身体強化魔術が優れているわけじゃなくて、繊細な魔力制御による高等技術の結果だから」


 魔力を精密に制御することにより、身体強化魔術の効果を使用者に最適化して使えるようにする、というのが重要だった。


 ユツキには俺が丁寧に教えた結果、俺と同レベルの身体強化魔術の行使が可能になっている。


 まぁ、同レベルなのはあくまで身体強化魔術によって向上するパワーであって、戦闘力が皆無であることに変わりないけど。


「だから魔力制御が下手な奴が使っても効果がいまいちだったんだが、この新型は魔力制御が下手な奴でもある程度は効果が出るって代物らしい」


「それって今まで下手だった人には効果があるけど、私達には殆ど意味がないってことだよね?」


「そうなるな」


 新型の身体強化魔術は魔力制御が下手な奴には重宝されるだろうが、俺達みたいな魔力制御が上手い奴にとっては無用の産物だった。


「つまり、私達には関係のない情報ってこと?」


「一応、今まで雑魚だった奴らの力の底上げにはなっているから注意が必要だが、そこまで気にするほどでもないな」


 雑魚がちょっとマシな雑魚になるくらいで、急に強者になるわけじゃない。


「でも魔術って改良出来るんだね。知らなかった」


「……普通は出来ないんだけどな」


 ユツキは驚いているようだが、俺だって魔術を改良するなんて話は初耳である。


「普通、魔術っていうのは長い研究の末に編み出されて、それを更に長い時間を掛けて最適化したものを言うんだ。世間に出回っている魔術で改良の余地がある部分なんて残されているわけがない」


 魔術専門の研究者が何十人、下手をすれば何百人も顔を突き合わせて数十年も掛けて研究した末に出来上がるのが魔術だ。


 改良出来る部分なんて研究者によって改良しつくされているのが普通だ。


「それじゃ身体強化魔術には改良出来る部分が残っていたってこと?」


「そういうことになるが……おかしな話だと思う」


 魔術の中でも身体強化魔術は初歩の初歩と言われて、最も研究され尽くされた魔術なのに、まだ改良の余地が残っていたというのは不自然過ぎる。


「なんか怪しいね」


「同感だ」


 俺はユツキと話合って新型の身体強化魔術には手を出さないことに決めた。






 その日の午後、今日も診療所にやって来たアルカティアとベルガなのだが……。


「ぬ。くっ……ぐむ」


 ペダルを漕ぎに向かうベルガの動きが妙にぎこちなかった。


「なんだ、あれ? 筋肉痛か?」


 まるでロボットのようにカクカクした動きが不気味でアルカティアに尋ねる。


「どうも、最近街で流行している新型の身体強化魔術を試しているようですわ」


「……あれに手を出したのか」


 タイムリーなことにベルガは改良された身体強化魔術を実践中らしい。


「効果は上がったみたいですが、ご覧のように動きがぎこちなくなってしまうようです」


「使えねぇ~」


 俺としても賢者の石を手に入れた段階で身体強化魔術を調整するのに苦労した経験はあるのだが、あれと同じように使いこなすことが出来るようになるまで時間が掛かるらしい。


「つ~か。安全性も確認出来ていない魔術に手を出すのはお奨めしないがなぁ~」


「わたくしもそう言ったのですが、最近のベルガは力不足を嘆いていましたから」


「…………」


 どうも俺との力の差を目の当たりにして焦ってしまったようだ。


「一朝一夕で手に入る力なんて実になるとは思えんがな」


 重要なのは日々の積み重ねであって、急速に強くなる裏技には落とし穴があるものなのだ。


「ぬ……おぉぉ……っ!」


 実際、ペダルを漕ぐベルガは動きがギクシャクしてノルマを達成するまで時間が掛かりそうだった。


 悲しいくらい滑稽に見えた。




 ◇◇◇




 だが数日もすれば慣れて来たのか、ベルガがペダルを漕ぐ効率は上がって来た。


 以前によりもノルマを達成するのが早くなって俺としても文句はないのだが……。


「俺は……こんなことの為に新型の身体強化魔術を習得した訳じゃないんだぞ!」


「がんばれ、がんばれ~」


「だぅ~」


 ベルガ本人は嘆いていたが、俺とカツキは普通に応援した。


(ふむ。前の1.5倍くらいの効率は出ているな。もっと慣れれば倍近い出力が出せるかもしれないな)


 ついでに俺は新型の身体強化魔術を観察していたのだが、思っていた以上に効率を出せるみたいで少し驚いた。


 とは言っても、どんな副作用があるか分からないので自分やユツキが使うのはまだまだ先の話になるが。


 まぁ、観察対象がいれば数日でメリットとデメリットくらいは発見出来るが。


 まずメリットとしては習得の容易さが上げられる。


 最初は動きがぎこちなかったベルガが数日で見違えるほどに動きが良くなったということは、それだけ慣れるのが容易だということになる。


 無論、通常の身体強化魔術よりも効果が高いこともメリットに含まれる。


 反面、デメリットとしては――魔力の消費が大きいこと。


 ここ数日のベルガを観察していたが、明らかに以前よりも息切れするまでの時間が短くなっていた。


 魔力というのは魔術に対する燃料というだけではなく、消耗すると連動して体力も失う性質があると言われているので、通常の身体強化魔術よりも魔力消費が多いのは明らかだ。


 それと習得が容易な反面、発展性がないということもデメリットだ。


 誰にでも使いやすく効果が高いと言えば聞こえはいいが、通常の身体強化魔術のように使い手の魔力制御によって爆発的に効果を高めることが出来るという利点が消えている。


 ぶっちゃけ、誰が使っても一定の効果が出るというだけで、将来性というものを完全に切り捨てている点が一番のデメリットだと思う。


「うおりゃぁぁぁ~~~っ!」


「…………」


 まぁ、ベルガ本人は効果を実感して満足しているみたいだから言わないけどさ。




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