第13話 【お魚が食べたいと申すか】
「今だから分かることですが、当時のわたくしは本当に幼く世間知らずでした」
今日も我が家にやって来たアルカティアとベルガ。
アルカティアの方はカツキを膝の上に抱っこして精神の安定を図っているように見えるが、カツキには出来れば俺の膝に座ってもらいたい。
ともあれ、そんな状態でアルカティアは当時の――つまり国が崩壊した5年前の話をしていた。
「そして、わたくしの父や兄は……愚かな人でした」
「だう?」
アルカティアにギュッと抱きしめられたカツキが首を傾げている姿が可愛い。
「当時はわたくしの国は大きく偉大だと思い込んでいましたが、実際にはただの小さな国でした。なのに、父と兄は自尊心が高く、自分達は偉大な王だと必死に思い込もうとしていました」
「…………」
「そのコンプレックスによって常に隣国に戦争を仕掛けるように辺境の貴族に指示を出していたのだとベルガに聞きました。しかも、その戦争に勝てていたのは国内に存在していた傭兵団に依頼していたからだと」
アルカティアが話す内容の大半は俺が知るものだった。
なんせ、その傭兵団を実際に運営していたのは他でもなく俺自身なのだから。
「ですが、傭兵団を雇い続けるには王国は資金難でした。傭兵団を雇えるから戦争に勝てるのに、傭兵団が雇えなくなったら戦争には勝てなくなってしまいます。そこで愚かな父と兄は傭兵団を国で囲い込んでしまおうと画策しました。そうすれば無料で傭兵団を使えると思ったのでしょうね」
アルカティアは無知だった当時の自分を思い出しているのか自嘲しながら話す。
「どうして傭兵団の力を借りなければ戦争に勝てないような国に、その傭兵団が大人しく従うと思ったのでしょうね? 結果として傭兵団には反旗を翻されて……国は崩壊してしまいました」
「あいつら……いくらなんでも短慮すぎる!」
アルカティアが自嘲する一方でベルガは俺達に対して不満がありそうだった。
「いきなり全面拒否して臨戦態勢に入るなんて、もう少し段階を踏んで穏便に話を進めていれば崩壊までしなくて済んだんだ!」
「……それは無茶な話でしょう」
憤るベルガに対してアルカティアは冷静だった。
「通達が行ったのが貴族というなら兎も角、王族からの直接の通達だったと聞いています。王からの通達である以上、それがどんな理不尽な命令であったとして国の総意として見られます。例え小国の王からの通達だったとしても、王からの通達というのは……それくらい重いものなのです」
「そ、それは……そうかもしれないけど」
そう。この世界の王というのは国の絶対支配者に近い認識をされる。
王がそう決めたというのなら、それは既に決定事項であり、覆すことが出来ない命令として扱われるのだ。
だから、当時の俺は迷うことなく反攻することに賛成出来たのだ。
少なくとも交渉して説得しようなんて欠片も考えなかった。
「結局、我が国の軍は傭兵団を相手に連戦連敗。報告を聞く父の顔色が日に日に悪くなっていったのを覚えています。もっと早く停戦を決断していれば国を継続する道もあったかもしれませんが……それをするには父と兄のプライドは高過ぎました」
そう言ってアルカティアは深く嘆息した。
「その傭兵団を恨んでいるのか?」
だから、そんなアルカティアに俺は聞いてみた。
「それは……分かりません。傭兵団に他に選択肢がなかったことは今は理解していますが、もっと穏便な方法もあったのではないかとも思います」
「…………」
ぶっちゃけて言えば、あの時は王の判断が遅すぎたし、プライドは無駄に高かった。
貴族からの和解の提案では俺達は止まれなかったし、王が和解を提案するにはプライドが高過ぎたのだろう。
俺としても引くに引けない状況になってしまい、国は崩壊して傭兵団は解散という誰も得しない結果になってしまった。
「それで、そんな話を俺達に聞かせてどうするつもりだ?」
「わたくしはカツキ様のお陰で少しだけ持ち直しましたが、まだ鎮静剤は手放せる状況ではありません」
「……そうだな」
アルカティアの精神はカツキのお陰で少しだけ安定したが、それでも鎮静剤を投与しなければ安定を保てないレベルだ。
「だから、結果としてあなたがたを巻き込んでしまうかもしれないのに、事情をお話しておかないのは不義理であると判断致しました」
「……そうか」
正直、それはただの自己満足だと思うが、そもそも知っている話ばかりだったので聞かされて損になることでもない。
得することもないが。
「話は分かったが……」
「な、なんだよ?」
俺がベルガの方を見ると、奴はたじろいだ。
「これから生活するにも金は必要だろう? 折角だから稼いでいけ」
そうして俺は自転車型の発電機を指差したのだった。
「またこれかよ!」
「頑張れ、勤労少年」
「くっそぉ~!」
そうして今日もベルガは頑張ってペダルを漕ぐのだった。
ちなみにベルガは騎士団長の息子というだけあって身体強化魔術は使えるみたいだったので、それなりの電力を充電してくれた。
ラクチン、ラクチン。
「そういえば、あの子達に傭兵団のことは話さないの?」
2人が帰宅後、ユツキにはそんなことを聞かれたが……。
「少なくとも俺から言う気はないな~」
俺は肩を竦めてそう答えた。
「どうして?」
「奴らがどういう決断をしようと、いい結果にはなりそうもないから。マイナスにしかならなそうなことを自分からするつもりはないかな」
「……そう」
ユツキは日本人の感性を維持しているから隠し事をすることに罪悪感を抱いているのかもしれないが、世の中には誠意を持って言葉にして伝えたとしてもどうにもならないことがあるのだ。
だから、この場合は嘘を吐かずに単に伝えていないというだけに留めるのがベストだと思うのだが……。
「ユツキが気になるなら別に教えるのは構わないぞ」
「……やめておく」
ユツキは少し考えた後に否定した。
「私達が一番に考えるべきなのはカツキだもの。あの子達との関係が拗れるようなことを態々言うのは止めておくわ」
「そんなに気にするようなことでもないけどな~」
あいつらが俺に恨みを持って決別を選択したとしても、困るのは――ペダルを漕ぐ奴がいなくなることくらいだ。
それはそれで少し困るが、別に致命的に困るわけではない。
寧ろ、あいつらの方が鎮静剤を手に入れられなくなって困るだろう。
アルカティアが日常生活を送るにはまだ俺の作る鎮静剤が必要なのだから。
「というか、なんでティアなんだろうな? 普通にアルカで良くね?」
「あ、それは私も思ったかも」
うん。少し前からアルカティアの愛称が気になっていたのだが、それはユツキも同じだったようだ。
「別に、この世界って名前の後ろから愛称を取るって決まりはないよね?」
「ないない。普通に名前を頭から数文字ってのが普通だよ」
無論、俺やユツキなんかは名前自体が長くないので略されることもない。
そんなことで俺とユツキは首を傾げて困惑したのだった。
◇◇◇
「お魚が食べたいわ」
ある日、ユツキが唐突にそんなことを言って来た。
「へ? 魚?」
思わず素直に聞き返してしまうくらい、それは唐突だったのだ。
「うん、お魚。ここって海が近いのでしょう? どうして市場にお魚が売っていないのかな?」
「そりゃ、地図上のことで言えば確かに海は近いかもしれないが……」
この街は島国から普通に米が輸送されるくらいには近くに海があるのは事実だ。
「そうは言っても港街って訳じゃないし、海までは馬車で普通に2~3日は掛かるぞ」
だが、それは地図で見れば近いというだけの話であって、実際にはそれなりに距離があるのだ。
そして、この世界の保存技術では、その2~3日というのが致命的になる。
魚を氷で冷やして運ぶなら兎も角、生のまま箱に詰めて2~3日も放置すれば――大抵の場合は傷んでしまう。
高確率でお腹を壊すような魚など誰も買う訳もなく、港街からこの街まで魚を運んでくる奴はいないという訳だ。
「むぅ。生きたまま水槽に入れて運んで来れないの?」
「運搬コストが掛かり過ぎるだろう」
当たり前だが水というのは運ぶとなると、とても重いのだ。
商人としても、そんな物を運ぶくらいなら他の商品を積んで運んでくることを選ぶだろう。
この街は水源が豊富なので売れないし。
「それなら氷を作れる魔術師にお願いして魚を冷やして運べばいいんじゃない?」
「……氷属性の魔術師は貴重なんだけど」
氷属性というのは水属性の上位属性であり、割合でいえば1000人に1人いれば良い方だ。
おまけに氷属性を持っていても魔術師をしているとは限らない訳で、この街にも1人いて疑似冷蔵庫の時に協力してもらったが、仕事を頼む時は常に割高の料金を取られた。
「つまり、私はお魚を食べられないってこと?」
「どうしてもって言うなら氷を敷き詰めたクーラーボックスを持って直接買いに行くしかないな」
幸い、冷蔵庫の製氷機のお陰で氷は普通に手に入るし。
「というか魚って言うけど、具体的に何を食べたいんだ? 刺身とか?」
「流石に、この世界で生で食べようとは思っていなかったけど、鯵とか鮃とか鮭があれば良いかなって」
「調理出来るの?」
「魚をさばくくらいはお母さんに習ったけど」
「マジか~」
ユツキの前世は花嫁修業ばっちりだったらしい。
俺が感心していると背後からドサリという音が聞こえて、視線を向けたら――大量の魚が転がっていた。
「だぅ~♪」
そしてドヤ顔のカツキさん。
「ユツキ、今夜は魚尽くしを頼む」
「任せて♪」
大量の魚が冷蔵庫の付随する冷凍庫に保管出来るか少し心配だったが、久しぶりに味わうことになる魚に思いを馳せた。
冷蔵庫を整理して、なんとか魚が悪くなる前に収納することに成功して、それからユツキの様子を見に台所に戻ったのだが……。
「ゆ、ユツキさん? 何をして……ってかデカっ!」
何故かユツキが仁王立ちして巨大な刃物を持っており、そのユツキの前には巨大な魚が鎮座していた。
間違いなく、さっきまではなかったものなので再びドヤ顔しているカツキが創ってくれたのだろうけど……。
「ってか、これってマグロじゃね?」
「喜んで、あなた! カツキが冷凍マグロを出してくれたわ!」
「マジかぁ~」
流石のカツキも生物を創造することは出来ないみたいなのだが、以前にすき焼き用の肉を創ってくれたことから分かる通り、食材なら創れる。
とはいえ、冷凍マグロを丸々出されても普通に困るわけで……。
「ってか、まさか、それって解体包丁なの!? デカくない?」
「ここは私に任せて!」
「え? まさか解体出来るの? やったことあるの?」
「実践は初めてだけど解体ショーは見たことがあるわ。それに動画でも解体の手順は何度も見ていたの!」
「ほぼ素人!? これって素人が手を出して良い代物なの!?」
「料理漫画で解体する場面を見たこともあるわ!」
「根拠が希薄過ぎる!」
「今日の晩御飯はお刺身よ! ついでにお寿司も食べたいわ!」
「ちょっ……!」
俺のツッコミをものともせずユツキは解体包丁(多分、これもカツキが創造した)を持ち上げて、勢いよく振り下ろした。
間違いなく身体強化魔術を使っているのだが、俺はこんなことの為にユツキに魔術を教えたわけじゃないんだけど。
だが食欲に支配されたユツキは止まらず、豪快に解体包丁を振り回し続けたのだった。
「勢いでなんとかなるもんなんだなぁ~」
結果、我が家の食卓には刺身と寿司が大量に並んでいた。
「んぅ~♪ このお刺身、口の中で蕩けるようだわ~」
「……そっすね」
マグロの大トロを本人も蕩けるような笑顔で口に運ぶユツキ。
うん。俺も刺身を食べるのなんて転生して以降、初めてなのだが――何故かゲンナリして疲れて食欲がわかなかった。
「というか、流石に解体したとしてもマグロ1匹なんて冷蔵庫に入り切らないぞ」
ただでさえ冷蔵庫には魚が大量に詰まっているというのに。
「それなら早めに食べてしまわないといけないわね」
「……そうだね」
ユツキなら悪くなる前で食べきってしまいそうだと思ったのは内緒だ。
一応、知り合いの氷属性の魔術師に頼んで口止め料込みで冷凍保存してもらおうかと考えていたが、必要ないのかもしれない。
「これから暫くは海鮮尽くしよ♪」
「わ~、うれしいな~」
これから暫くは魚しか食べられないかと思うと憂鬱になったのは内緒だ。
◇◇◇
流石に家族3人では大量の魚を1日で処理することが出来ず、どうしたものかと思っていたのだが……。
「段々カツキのことが青い猫型ロボットのように見えて来たぞ」
「凄いよねぇ~」
なんとカツキが大量の氷を創ってくれたので、それを大きなタライに入れてマグロを保存することになった。
これで数日は持つだろう。
ウチの愛娘は氷属性の魔術師の上位互換と言っても過言ではなかった。
「はぁ~♪ 海鮮丼最高~。今まで私に不足していたのは、きっとDHAだったのね」
「ま、マグロに加えてエビまで、これ以上増やされてもタライに入り切らないんだが」
というか、昨日は気付かなかったが醤油とワサビまで存在していた。
どんだけカツキは頑張ったのだろう?
「むふぅ~」
ユツキが喜んでいるからか、当のカツキは今日もドヤ顔だ。
「この喜びを弟達や妹達にも分けてあげたいけど……流石に無理よね」
「輸送出来ないからな」
もう5年以上経ってしまったが、ユツキは孤児院に残して来た兄弟姉妹との連絡を絶ってはいなかった。
手紙のやり取りは勿論だが、食料も定期的に送っていた。
まぁ、奴らは俺が残した資産の半分を使って商売を始め、順調に資産を増やして逞しく生きているみたいだけど。
ユツキに教育を受けたという事実は伊達ではないらしく、傭兵としては生きられないが商人としては非常に優秀だったらしい。
「水産物を送るとしたら最低限、保管技術と輸送技術の向上が必要になるな」
「保管技術は氷を詰めるとして、輸送技術は……鉄道とか引けないかな?」
「無茶をおっしゃる」
鉄道と言ったら列車本体は勿論だが、その列車が走る為の線路を引くことが非常に難易度が高いのだ。
街どころか国家レベルの事業だ。
「鉄道を開発するくらいなら、普通に車を開発した方が早いと思うぞ」
車の開発も困難だが、線路を引かなくて良い分、こっちの方がハードルは低くなる。
「でも車ってガソリンが燃料になるじゃない。この世界でガソリンの確保は難しくない?」
「鉄道だって石炭が燃料になるんですが?」
ユツキは誤解しているようだが、この世界ではガソリンは勿論だが、石炭だって非常に貴重で集めるのは困難なのだ。
なまじ魔術があるからか、石炭を燃料にしようと思わないようで採掘が行われていないのだ。
つまり、どの道、運送技術の向上は地球基準では行われないということ。
「流石に水産物の輸送は現時点では諦めろ」
「むぅ」
どう頑張っても到着した時には腐っている未来しか想像出来ない。
「米なら送っているんだろう? 食料に困っているという話も聞かないし」
「それはそうだけど、私だけ美味しいものを食べているのは気が引けて……」
「…………」
そういう割に大盛りの海鮮丼をおかわりしているけどな。
どうもユツキは美味しいものは独占するのではなく、皆で分け合って食べたい派のようだ。
「それだと益々カツキに創ってもらうのは違うし、保存技術と輸送技術が必要になるんじゃね?」
「そう……だよね」
確かにカツキは貴重なものを色々と創ってくれるが、ものが魔術というだけに大量生産には向いていない。
家族3人でお腹いっぱい食べるというだけなら兎も角、大勢で食べる為の食材を出すというのは無駄に負担を掛ける。
少なくとも俺は、そんなことの為に愛娘を酷使しようなどとは欠片も思わない。
それに関してはユツキも同意見なのか、海鮮丼を食べながらどうにかならないかと考えているようだ。
(鉄道にしろ車にしろ、この世界ではオーバーテクノロジーでしかないけどな)
たとえ作ることが出来たとしても、それが住民に理解されるのは、ずっと後の時代になってからの話だろう。
地球で魔術を使っても理解されないだろうことと同じように、この世界で科学技術を使った作品を作っても理解されることはないのだ。
◇◇◇
幸い――と言って良いのか疑問ではあるが、解体したマグロはユツキのお陰で急速に消費されたので数日で姿を消した。
最悪1ヵ月くらいはマグロ尽くしになるかと思っていたのでほっとした。
まぁ、冷蔵庫にはまだまだ魚が入っているんですけどね。
ともあれ、今日の俺は自分の首に掛けたままだった石――賢者の石を持ち上げて少し調べていた。
「どうかした?」
「いや。なんか賢者の石が少しだけ変質しているみたいだ」
「劣化しているってこと?」
ユツキも自分の賢者の石を持ち上げてマジマジと見つめている。
「逆だな。寧ろ、性能は向上しているみたいだ」
「そうなの?」
「ああ。どうやら所有者に合わせて調整した影響なのか、所有者の魔力に馴染んで適合した……のかもしれない」
「曖昧だね」
「何度も言うようだが、俺は錬金術師じゃないんだよ」
聖女を診察した結果、偶々体内から発見して分析の末に再現出来たというだけで、俺は石の正体すら正確に知らないのだ。
これが本当に賢者の石と呼ぶのに相応しいのかは、まだまだ検証が必要だった。
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