第3話 【プロポーズの2歩手前】
ユツキは管理職として非常に優秀な人間ではあったが、それ以外にも料理や掃除、洗濯なんかも問題なくこなせる女性だった。
どうやら孤児院にいた頃に年下の兄弟姉妹の面倒を見る過程で出来るようになっていたようだ。
ただ1つ欠点を上げるとするならば……。
「んぅ~♪ ここの食堂の食事は美味しいですねぇ~♪」
「……そうだな」
傭兵団の宿舎に併設された食堂で出される食事は俺が厳選したこともあるのだが、金はある傭兵団なのでコックの腕はいいし食材の良いものが使われているので確かに美味しい。
だが俺の目の前で食事をするユツキの目の前には少なくとも俺の倍以上の量の料理が並んでいた。
うん。俺が臓器を交換した影響なのかユツキは非常に健啖な身体になったようだ。
「前はお金がなくて毎日ひもじかったけど、またこうして沢山食べられるのは幸せです♪」
「…………」
どうやら治療の影響ではなく、前から大食いだったらしい。
ユツキの細い身体の何処にあんな量が入るのかと思うのだが、その栄養がここに詰まっているのだと主張するように細身の身体に反比例するように自己主張する胸部装甲が眩しい。
うん。ユツキって身体は細いけど――大きいんだよね。
ガイコツだった頃はペッタンコだったのに、食事をする度に大きくなっていく胸部装甲に戦慄を隠せない。
既にEかFって大きさなのに、まだ大きくなるようだ。
「くっ……!」
それを食堂の入り口から見ていたキリエが何故か悔しそうに唇を噛みしめていたが――そっとしておいた方が良いのだろう。
女性のデリケートな話題に男が入っても良いことはない。
「おかわり頼んじゃおうかなぁ~♪」
「…………」
既に俺の倍以上は食べているのに、まだ入るのか。
まぁ、健康的という意味では良いのかもしれない。
少なくともガリガリでガイコツにしか見えなかった時よりは魅力的だし。
◇◇◇
世の中、人間が一定数以上に集まって集団となると、その中に馬鹿が混じることは避けられない。
それは俺が所属する傭兵団《影狼》も例外ではなく、人数が揃えば馬鹿が出て来るのは避けられない現実だった。
その日も俺はユツキと一緒に食事を済ませ、腹ごなしに傭兵団が拠点としている建物の中の様子を見回っていた。
「ここは広くていいですね。色々な施設も入っていますし」
「昔と比べて人数が増えたからな」
俺が物心ついて先代達がまだ活躍していた頃、当時の傭兵団は精々50人前後といった集団であり、拠点も今よりずっと小さくて不便だった。
アットホームで仲間意識の強い集団だったと言えば聞こえはいいが、公私混同が罷り通った無秩序な集団でしかなかったとも言える。
古参の団員の中には昔を懐かしむ者もいるが、それならあの頃に戻りたいのか? と聞けば揃って首を横に振る。
あの頃はあの生活しか知らなかったから当然だと思っていたが、今の豊かな生活に慣れてしまえば前の生活には戻れないのだ。
「あ、団長さん」
「あら。ごきげんよう」
「こんにちは」
そうして2人で歩き回っていたら団長に遭遇した。
「お疲れさまです、団長殿!」
ユツキは普通に挨拶を交わしていたが俺は反射的に直立不動になり、敬礼しながら挨拶を返していた。
「うふふ。見回りかしら?」
「はい。それに施設の点検も兼ねて」
「それはご苦労様です」
ユツキは普通に団長と会話をしていたが、俺はその間ずっと直立不動の態勢で立ち尽くしていた。
そうして会話が終わって団長は笑顔で去っていき……。
「団長って凄く礼儀正しい人ですよね。まさに生粋のお嬢様って感じで」
「…………そうだな」
俺は返事を返しながら思わず視線を逸らしていた。
それからも俺とユツキは施設の見回りを続け、最後に傭兵団の訓練施設へとやって来た。
大半の団員が戦うことを生業とする奴らなので身体を鈍らせるわけにはいかないので、ここはいつ来ても盛況だ。
「この傭兵団って凄くレベルが高いですよね」
「……そうだな」
ユツキ自身は完全に管理職の専門家として雇われているので戦いとは無縁の人種なので、ここで訓練している奴らは強そうとしか思えないのかもしれないが……。
(ここにいる奴らの大半が2軍なんだよな)
無論、2軍の奴らだって戦争になれば参加するのだが、その際にも後方支援という形で後ろに回って危険の少ない場所に配置されるのが常だ。
「ちっ。三風も極めていないくせに」
そんな訓練施設の中で舌打ちしながら俺に嫌味を言ってくる奴が1人。
「…………」
「ちっ」
だが俺が視線を向けると舌打ちしながら去っていった。
「なんですか、今の?」
「俺の同期だな」
「あぁ~……」
きっとユツキは俺が出世したのを同期が面白くないのだろうと思ったのだろうが、実際にはもっと複雑だったりする。
奴の名前はオルハ。オルハ=イェーガー。
名前から分かる通り養父の作った孤児院のメンバーであり、オルハは数字で4を意味する。
つまり順番的に言えば俺の先輩だ。
勿論、幼い頃から養父の指導を受け、養父の蹴り技を伝授された1人なのだが……。
「ところで三風ってなんですか?」
「同期で風属性か嵐属性の奴らが勝手に編み出して、勝手に養父の後継者の証にしている意味不明の奥義らしい」
「……すみません。ちょっと分からないんですけど」
「気にするな。俺にもよく分からん」
とは言っても詳細を知らない訳ではない。
三風とは遠距離から蹴りで真空波を放つ烈風脚から始まり、一気に敵の懐に飛び込んで蹴りを放つ疾風脚、敵に接近したら周囲を巻き込んで放たれる旋風脚。
この3つの蹴り技を合せて奴らは三風と呼んでいるのだ。
無論、風属性でも嵐属性でもない俺には使えない。
そして養父も風属性でも嵐属性でもないので使わない。というか使えなかった。
養父の後継者の証とは一体なんだったのか。
一応、蹴り技と風魔術か嵐魔術を組み合わせた高度な技術が使われているという話だが……。
「それって凄いんですか?」
「さぁ? 俺は奴らに負けたことがないから、どう凄いのかは知らないな」
「あらら」
うん。悲しいことだが俺の同期――しかも同じ養父の孤児院の出身からも馬鹿は出てしまうのだ。
俺に出来るのは奴らが早く目を覚まして黒歴史に悶える日が来るのを待つくらいだ。
◇◇◇
喧嘩を売られた。
うん。例の三風使いとの遭遇から数日後に呼び出しがあり、渋々訓練施設に行ったら複数の三風使いが待っていたのだ。
その数、なんと13名。
(マジかよ。三風使いってこんなにいたのかよ)
と割と素で驚いた。
「ふん。逃げずによく来たな。女にうつつを抜かしている癖に」
その中で代表として偉そうに前に出て話し掛けてきたのは例の4番くん。
どうも俺がユツキを補佐として雇っていることが気に食わないらしい。
「いや、俺の方には逃げる理由がないんだが?」
「ほざけ! 三風を極めた我らに貴様などが勝てる訳がなかろうが!」
「……今まで負けた記憶がないが?」
うん。どんなに記憶を掘り起こしても負けたという思い出は掘り起こせない。
というかコテンパンに負かして泣かせた記憶しかない。
「うるさい! 三風は師父にも認められた継承の証なのだぞ!」
「師父って養父のことか? 認めたって、あれはお前らが無駄に頑張っていたから苦笑いして応援してただけだろ?」
三風が継承の証だなんてことは一言も言っていない。
「やかましい!」
そして俺は正論で返していたら奴らはついにキれて――13人がバラバラになって俺の周囲を取り囲み始めた。
「聖脚の弟子に言葉は不要! 我らが勝ったら貴様が盗み取った師父の装備を頂くぞ!」
「……別に構わんが」
俺が養父から継承した装備は白い装束と特殊な鉄板入りの靴だけだ。
当たり前だが使うのは仕事中――というか戦争中だけなので今は装備していない。
「言質は取ったぞ! やれぇっ!」
そして13人が全員で一斉に蹴りで真空波を飛ばす烈風脚を放って来た。
俺はそれを――ヒョイヒョイっと避ける。
「え? ぐぁっ!」
「いぎゃぁっ!」
「あ、足がぁっ!」
当然、俺を囲んでいた13人の内、対角線上のいた奴らは烈風脚をくらって血を流しながら倒れる。
うん。この烈風脚って地面を斬り裂きながら向かって来るから避けるのがとても簡単なのだ。
おまけに射線上に仲間がいたら当然のように自爆するし。
そりゃ養父も苦笑いするわ。
「ちぃっ! 怯むな!」
次は無事だった奴らで俺に向かって飛び込んで来る疾風脚を放って来る。
というか、これって前から思っていたのだが……。
「普通の飛び蹴りとなんか違うのか?」
風魔術を使って飛び込む速度を加速させているのかもしれないが、やっていること自体は普通の飛び蹴りなので普通に避ける。
「あぎゃっ!」
「ふげぇっ!」
勿論、これも対角線上に人がいたら激突する。
「お前ら、笑いを取りに来たのか?」
「おのれぇっ!」
そして激高した4番くんは最後に旋風脚を放って来た。
一点で高速回転して特定範囲に蹴り技を繰り出す技なのだが……。
「いや。そこじゃ届かんだろ」
「ぐぬぅ!」
その範囲は自身から精々半径1メートル強程度で、ちょっとでも離れるとまるで届かない。
もっと広範囲に風魔術をまき散らすとか出来なかったのだろうか?
うん。これが俺が三風に負けなかった理由だし、養父が苦笑いしていた理由だ。
三風って弱いんだわ。
傭兵団の中で奴らが常に2軍にいる理由でもある。
養父も晩年には奴らを何とかしようと説得していたのだが、無駄にプライドが高くなった奴らの鼻を折ることは出来なかった。
ぶっちゃけ、こいつらは養父にとって後悔の象徴みたいなものだ。
あの時、無駄に褒めたりせずに厳しく諫めておくべきだったと。
「ほいっと」
「ぎゃぶぅっ!」
俺は最後に4番くんを適当に蹴り飛ばして終わらせる。
「さて、終わりか?」
ちなみに俺はこいつらを今更矯正しようなどと思っていないし、一生2軍にいろとすら思っている。
「こんな……こんな馬鹿なぁっ!」
4番くんは現実を受け止めきれないのか地面に両手を着いて涙を流しているが――この光景も何度見たか覚えてない。
うん。こいつらの挑戦を受けるのは今日が初めてじゃないし、こいつらを負かして泣かせるのも今まで何十回とあったことだ。
そして戦う度に思うことだが……。
「まるで成長していない」
どっかの監督みたいなことを思わされる。
せめて、もうちょっと努力して強くなってから挑戦して欲しい。
「クルシェさんって強いんですね」
決闘モドキを終えて自分の仕事部屋に戻ったらユツキにそんなことを言われた。
「見てたのか?」
「……すみません」
どうやら俺の決闘モドキをユツキは密かに見学していたらしい。
「別に良いけど、あいつらに勝ったところで誰にも自慢出来ないぞ」
この傭兵団の中じゃ下から数えた方が――というかダントツで下から13人が三風使いだろうしな。
流石に13人をいっぺんに相手をしたのは今日が初めてだが、まったく相手にならなかった。
「この傭兵団の中にもああいう人がいるんですね」
「どんな集団だろうと、人が集まれば馬鹿が出てくるもんだ」
これはもう避けようもない真理だと悟って俺は色々な意味で諦めた。
これはあれだ。蟻を観察していると働き者の蟻と怠け者の蟻が出て来るって奴。
そんで怠け者の蟻を排除しても、働き者の蟻の中から怠け者が出るし、怠け者の蟻だけを集めると働き者の蟻が出て来るという。
集団の中から馬鹿が出るというのは、それと同じだと思って諦めるのが吉だと早い段階で悟ったのだ。
◇◇◇
ユツキは現在、基本的には傭兵団の宿舎で寝泊りしている。
俺の管理職の補佐として正式に傭兵団の所属になったのだから当然のようにその権利があるからだが、今まで面倒を見ていた兄弟姉妹が養父の作った孤児院に移ったので頻繁に様子を見に行っていた。
そして、そのまま孤児院に泊まることもあるのだが……。
「ここの孤児院って私がいた孤児院よりもずっと設備が整っていますよね」
「……養父から受け継いで今は俺が管理しているからな」
「クルシェさんは神様ですか?」
「…………」
キラキラした目で拝まれても困るだけだけどな。
「私の治療もしてもらって、お仕事も貰って、おまけに弟達や妹達の住む場所まで面倒をみてもらって……私はどうやって恩を返せばいいのでしょう?」
「それなら俺の嫁になってくれ」
「…………へ?」
突然の俺のプロポーズに固まるユツキ。
「い、いきなり過ぎませんか!?」
「む。それもそうだな。それなら婚約……の一歩手前として恋人になってくれ」
「え? え? え?」
流石に出会ったばかりだし結婚は早いと思ったのでハードルを2段階下げてみた。
「わ、私で良いんですか? クルシェさんには副団長さんがいるんじゃなかったんですか?」
「キリエはなぁ~。確かに美人であることは否定しないんだが、俺は家庭的な嫁が欲しいんだよ」
嫁に家事を一任するつもりはないが、完全に俺だけが家事をするという環境は勘弁してもらいたい。
「それで、どうだろう? 俺と結婚を前提に付き合って欲しい」
「……は、はい」
ユツキは目を白黒させていたが、最終的には顔を真っ赤に染めてYESと言ってくれた。
よし。結婚を前提にした恋人GETだぜ!
◇◇◇
色々とすっ飛ばし過ぎに思えるかもしれないが、この世界の基準だと10代の後半で結婚というのは少し遅いくらいだ。
特に俺なんて稼いでいるので、この世界の女性から見れば優良物件に見えていたし、色々な方面から狙われていた。
まぁ、その分だけ忙しいんだけど。
「うぅ。折角、恋人になったのに、忙しくてデートにも行けません」
「困ったなぁ~」
結果、俺とユツキは恋人になってからまともにデートに出掛けることも出来ていない。
「というか、今更ですけどクルシェさんって私のことをいつから好きだったんですか?」
「見た目も性格もすっごく好みだし、家庭的な嫁が欲しいと思っていたからユツキしかいないと思った」
「……好きとは言ってくれないんですね」
「そういうのは、これから長い時間を掛けて培っていくものだろ?」
「……私は沢山ご飯を食べますよ?」
「美味しそうにご飯を食べている姿は可愛いと思うぞ」
「そ、そうですか」
今は言わないけど頬を染めて恥ずかしそうに俯く姿も可愛い。
これは、思っていたより本当に好きになるまで時間は掛からないかもしれない。
ちなみに俺はユツキとのことを傭兵団の中で隠すつもりはなかったので、当然のようにキリエにも伝わった。
「へぇ~」
結果、俺はキリエにジト目で睨まれた。
「お前は、なんだかんだ言って私か団長を選ぶと思っていたぞ」
「その二択かよ。お前も団長も嫌いではないが、恋愛感情はなぁ~。嫌いではないんだけど」
「……何が問題だというのだ?」
「俺は家に帰ったら料理を作って待っていてくれる奥さんが欲しい」
「…………」
そう。これが俺にとっての結婚に対しての最低ラインなのだ。
キリエが最低レベルであっても料理が出来るというのなら、もっと頑張ってアプローチしても良かったのだが、こいつは最初に失敗して以降、料理をしようという気概もなかったからな。
「出来ないのだから仕方ないだろうが!」
「だから俺も諦めたんだよ」
「むぅ」
キリエが悪いとは言わないが、料理を諦めた時点でキリエが俺の恋愛対象外になってしまったので文句を言われても困る。
「お前の養父は傭兵をしている限り妻を娶る気はなかったと言っていたのではないか?」
「それは養父の信念であって俺の信念じゃねぇし。そもそも俺はいつでも傭兵を辞めても構わんし」
「……それは困る」
キリエとしても俺が抜けたら傭兵団が崩壊するというのは目に見えているらしく、俺が抜けるのは困るらしい。
「そうなると前線に出るのは止めて、これからは管理職に専念するかな」
「それも嫌だ」
「……我儘だなぁ」
俺って思っていた以上にキリエに好かれていたらしい。
とは言え俺側にはキリエに対する恋愛感情はないし、ユツキから乗り換えるつもりもない。
出来れば円満に傭兵団を退職したいところだが……。
(今直ぐにというのは無理だろうなぁ)
後進を育ててからではないと逃がしてくれそうもない。
やれやれ。
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