第9話 商人として

《sideシノ》


 私はドワーフさんに商人ギルドの説明をしてもらった後に、旦那様が販売するといっていた火酒の取引を行う書類に目を通すことになりました。


 商人として登録するのは私であり、交渉を行うのも私ではならないとドワーフの商人さんに言われたため、交渉の席につきました。


 書類に目を通して、違和感を見つけることができました。

 書かれていた契約書の火酒の値段が設定されています。

 そこに書かれている値段は私が知る鑑定した額とは違っていたのです。


 商人は鑑定ができることが当たり前だと旦那様が言われていました。


 私は火酒を鑑定して、値段や価値、品種までわかっているので、この契約書は私を試しているのでしょうか?


「この契約書は認められません。火酒の値段が適正よりも遥に安く設定されています。このままでは契約を結べません」

「……嬢ちゃん。本気で言っているのかい?」


 凄むようにこちらを睨むドワーフさん。

 ですが、私は旦那様のアジトでたくさんの魔物さんを見てきたので、ドワーフさんに睨まれても怖いとは思いません。


 何かあれば、旦那様が残してくれたヨルさんが私を守ってくれると旦那様はいいました。ヨルさんは私が座るソファーに止まって、相手を見ておられます。


「ふぅ、威圧にも動じることはないか、いったいお前さんの主人はどんな教育をしてやがんだ。わかったわかった。契約書を書き直す」

「はい! 幻の火酒は売値一本金貨一枚です。そして販売価格は金貨三枚です。それ以外では認めません」


 私の言葉にふさふさの眉毛が持ち上がってこちらを睨む。


「正解だ。その通りに直そう。他に気づいたことは?」


 あっ、やっぱりこれは私への勉強なんだ! 

 ドワーフさんは私を試している? じゃあ、何かあるのかもしれない。


 私は、何かないかと考えるけど、何も見つけることができない。


 ふと、旦那様ならどうするだろうか? そう思うと旦那様の言葉が浮かんできた。


「そんなことも知らんのか?」


 そう、旦那様ならそう言って文章以外の部分に視線を向けるような気がする。

 そして、私はドワーフさんの商人さんを見て、鑑定を発動しました。


 私がこの場で利用することができる魔法はそれだけです。


「ふむ」


 ドワーフの商人さんは私が鑑定を使ったことを咎める様子はありません。


 名前 グリース

 種族 ドワーフ

 職業 商人

 能力 隠蔽


 私は、ドワーフさんこと、グリースさんの能力から隠蔽という文字を見つけました。

 他にも能力結果はありましたが、今回に関係している項目はそれだと判断します。


 私は鑑定で暴けない情報だと判断して、もう一度契約書を見つめてみました。

 隠蔽をする箇所は、先ほどの値段以外にどこにあるのでしょうか?


 こういう契約書ならば、何を隠蔽するだろうか?

 それを見定めて鑑定をしなければ、看破はできないように思います。


 そうだ! 旦那様ならば、こういう時でも鑑定以外に看破の魔法を使えることでしょう。

 では、看破の魔法とはどうやって使うのか? 私はそれを知りません。


 だから、できることをするしかない。


 目を閉じてゆっくりと息を吐きます。


「この契約書には隠された部分があるようです。ですが、文字が小さくなっているわけでも、契約内容に問題があるわけでもありません。では何が仕掛けなのか?」

「ほう」


 グレースさんは、腕を組んで私を見つめています。


 文字や言葉の言い回しなど、気になる点をもう一度チェックして、ふと書類なのだろうかと疑問に思いました。


 もしかして、私が見劣りしている。


 何かがあるのではないか?


 不意、扉に旦那様の姿が見えました。


 旦那様はそこにいる。

 だけど、この場には入ってこない。


 まるで、それがヒントのように感じました。


「契約書の内容に問題はない思います。ですが、一つだけ。どうして旦那様がおられない間に私をこの場に座らせたのですか?」

「それは君が商人で、私の取引相手だからだが」

「それはおかしいです。先ほどまで私ではなく旦那様とお話をされていて、私のことなど何も知らない小娘だと思ったはずです」


 私の言葉にグレースさんはチラリと視線を後ろに向けました。


 そして、深々とため息を吐きます。


「正解だ」

「えっ?」

「お前さんなら騙して値段を変えられると判断した。だから契約をこちらが有利に運べるように主人がいない間に交渉を行うつもりだった。だが、主人が帰ってきたなら、もうこれ以上は意味はない。君は時間稼ぎに成功して、こちらが提示した値段を指摘した」


 グレースさんの言葉に私は自分の考えが間違っていないことにホッとする。


「どうだい、主人。あんたんとこの新人は?」


 グレースさんが声をかけると旦那様が部屋の中へと入ってきました。


「まだまだだな。看破。こんなデタラメな契約書にハンコをしなかっただけは褒めてやるが、正解を見つけて安堵しているようじゃダメダメだ」

「えっ?」

「いいか、シノ。商売人は勝ち誇ってはいけない。安堵してもいけない。弱みも見せてはいけない。相手は同じ商人でつけ込まれるぞ。今は、このドワーフが訓練として付き合っていてくれたが、商人たちはこのおっさんほど丁寧で優しくはない」


 グレースさんは「ふん」と鼻息荒く照れておられます。


 どうやら、私はグレースさんと旦那様に訓練をしていただいていたのですね。


「交渉の席に座った時点で勝たなければいけない。そのために交渉の場に立つ前に

準備を全て終わらせる必要がある。良いか? 商人は常に互いの心を読み合う必要があるのだ」

「はい!」

「おいおい、そろそろ本当に契約を結びたいんだが?」

「そうだな。ならば、正規の契約書をもってこい。こんな値段で取引ができるか! ドワーフなら、この倍の値段でも幻の火酒を欲しがる。それに輸送費や経費が入っていない。これとこれとこれは書き換えろ。それに安全保持や品質保持もしているんだ。これぐらいは」

「おいおい、それはやりすぎだろ!」


 旦那様の交渉を見ると、先ほどまで私を追い詰めていたグレースさんがタジタジになって、そんな姿がおかしくて、私は笑ってしまいました。



 

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