聖なる夜のプレゼント
寿甘
一年に一度の奇跡
よう、俺はルドルフだ。知ってるだろ?
ちょっと聞きたいんだが、お前らはサンタクロースを信じてるかい? あぁ、言わなくても分かってる。信じちゃいないんだろう?
でも子供の頃は信じてたよな?
どうして信じなくなったんだ? 自分にプレゼントをくれていたのは親だったと気付いたから? 周りの子が口をそろえてサンタなんていないって言ったから? そうだな、みんなサンタクロースにプレゼントを貰えなかったから、そんなのはいない、おとぎ話だって思い込むようになる。
俺から言わせりゃ、とんでもない思い違いだ。
まずサンタクロースについてなんて言われて育った?
「今年一年いい子にしていた子供はサンタさんからプレゼントを貰える」
こうじゃなかったか?
あのさ、改めて見ても気付かないか?
自分の過去を思い返して、あるいは自分の子供を見て。本当にこの条件を満たしていると思うか?
自分のところに本物のサンタが来なかったからサンタは存在しないって、とんでもない自信だよな。自分はサンタからプレゼントを貰うにふさわしい、いい子だったと疑いもなく信じているんだぞ?
もう一つ。
だってそうだろ? サンタクロースは一人しかいないんだぜ? どうやって世界中の子供に一晩でプレゼントを配るんだ。あり得ないだろ。全世界に何億といる子供のうち、一年にたった一人だけしか貰えない。そんな奇跡的なプレゼントに当選した子供を見られる方がおかしいじゃないか。
◇◆◇
「ジングルベルだ、ルドルフ」
「準備は出来てる。いつでも出られるぜ、クラウス」
年に一度の大仕事がやってきた。俺は愛車のレッド・ノーズ号に相棒を乗せて走り出す。
ここは日本、俺も相棒も日本人だ。だが、俺の相棒は先代からその役目を受け継いだ本物のサンタクロースで、俺も同じく先代から車と役目を託された運転手なのだ。車は代替わりのたびに改良されている。本当に空を飛べるようになる未来も来るのかもしれないな。
「今年の標的はこの女の子だ。毎日仕事で帰りが遅い父親に早く帰ってきて欲しいと思っているが、文句も言わずに毎朝笑顔で送り出している」
「ヒュゥ、健気だねぇ。母親はどうしてるんだ?」
「病気がちで仕事も出来ず、家事も子供に手伝ってもらっている状態だな。この家は父親を必要としているが、彼の稼ぎに全てがかかっているので何も言えない」
「なるほど、今年のプレゼントは父親と一緒のクリスマス・パーティか」
この家庭は世の中では恵まれた方だろう。サンタがプレゼントを送るのは最も不幸な家というわけではない。一年間いい子にしていた子供にちょっとだけいい思いをしてもらう、ただそれだけの存在が俺達なのだ。
「父親が働くD社にはホワイト企業になってもらおう。労働基準監督署の査察が入る」
「いきなりエグいな」
「心配はいらないさ、奇跡の力だ。ホワイト化でむしろ業績が上がって上層部も考えを改めるだろう」
サンタクロースは一年に一度だけ、奇跡を起こせる。その原動力は対象となった子供が一年間いい子にして積み重ねた徳であり、起こせる奇跡はその子の望みを叶えるもののみだ。理屈はわからないが、奇跡なんてそういうものだと受け入れるしかない。
奇跡を起こすためにはそれが起こる場所に自ら出向かなくてはならない。そして奇跡を起こすと彼はその場で深い眠りについてしまう。
「毎度のことだが、不便な能力だ」
「そのために俺がいるんだろ。クラウスは心配せずに奇跡を起こしてくれ」
「ああ、頼りにしているよ。ただ、プレゼントを受け取った子供の笑顔を見ることが出来ないのは残念だ」
「撮影しておこうか?」
「盗撮はやめとけ」
軽口を叩いて笑い合うが、内心俺は相棒を不憫に思っていた。サンタクロースは自分が届けた笑顔を見ることも出来ないのだ。
俺に出来るのは、サンタクロースを運ぶことだけ。もっと力になれればいいのだが。
「いつも本当に助かってるよ、ルドルフ」
クラウスが、俺の心を読んだかのように感謝の言葉を口にした。
「……ああ」
「さて、帰るぞクラウス」
仕事を終え、眠りについた相棒に声をかけて抱き上げる。このままレッド・ノーズ号に乗せて帰れば今年の仕事も終了だ。
「……ちょっと寄ってみるか」
帰る途中で俺は車のハンドルを切り、寄り道をした。
「ただいま」
「わあ、おかえりなさい! 今日は早いのね!」
「ああ、これからはずっと早く帰ってこれそうだよ」
「本当!?」
幸せそうな会話が聞こえてくる。盗撮はするなと言われたのでやらないが、ちゃんと幸せを届けられたと教えてやろう。
「Merry Christmas」
誰にも聞かれることの無い祝福の言葉を呟くと、シートで眠る相棒に目を向け、そのまましばらくこの静かで幸せな夜を楽しむのだった。
聖なる夜のプレゼント 寿甘 @aderans
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